第52話 それぞれの戦場③

 領都の複数の箇所で同時多発的に戦端が開かれる。

 魔物に蹂躙されるだけの箇所もあれば拮抗し、どころか魔物を押し返し優勢に立つ箇所もあった。

 ここ冒険者ギルドもその一つである。


「うらぁッ!」

 大剣一閃。

 ルドマンが咆哮と共に愛用の大剣バスターソードを振るうと、群れなすゴブリンらの胴が泣き別れた。

 斬っても斬っても──。隙間を埋めて現れるゴブリンどもは一月前の依頼を思い出させるではないか。

 だが、その時と違うのは──。

「ははは! ドンドン来いやぁ!」

 ルドマンが景気よく吠えると彼目掛けて魔物が殺到する。そうして密集した魔物の群れに、後方から飛んできた援護の魔法が着弾して派手な爆発が起こった。

南十字サザンクロス』の火力担当、ネリは勿論のこと、他パーティーの魔法使いらまでもが参加して攻勢に出ていた。

 両手足の指では数え切れぬ程の魔法が魔物を蹂躙し、次の魔法を放つまでの集中インターバルまでを稼ぐ為にルドマン以下多数の戦士が魔物らに襲い掛かった。

 その士気は高く、雄叫びを上げながらゴブリンを屠る姿は、どちらが蛮族か分かったものではない。

「魔力の尽きた者、怪我をした者は下がれ! 無理はするな! 一人倒れればそれだけで他の負担が増える! 戦列を維持することを心掛けろ!」

 剣戟と怒号の飛び交う中、カッスルが大声を張り上げて冒険者らに指示を飛ばす。

 そんな彼の目に、一部の突出した集団が目に入った。そんな集団の、いの一番にゴブリン目掛けて突撃する人物にカッスルは天を仰ぎたくなった。

「出過ぎだルドマン!」

「おいおい嘘だろカッスル⁉ 今出張らないでいつ出るってんだよ⁉」

 輪を乱しているのが自身のパーティーメンバーだという事実に、カッスルは眩暈を覚える。

 その無防備な背中に喉が張り裂けんばかりの声を掛けるも、彼は止まる気が無いようだ。

 魔物の群れをモーゼの如く斬り開いてゆくルドマンと、彼同様の気質を持つ戦士たち。

「あの馬鹿! 魔法使いこっちのことも考えなさいよね! カッスル、どうにかしてよ!」

 魔物だらけであればこそ、魔法使いは被害を気にせず存分に力を振るえるのだ。

 そんな中に仲間が入り込んで行けば、ネリが文句を言いたくなるのも当然であった。

 ──しかし一番文句を言いたいのは無茶ぶりをかまされたカッスルであろう。

 カッスルは怪我人へ回復魔法を掛けていた仲間に声を掛ける。

「リーラ! 少しの間指揮を頼む!」

「は? えっ⁉ いえ無理ですよ私だって忙し──ってカッスル⁉ ほんと無理なんですって‼ ──あーもうっ! ごめんなさい休憩中の人達は抜けた穴を埋めて! 回復を終えた人達もすぐに前線に戻ってください! あとは、えーと、えーと……!」

 無茶ぶりその二である。

 リーラの返事を待たずにカッスルは、未だ突撃を止めぬルドマンらの背を追う。途中散発的に襲い来る魔物は斬り捨て、彼はようやくルドマンらに追い付く。

 追い付いた、というのは些か語弊があるか。ルドマンらはなんと魔物の群れを抜け切ってしまい足を止めたのだから。

「は、来たか相棒!」

「お前っ! 本当お前ッ、何勝手してくれてんの⁉ いいからさっさと戻るぞ! 主力の一部が丸々抜けるとか頭おかしいんじゃないのか⁉」

「ハハッ! 褒めるな褒めるな!」

 振り返れば彼らの成した成果が──魔物の群れ斬り開いて出来た路の向こうに小さくなった冒険者ギルドが見える。

 偉業というよりも馬鹿の所業であった。

 カッスルがそう難なく追いつけたのも、この路のおかげであった。

「ったく、早く戻るぞ」

「おぉ、そうだな。よっしゃぁ! 野郎ども、もういっちょやんぞ!」

 ルドマンが懐から取り出した回復薬ポーションを飲み干し大剣バスターソードを掲げる。彼に倣い冒険者らは回復薬ポーションを飲み干すと野太い咆哮を上げた──その時である。

