第44話 一見落着……?

「GUAAAAAAAAAAAA──────ッ‼」

「うわあああぁぁぁ────っ⁉」

 虹色の光の奔流に包まれて木霊す二つの断末魔。

 クピドは光を嫌がって腕を交差し防ごうとするも、光に触れた部位からたちまち鉛色の肌がボロボロ落ちて光の粒子となってゆく。

「うわああぁぁぁ、あ、あれ? 全然痛くないぞ? あ痛っ⁉」

 アーサーもまた本能的に顔の前に手を翳して光を防ごうとして、気付く。この極光が自分に一切の効果を発揮していないことを。

 むしろ地面にしこたま打った背中の方が一番のダメージだ。

「いてて……」

 背中を擦りながら立ち上がる。

 頭上へと首を向ければ今もクピドは苦しんでいるというのに。アーサーは自分に効果が無い事に首を傾げつつ、クピドの消滅を見守った。

 既に肉体大分小さくなっており、その声も弱々しい。

「GuO、ooo……」

 そうして一際大きな鉛色の肉片が胸から剥がれ落ちる。その下からどこかで見たことのある人間の顔が現れた。

 猫の手亭でアーサーに絡んできたバッソンその人なのだが、アーサーは記憶に結び付かなかったようだ。

 その表情は苦しげに呻く鉛色の肉塊に比べて、非常に穏やかで。

 戦闘の傷跡激しいそこに、全裸の仰向けのバッソンを残し光の波は完全に収まった。

 バッソンの意識は無い。しかし外傷もまた見えない。それでいて実に穏やかな顔で寝息を上げていた。

「……終わった、のか?」

「あぁ、そうダ」

「うおっ⁉ 急に現れるな」

 前触れなく耳元に、ミヒャエルがぬっと姿を見せた。

 飛び上がるアーサーに冷笑を向けるミヒャエル。

 そんな彼の様子にアーサーは忘れていた怒りがぶり返す。

「あ、そうだお前! 何俺ごとぶっ放してんだよ!」

「あ、あの、ごめんねアーサーくん」

「あー、いや。その、アカネさんは悪くないよ」

「ハッ! 随分と男女で扱いが違うんじゃネェか?」

 アーサーがミヒャエルに噛みつくと、ビームをぶっ放した張本人であるアカネは申し訳なさげに委縮してしまう。

 そうして慌ててフォローに走るアーサーに、更にミヒャエルが噛みつくという、全く収拾が見えない。

 更にはたと、アカネは気付いてしまう。

「あ、あれ? い、今アーサーくん、私のことアカネって……⁉ えっ⁉」

「あ」

「え、えっ⁉ ふええぇぇぇぇ──────っ⁉」

 アーサーは自分の迂闊さを呪った。

 いや、というかだ。正体を隠すつもりならもう少しその気を見せて欲しい。そう思うアーサーであった。

「はうぅ……」

「アカネ⁉」

「アカネさん⁉」

 正体がバレた──ということよりもこんな痴女紛いの恰好を見られという事実に乙女心をひどく傷つけられたアカネの意識が、プツリと途切れる。

 ゆっくりと斜めに崩れる彼女の身体をアーサーは慌てて抱き止める。

 戦闘の疲労が襲ってきたのだろうか、なんてお門違いの考えが浮かび、彼女の豊満な胸が薄く上下していることに安堵する。

 ひとまず胸を撫でおろし、冷静さが戻ってくると、アーサーは態勢の不味さに顔を赤くした。

 何せアカネは、魔法少女の恰好だ。

 薄い生地のレオタード越しには彼女の体温を感じるし、くてっと寄り掛かる彼女の口元は丁度耳をくすぐるように吐息を吹き掛けてくるし、ちょっと甘い匂いが鼻腔をくすぐってくるし。

