第36話 蜘蛛糸を渡る②
さて。今一度ジェリーとの話し合いの前に状況を整理しておこう。
まず今回の目的だが、この世界に於いての【暗夜の狂】について知るだ。それでようやく、俺の知る【カオスローズ】と差異があるのか解るってものだ。
更に出来ることなら【暗夜の狂】との繋がりも持っておきたい。これは達成目標であり、出来なくても仕方ないぐらいの気持ちでいよう。
ん? 反社会的な組織と何故繋がりを持ちたいかって?
それは領都ヴァニラに来てこの一ヶ月で、情報収集の限界を感じたからだ。
常日頃から自分の手足となって動く組織が欲しかったのだが、【暗夜の狂】は俺が求める条件を全て満たしている。
例えば目の前のジェリーなんかは、諜報員として非常に優秀だ。何せどんな人物にも化けられるどころか、スライム体である彼女にとって物理的な障害は何の意味もなさない。鍵の掛けられた扉だろうが宝箱だろうが、少しの隙間から入り込めるし、そうやって得た収集物も体内に隠せるのだから、打ってつけの人材と言えよう。
もう一人、グールという男がいる。そいつは食べた人間の知識・技術を得るという特殊な能力を有しており、拷問や尋問の類を一切必要としない上、確実に隠れた知識を得ることが出来る。
この二人こそ【暗夜の狂】の情報統括を担っており、この世界の事を知ろうとするのなら是非とも確保しておきたい人材である。
(もっとも、グールに関しては難しいだろうなー……)
そして目的が達成できるかどうかの大切な交渉カードだが、勿論【カオスローズ】内の知識だ。その中でジェリーの知らない、必要としている情報でまず彼女の関心を買う。
【カオスローズ】は学生時代に散々はまり込んだギャルゲの一つだ。シナリオ・イベントスチル共に100パーセントまでやり込んだ。ゲーム内の知識で賄えるのなら、知らないことは無い。
……最悪の最悪、この世界での【暗夜の狂】の立ち位置が違い過ぎて全く役に立たない、という事も有り得るが。
しかし短い接触ながら、ジェリーの性格はゲームとそう変わりない。能力に於いても同様だからだ。ゲームの知識が全く役に立たない、という事は無いと確信している。
対してジェリーの側の目的だが──不明だ。彼女がどんな目的で俺との話し合いに応じてくれたのか全く分からん。これが最大の懸念であったりする。
ゲーム内でのジェリーは情と執着が強い女性と表現されており、気に入った人や物を大事にする反面、興味が失せた時の対象への反応は冷たく、また裏切りを決して許せない。そんな性格をしていた。
彼女の目的が分からないと言ったがおそらく、というか十中八九だが。……俺はジェリーの目的、欲するものをある程度推測していた。
「どうしたのぉ? 黙ってちゃ話にならないわよぉ?」
何がおかしいのか、ジェリーはクスクスと笑いワインの入ったグラスを傾ける。
ジェリーの喉が艶めかしくコクリと、一度だけ鳴った。
「単刀直入に言う。【暗夜の狂】について知りたい」
「ふぅん? それで、聞けると思うのぉ?」
ジェリーの瞳が弓のように細められる。瞳からは興味の色が失せ、代わりに剣呑さが宿ってゆく。
「いや、思わない。だからまず、俺の知る【暗夜の狂】の情報を教える」
「んん~、どういう……? 知っていると言うのなら、わざわざ危険を冒してまで私と接触する必要は無いんじゃないかしらぁ?」
「──【暗夜の狂】。【真祖ヴァミリオ】が立ち上げた人類救済を謳う秘密結社。【真祖ヴァミリオ】を筆頭に【無貌のジェリー】【死超のレイス】【腐乱のロッテ】【
「ちょ、ちょっと待ちなさい!」
俺はジェリーの疑問を遮り、ジェリーから思考という手段を奪うため息つく暇もなくマシンガンの如く情報を浴びせた。
そのジェリーは唖然としてから、常に余裕の態度を崩さぬ彼女らしからぬ取り乱しっぷりを見せた。
「それだけのことをどうやって、誰に──⁉ ……いえ、その手の人間であれば十分知ることの情報、よね? そう、その年でそれだけの情報を得たのは大したものだけど──」
ガタンと。ジェリーが勢い良く立ち上がったことで椅子が倒れる。
彼女は俺に詰め寄り問い質そうとして、自分の言葉で徐々に冷静さを取り戻しつつあった。
そうして得た余裕で、ジェリーは当然の思考に至った。
友好的な雰囲気は鳴りを潜め、全身から殺気という殺気が発せられる。
「…………どうして一人だけ名前が挙げなかったのかしらねぇ?」
──来た。
俺は頬を伝う冷や汗をそのままに、テーブルの下で拳を握り直す。
今までも何度かジェリーから殺気を浴びせられたことはある。
そのどれもが児戯であったと勘違いしそうになる、粘ついた、非常に恨みの籠った殺気であった。
女の情念が籠った殺気であった。
ハッキリ言えば、俺とジェリーの実力差は明白で。猫の手亭に入る前に掛けた身体強化など焼け石に水程度の慰めにしかならないことだろう。
俺自身、自分が七歳らしからぬ実力を有している自信はあるが、それを差っ引いても彼女との実力は、天地ほどに掛け離れていた。伊達に【八怪童】などと呼ばれてはいないのだ。
ジェリーの言う挙げなかった一人とは無論、【カオスローズ】の主人公であり【暗夜の狂】の裏切り者、【全なる獣ロア】である。
……そしてジェリーの元恋人でもある。
いや、ジェリーからすれば今も恋人のつもりなのかもしれない。彼女の内心を推して知る術は無いのだが……。だとすると、その事実に触れようと瞬間、今にもはち切れんばかりの目の前の災厄が暴走するのは目に見えていたので、俺は慎重に慎重を重ねて言葉を発した。
「……俺の方もロアを探している」
「ふぅん?」
疑念が、彼女の怒りを若干緩めた。若干だよ若干? だってまだちびりそうだし俺。
「言っておくけど、彼は私の獲物よ? 誰だろうと渡しはしないわぁ……!」
凝り固まった情念が熱を帯び、物理的に形になった。今、目の前にいるジェリーは正にそう呼ぶに相応しい。
──俺がロアを探していた理由、単純なことだ。保険である。
【暗夜の狂】は旧人類の粛清のために神──ヴァミリオだけがそれを邪神と知っている──の復活を目論んでいる。そしてルートによっては、ロアの努力も虚しく邪神が復活してしまう展開がある。
この後が重要なのだが──邪神は確かに世界を滅ぼす力を持っていた。ヴァミリオの悲願である自身の死も達成される。
一方、選択肢次第で当の邪神を撃退する事も出来る。それを可能とするのが【カオスローズ】主人公のロアであり、俺としては万一の時の為にロアと友好的な関係を築いておきたかったのだ。
ちなみにトゥルーエンドにいく為には邪神の撃退が必須であのだが、生憎この世界はゲームではないのだ。あるかどうかも分からないトゥルーエンドの為に、一度邪神を復活させるなどという酔狂をするつもりはない。
故に、保険と表現したのだが。
「ジェリーに協力して欲しい。協力の見返りはロアについての情報だ」
さて。交渉の始まりだ。
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