第41話 だってまだ十二歳だし……

 クピドは地面を削りながら、建物を壊しながら、勢いよく吹っ飛ばされた。

 その吹っ飛ばした本人はというと──

「あ、あわわわわ……! お家壊しちゃったよぉ、どうしよう⁉」

「安心しろヨ、スカーレット! この周辺に人間はとっくに居ねぇゼ!」

「そ、それなら良か──良くないよぉ⁉ ど、どうしよう、弁償しなきゃ!」

「そんなモン、後で考えろヨ! いいから、このスキに追撃をしかけロ!」

「そ、そんなことしたらもっと街が壊れちゃうよぉ!?」

 ──目を回すほどの混乱を見せている。

 奇妙な魔物が戦闘のアドバイスを行っても、少女はあわあわと目を回すだけで次なる行動に移ろうとしない。

 ……何とも調子の狂うコンビである。

 特に少女の方の、呑気とも言える優しさにはさすがのボーゼス戦闘の最中でありながら毒気が抜かれてしまうほどだ。

(……単純な運動能力での勝負では勝ち目がありそうもないですね。しかしこれほどの力を持ちながら、立ち回りは素人のそれ。一体……?)

 そんなちぐはぐな印象を受けたボーゼスはある考えを思いつく。

「GUAAA、UAAA─────‼」

 スカーレットとミヒャエルが漫才をしている間に、瓦礫と土煙の中から咆哮と共にクピドが姿を見せた。

 こちらも大したダメージは受けていないようだ。

 しかしいたくプライドを傷つけられたか、クピドは鬼の形相でスカーレットを睨んでいる。元となった宿主の影響を強く受けるようだ。

 残念ながら頭の作りは脳筋の宿主より更に残念になっているようで、鉛色のクピドは吠えながら性懲りもなく突進をしてきた。

 スカーレットは街の破壊を嫌ってか、その突進を正面から受け止める。

 クピドの巨体が、止まる。

「うぐぐ……! 重いよぉ~!」

 情けない悲鳴を上げるスカーレットだが、その光景は見るものを驚かせること間違いない。何せ子供の少女が、全長三メートル以上の巨人を押し留めているのだから。

 そんな動きの止まったスカーレットの、直ぐ横でバチンと、何かが弾ける音がした。

「おや?」

「え、なになに!?」

 動きが止まったのを良い事に、ボーゼスがスカーレットへ『火球ファイアボール』を放ったのだが。

 少女に命中する寸前、不思議なチカラで掻き消されてしまった。

「大丈夫ダ! オマエを傷付けられるのは俺達カレードのチカラを持ったモノだけダ! あの陰気なヤロウがいくらちょっかい掛けてこようとムダだゼ! とにかく、クピドに集中するんダ!」

「う、うん。分かったよ!」

 そう言って少女はクピドに向き直り、目の前の敵だけに集中し始めた。

(なるほどなるほど。そういう事でしたら)