 彼ら作ったばかりの路、その向こう、冒険者ギルドから放たれた魔法が彼らの直ぐ傍らを掠めて背後で激しい爆発と轟音が響き渡った。

 見ればギルドの屋根の上、顔を真っ赤にしたネリが杖を振り回しながら何事か叫んでいるではないか。そんな彼女の足元には、大量の回復薬ポーションの空き瓶が転がっている。

「馬鹿ども! いいから早く戻ってきなさいよ! でないとアンタらの✕✕✕を✕✕✕して✕✕✕✕✕してやるわよ‼」

「ハハッ! 見ろよネリの奴もやる気満々だぜ‼」

「絶対に違ぇよ馬鹿!」

 領都奥までに魔物に入り込まれている、そんな絶望的な状況であるのに冒険者らの士気は高かった。異様とも言えよう。

 それには理由があるのだが、それを説明するには少し時刻を遡る必要がある。


◇◇◇


 いつもと変わらぬ一日であった。

 受付には依頼を達成した冒険者の列。受付嬢を口説く軟派者。

 掲示板に張り出された依頼書を見比べて相談するパーティー。

 昼間っから管を撒く、落伍者手前の男。

 喧噪を友とした、いつもの冒険者ギルドである。

 いつもと変わらぬ一日である。

 ──息せき切った、若い冒険者が飛び込んでくるまでは。

「領都内部に魔物が現れた!」

 若者は叫んだ。内容は信じ難いものであったが、彼の切羽詰まった表情が事実なのだと雄弁に語っていた。

 途端に喧騒は戸惑いへと変わる。

「おいおいマジかよ?」「どうする?」「どうするったって、なぁ?」「まぁ、そうだよな」

 彼らは冒険者である。時に魔物を退治し、時に素材を収集し、時に依頼人を守り生計を立てている。

 そう、命の危険を晒す代わりに金銭を得ている人種だ。

 皆の顔が一様に語っていた。タダ働きはご免だと。

「お、おい、どうしたんだよ! 魔物が現れたんだぞ⁉ 早く退治しないと!」

 だが、年若く冒険者になったばかりの彼は違ったようだ。或いはここヴァニラの生まれ育ちなのかもしれない。

 大半の冒険者と違い、若者は純真さと良心を保っており、そんな彼は目の前の同僚らに深い失望と絶望を覚えた。

「──どこに魔物が現れたんだ?」

 しかし、若者に声を掛ける者がいた。

 冒険者に成り立ての若者でも知っている人物で驚きを隠せない。

南十字サザンクロス』のリーダー、カッスルだ。

「あ、あぁ。どことか言う話じゃないんだ。全部なんだ! もう、とにかくあちこちから魔物が湧き出て滅茶苦茶なんだよ!」

 そう、若者がカッスルに縋りつく。

 カッスルがその言葉に一つ頷き『南十字サザンクロス』のメンバーに顔を向けると、彼らもまた仕方ないなと苦笑混じりに立ち上がった。

 そんな時、ギルドのスイングドアが音を立てた。

 

「失礼します」


 冒険者らの視線が一様に声の主に注がれる。

 よく透る声を発したのは身なりの良い、壮年の男性だ。

 カッスルはその顔を、テレンス邸で見た覚えがあった。

「あなたは──」

「はいカッスル様。私はムスタファ様に遣えています、ジャンと申します」

 慇懃な態度で頭を下げる男に、カッスルも釣られて会釈した。

 領主の名前が出てきた事で、冒険者らが俄かに色めき立つ。

 今、公爵の手の者がやってくる理由は一つしかない。

 ジャンと名乗った男がカウンターへ向けて歩き始めると自然、人垣が割れ、彼を邪魔する者は居なかった。

「失礼、お嬢さん。緊急の依頼を頼みたいのですが、よろしいでしょうか?」

「は、はい」

 ニコリと笑うジャンに、頬を染める受付嬢。 

 そしてどこから取り出したのか、ドスンと、硬質な何かが詰まった大きな皮袋カウンターへと乗せた。

「現在領都は不可解な魔物の襲撃にあっています。依頼内容は魔物の殲滅と、領都住人の避難です。依頼料は受けて貰った時点で一律大銀貨四枚(四十万円)。魔物のですが現在主にゴブリンとオーク、そしてリザードマンが確認されています。また討伐した魔物の素材の所有権は討伐者へ委ねるとのことです」

「その依頼、俺達は受けますよ」

「ありがとうございますカッスル様。ですが最後までお聞きください」

南十字サザンクロス』に続いて幾つかのパーティーが腰を上げたが、ジャンはそれを制した。

 そうしてジャンは懐から、またも大きな木箱を取り出した。何か、特殊な能力の持ち主なのだろう。

「依頼を受注して頂いた方には当家の回復薬ポーションを配布させて頂きます」

 木箱の中身は沢山の回復薬ポーションが詰まっており、それを見た受付嬢が品質に目を丸くした。

 テレンス公爵家は薬学で財を成した、医者の一族である。であれば効能はお墨付きであろう。

「あら、さすが。高級魔力回復薬ハイエーテルまであるじゃない。それで、幾つ支給してくれるのかしら?」

「──いえ、お好きにどうぞ」

「へ?」

 魔法使いのネリが一本の瓶を翳して、その透明度に唸る。

 ネリが懸念をジャンに尋ねると、何か、信じられないことを言った気がする。

 耳がおかしくなってしまったのだろうか? いやいや、確認は大事である。

「ええと、ジャンさん? その、回復薬ポーションだってお安い物ではないでしょう? 一パーティーはどれだけ持っていくことが出来るのでしょう……?」

 恐ろしい言葉を聞いたと言わんばかりに、僧侶のリーラがジャンに再度尋ねると、彼はニヤリと笑った。

「いえ、ですから──人命が最優先です。この依頼を受注している間は、お好きなだけお持ちになってください。えぇ、多少は足が出てしまうかもしれませんが、それは仕方のないことでしょう?」

 木箱を更に一つ、二つ。……七、八、九と積み上げた。

「え、これ全部?」

「いえ、一部に過ぎませんよ? まだありますが、全て出してしまうとこの空間に入り切らないので?」

 この木箱全部に回復薬ポーションがみっちり詰まっているとしたら、それだけで一財産である。

 あまりの量にネリの口から呟きが溢れる。その呟きを拾ったジャンが更に信じられないことを言うではないか。最早驚嘆を通り越して恐怖を覚えるレベルである。

 現実離れした光景に呆然とする冒険者らに、ジャンは慇懃に頭を下げる。

「冒険者の皆様、どうか領都を救って頂けませんでしょうか?」


 こうして公爵家は領都ヴァニラに滞在する全ての冒険者を、彼らの意思で、この火急に駆り出すことに成功したのだった。

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