 何より胸が、十二歳らしからぬ巨乳がヤバい。なんていうかもうヤバい。語彙が消失するくらいに──。

「あ痛ッ⁉」

「ナニ鼻の下伸ばしてんだエロガキ!」

「あぁ⁉ 俺がエロならテメェは淫獣だろうが‼」

「さっきから、何を根拠に俺様を淫獣呼ばわりしやがルんだエロガキ‼」

「ギャルゲに出てくるマスコットなんて淫獣だと相場が決まってるだろ‼」

 ギャアギャアとアーサーとミヒャエルが言い合っているとアカネが呻いた。

 本当に戦闘の疲れがあるのだろう。その表情は苦し気で。

 遠くにあった喧噪は大分近づいてきて、「おい! 大丈夫か⁉」「何があった⁉」「兵隊さん、こっちだよこっち!」一言一句、話の内容まで聞こえてくる。

「……とりあえず、場所を移そう」

「……だナ」

 アーサーとミヒャエルはどちらともなく頷き合い、意識のないアカネを担ぎ上げて人目を避けながらその場を離れた。


◇◇◇


 そうして僅かばかしの静寂が訪れ、誰も居なくなったかに見える跡地。

 ここに先程まで人の営みがあったなど、信じられぬほどに散々破壊されて今では瓦礫しか無い。

 そんな中ただ一人、取り残された人物がいた。

 ──ギラルだ。

 彼はスカーレットが現れて直ぐ、内から込み上げる気持ち悪さを抑え、気力を振り絞りほうほうの体で近くの建物に隠れていた。

 そうして一部始終を、見た。

 気付けば身体の熱は引き──いや、別種の熱が彼の心に灯っていた。

 それは先程、男に無理矢理与えられた気色悪いものではなく、正反対の心地良いもので。

 正体不明の、それでいてまだ小さな少女が、あの巨大に変異したバッソンと対峙したのだ。

 初めはただ「助かった」としか思わなかった。だが少女は変異したバッソン相手に苦戦を強いられ、召喚された魔物ゴブリンに恐怖して、決して圧倒的な強者という訳ではなかった。

 それでも彼女は一歩も引かずに相対し、気付けばギラルは少女を応援していた。

 保身の為ではなく、ただ純粋に「頑張れ!」「負けるな!」と念じていたのだ。

 それに一体どれだけの意味があったかは、おそらくギラルにしか分からないだろう。

 そうして今、取り残されたギラルは覚束ない足取りでバッソンの元へやって来た。

 ──君子危うきに近寄らずである。

 今までの自分なら、暴力というバッソンの最大の利点が敗けた時点で彼を見限っていた筈だ。

 だのにギラルはこうして、バッソンの元へやって来ている。

 ギラルは自分自身、何を考えているか分からなかったが、こうするのが正しいのだと思った。

(正しい、だと? んな馬鹿な……)

 困惑を振り切るようにギラルは頭を振って、相棒へと声を掛ける。

「……おい。……生きてるか?」

「──」

 全裸のバッソンの、分厚い胸板は上下しており、耳を澄まさずとも彼のいびきが聞こえる。

 その実に気持ちよさげな顔に、ギラルはイラっとして蹴りを入れた。

「おいっ、起きろ!」

「んが?」

 バッソンの鼻提灯が割れ、目が覚める。

 上体を起こした彼はキョロキョロと周囲を見回し、視点がギラルに固定されると徐々にその焦点が合い始める。

「おい、大丈夫か──」

「──ギラル。俺は間違っていた」

「はぁ?」

 晴れ晴れとした笑みを浮かべたバッソン。

 頭でもおかしくなったかという考えが過ぎるギラルだが、端から筋肉の詰まっていた脳味噌である。これ以上悪くなりようが無いなと考え直した。

 だとすると、何だ? このバッソンの変わりようは?

 ギラルの疑念は正しい。バッソンの悪心は先のカレード・ブルーム・バスターを受けた事によって体内の【ブルーブラッド】共々浄化されてしまったのだ。

 だがそれを知る者は、この場にいない。

 相棒の変化に気持ち悪さを覚えたギラルだが、バッソンの次なる言葉にそんな感情は吹き飛んでしまう。

「ギラル。俺、自首しようと思うんだ」

「はぁ⁉ おまっ、何言ってるか分かってるのか⁉」

「あぁ、分かってるとも。自首したくらいで許されるほど、俺の罪は軽かない。だがよ、罪を償うために、まずケジメはきちっとしねぇとな」

「バッソン……」

 ──おいおいマジかよ。

 そんなツッコミが喉元まで出掛かってギラルは飲み込んだ。

 どうやらこの馬鹿は本気のようだ。目を見れば分かる。

 バッソンが自首し悪事を白状するとなると、芋づる式に自分にまで公権の手が及ぶのは明らかだ。

 だが不思議と、ギラルはバッソンを説得する気は起きなかった。

 どころか──。

「……仕方ねぇ。俺も付き合ってやるよ」

「ギラル?」

「ばーか。お前の筋肉が詰まった脳味噌で、一体どれだけ有益な情報を吐けるよ」

「がはは! 違いねぇ!」

 二人は──一人はと云う格好で──笑い合い、こつんと拳をぶつけ合う。

 そうして遅れてやってきた番兵に無抵抗で身柄を預けた。

 彼らは自分の知る限りの情報──薬の売人や人身売買の販路、取引の方法など──を洗いざらい話した。

 結果この日から、裏市場で流れていた麻薬は劇的に減っていった。

 ──その中には勿論、あの忌まわしい【ブルーブラッド】も含まれていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る