 すっかり蚊帳の外に置かれたボーゼスだが、お喋りなミヒャエルのおかげで攻略法も見つかった。

 最初遠慮していたスカーレットも、今までになく強いクピド相手に余裕が無くなってきたようだ。宙を舞い光線を放ち、殴る蹴るなど攻撃に遠慮が無くなってきた。

 そのせいで周囲の街並みはすっかり瓦礫の山と化してしまった。

 ミヒャエルの言葉を信じるなら周囲の人間の避難は済んでいるようだが、このような視線の通る場所では、いつ誰に見られるか分かったものではない。

 ボーゼスは大立ち回りを演じるスカーレットらから離れ、未だ崩壊を免れている建物に身を潜めると、或る魔法を発動した。

「え、なに!?」

 突如スカーレットの地面に魔法陣が浮かび上がる。

 輝き出した魔法陣に気を取られたスカーレットに、クピドの豪腕が迫る。

「オイ、スカーレット!」

「え──きゃぁ!?」

 ミヒャエルの掛けた声で、拳が打つかる寸前、間一髪といったところで宝杖ロッドで防ぐことに成功した。

 だがその体勢は悪く、スカーレットは瓦礫の山に吹き飛ばされてしまう。

 お返しだと言わんばかりに、いやらしく顔を歪めるクピド。

「いったぁ~い……」

 土煙の中から頭を擦りながら姿を見せるスカーレット。

 そんな彼女の視界が突如光に包まれた。

「わっ、眩しい!」

「クっ、なんダ!?」

 目も眩む輝きの正体は魔法陣だ。

 そして光が収まりスカーレットが目を開けた時には魔法陣は失せ、代わりに五体のゴブリンが居た。

「ふえぇぇ!?」

「落ち着けスカーレット‼」

「え、だ、だって魔物だよ!?」

 現れたるゴブリンはただのゴブリンではなかった。

 ゴブリンナイトが二体。ゴブリンアーチャーが二体。そしてゴブリンメイジが一体。

 ──通常ゴブリンは単体ではほとんど脅威とはみなされない。ゴブリンの脅威とは、社会を構成し集団を作るところだ。

 そんなゴブリンの上位種が五体。これは十分以上の脅威であった。

 そしてこのゴブリンの召喚が望外の結果を生む。ゴブリンの姿を見た瞬間、スカーレットの動きが目に見えて鈍る。

(ふむ? 魔物にトラウマでもあるのでしょうかね)

 建物の影から戦局を伺っていた、ある推測をする。

 そしてそれは正しい。

 彼女の記憶には一ヶ月前の、魔物の襲撃が未だ色濃く刻み込まれていた。

「落ち着けって言ってんだロ! カレードの戦士を傷付けられるのは同じカレードのチカラだけだ! このクソ低級な魔物を幾ら呼んだところで、オマエを傷付けることは──」

「キャっ!?」

「バカな!?」

 ミヒャエルの台詞を遮るように放たれたゴブリンアーチャーの矢がスカーレットの服を掠めた。

 幸い彼女にケガは無いが、カレードのチカラが発動しなかった。

 その事実に受けた衝撃はミヒャエル。

「ミヒャエル!? どういうことなの!?」

「こ、コイツら、まさか……!」

 ミヒャエルはいち早く気付いたようだ。

 その愛嬌のある(?)顔を怒りで歪める。

「間違いネェ! 微かだが性力エロースを感じル! ルキフェルのヤロウ、人間だけじゃなく魔物にまでチカラを与えるなんテ! どこまで堕ちりゃ気が済むんダ!」

(さすがに気付きますか。そうですよ、その子らは既に【ブルーブラッド】を投与していた子たちです)

 よく見ればゴブリンらの瞳は赤く、妖しい光を湛えており、ギョロギョロと絶え間なく動く瞳孔から正気は見て取れない。

 魔物の正気狂気を論ずるなど無意味であろうが、兎も角、ゴブリンらは正気ではなかった。

 普段以上に陽気な様子で、耳障りな笑い声を上げ、無意味に武器を振り回している。

(あぁ、しかし。これはいけませんね……。スカーレットとやらに攻撃が通じるようになったのは良いですが、私の命令をちっとも聞きません。これでは──おや?)

 ボーゼスは奇妙な光景を見た。

 自分の命令を一切聞かなくなったゴブリンらだったが、自然とクピドと陣形を組んだのだ。

 同じ【ブルーブラッド】を投与された者同士のシンパシーだとでも云うのか。

 兎も角、クピドとゴブリンらは連携しながらスカーレットへ襲いかかった。

「うわわわわわ!?」

「チッ! 一旦上空へ避難しロ!」

「う、うん!」

 ミヒャエルの指示通り、スカーレットは空を翔んだ。

 クピドとゴブリンナイトの攻撃は届かないが、ゴブリンアーチャーとメイジの矢と魔法が、スカーレットを撃ち落とさんと雨あられと注がれる。

 カレード・スカーレットとなって身体能力を底上げされているアカネにとって、これぐらいなら回避に徹すれば避けることなど容易い。

 言い換えれば、この弾幕を掻い潜るなんて芸当は、到底見込めなかった。

「っ! えぇい!」

 宝杖ロッドから放った光線は、クピドとナイトに防がれてしまう。

 必殺の技、カレード・ブルーム・バスターを放とうにもチカラを溜めさせてもらう暇がない。

 両者の戦力──能力差だけで言えばスカーレットが圧倒的である。

 であるが、その能力を十全に扱うには、アカネは圧倒的に経験が不足していた。

(ど、どうしよう……!)

 焦りが少女の心を支配しようとしていた。


◇◇◇


 そして同刻。同じ空の下、同じ都市。

 ──ずこーんばこーん。

「……はて?」

 戦闘の残響音が、さる少年の耳に届いた。

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