第34話 敵の強さはあんまりイベント戦のあてにならない
複数の異なる生物の特徴を持ったソレを見、アーサーの脳裏に真っ先にある単語が浮かんだ。
そう、
尤もポピュラーなのは山羊の胴体に獅子の頭、そして蛇の尻尾を持つものだろう。
神話のソレと違って目の前のモノは随分と醜悪な見た目をしているが。
「おっと」
複数のイカの触手がアーサーら目掛けて伸びる。
「ああああ、アーサー!? こ、こここの態勢は!?」
「すまんテレサ! ちっとばっかし我慢してくれ!」
「は、はひ……」
テレジアを──いわゆるお姫様だっこで──抱えるアーサーだが、それを感じさせぬ身軽さで触手の隙間を縫って跳ぶ。
「あぁ、もうっ! 何なのよぉ!」
対してジェリーは腕を鞭の如く──彼女の正体は
「『
防戦を続けていても事態は好転しない。
アーサーは初級風魔法を唱えて触手を斬り飛ばす。切り飛ばされた分だけイカサメ(仮名)の攻勢が緩んだかに見えたが。
「あー……。まーそうだわな、っ!」
切り口から白い泡が吹き出たかと思えば、泡は一瞬で固まり新たな触手と生え変わった。
明らかに自然界には存在しない見た目──人の手が入っている生物である。その再生力・生命力も強化されているだろうというアーサーの読み通りだった。それ故に冷静な対応を崩さないでいられた。
アーサーは内心で悪態を吐く。
今の両手が塞がっている状態では剣も振るえない。
「テレサ! 魔法頼む!」
「え!? で、でも私、実戦で使ったことなんて──」
「大丈夫! 誰でも始めては通る道だから! 俺が教えたテレサなら出来る!」
自信なさげなテレジアに微笑み掛けると、彼女は意を決したようだ。
「──分かりましたわ」
「ちょっとぉ!? 何か手があるなら早くしてくれなぁい!?」
多分に苛立ちの含んだジェリーの叫びが響く。
彼女は相変わらず触手を弾き飛ばしている。触手の中には勢いの余り半ばから千切れ飛んでいるモノもあったが、直ぐ様に再生して再びジェリーへと襲い掛かる。
そして触手の雨が降り注ぐ中、イカサメが乱暴にハサミを振り下ろした。
知性も何も無い、ただ力任せの一撃だがそれが何よりも恐ろしい。
空気が唸る豪腕が、ジェリーの頭上に落とされた。
さすがのジェリーも防げず、ハサミにぺしゃんこにされるも、全身スライムである彼女に物理的な攻撃は一切意味を成さない。
飛び散った粘液が一つの意思の元に集まり、人型を成してジェリーは復活する。
その繰り返しで、決定打の無い状況が続いていた。
(っと、危ない危ない)
ジェリーに気を取られていると、もう一方のハサミがアーサーらを捕らえようと否、両断しようと迫る。
開かれたハサミが眼前に迫るも、アーサーは軽業師の如き身のこなしで難なく躱す。一撃貰えば即死は免れないが、触手もそうだが鈍重に過ぎる。
脅威度で言えばジェリーとの戦いの方がよっぽど上だった。
腕の中のテレジアの、集中を邪魔しないよう躱し続けるだけの余裕すらあった。
そして、集中により閉じられていたテレジアの目が見開かれると、彼女の体内の魔力が呼応して全身から淡い光が立ち上った。
「『
少女の掌から青い焔の球が放たれる。
イカサメの図体は、でかい。体長だけでも五メートルを越えているだろう、水中に隠れている触手も含めれば全長は、優に倍以上になるかもしれない。
触手からの攻撃を飛んで避けて、動き回っている状態からでも外しはしないだろう。
果たして青い火球はイカサメ目掛けて直進したが。
「GUROOOOO‼」
悍ましい雄叫びと共にイカサメは火球をハサミで防いだ。
「あぁ!?」
「いや、これでいいんだよ」
己の魔法が防がれたことで悲痛な声をあげるテレジアだったが、対照的にアーサーは頬を吊り上げた。
「よくやったよテレサ。君の焔は消えない」
そう、テレジアの”呪い”の青い火は制御可であれば対象の選択が可能な代物で、そして何より、燃やし尽くすまで決して消えないのだ。
イカサメに人並みの知能があれば、ジェリーのように燃え盛った箇所を自らを切り落としたことだろう。だがジェリーとの遣り取りを見て本能こそあれど知能はそれほどは見られなかった。
防がれるのは想定の上で、テレジアの焔は防いでは意味が無いのだ。
イカサメが異変に気付いた時にはもう遅い。水に浸けようが他の触手で擦ろうが、消えるどころか自ら全身に焔を塗りたくるだけの結果に終わった。
「G、ROOOOOOOOOOOOO────‼」
その事実を悟ってか、イカサメが断末魔めいた咆哮をあげた。
そしてアーサーらを道連れにするべく焔を纏ったその巨躯で突進をしてきた。
テレジアが恐怖に身を強張らせたのが分かった。
そんな彼女を安心させるべく、アーサーはテレジアの金糸を優しく梳かす。こちらを見上げるテレジアの表情に、もう恐怖は見られなかった。
「『
イカサメは関係ないとばかりに土壁に体当たりをする。厚みこそあるものの強度はそれほどではない『
「『
イカサメの視界が陰る。
影を作ったその正体こそ勿論、テレジアを
中級風魔法の『
図体のデカいイカサメの、火の回りが遅いと言うのなら細切れにしてしまえばいい。
カマイタチはイカサメのハサミ以外を容赦なくバラバラにしてしまい、ややあってイカサメは完全にテレジアの焔に呑まれて灰となった。
「相変わらず多芸ねぇ」
ちゃっかり攻撃の範囲外に逃れていたジェリーが感嘆の声をあげた。
感情の読めぬ笑みを浮かべながら空々しい拍手をしている。
アーサーはテレジアを背後に庇う。油断だけはせずにジェリーと正対すると、彼女は傷ついたように肩を竦めた。
「ちょっとぉ、忘れたの? 敵対する気が無かったのはアナタだったと思うけどお?」
そう言えば、と。余計な戦闘を挟んで何をしていたか忘れていた。
と言っても既にジェリーからはこちらを害する気配は無い。
……まぁ完全に信用は出来ぬ相手だが、【八怪童】の中では会話の通じる部類だ。
──これはチャンスなのでは?
現状判明している三つのギャルゲー。
”剣とイバラと呪われた姫”
【カオスローズ】
[錬金カフェへようこそ!]
世界に深刻な影響を与えるのは【カオスローズ】だ。その対応に遅れているのは厳然たる事実であり、考えていた対処というのも、【暗夜の狂】を調べるという消去的なものだった。
その幹部と、奇しくも二度もの接触を果たしたのだ。
「ジェリー、さん。話がしたい」
虎穴に入らずんば虎子を得ずである。
アーサーは危険を承知でジェリーとの対話を試みた。
◇◇◇
上空。遥か上空。雲海の世界。
アーサーらの戦闘を見守る者がいた。
何をせずとも常に強い風が吹き、寒波に晒される上空の世界で、如何なる術か──『
「あ、あれ? 倒しちゃったよ?」
一人は少女。強い戸惑いを浮かべている。
「ウ~ン、確かにアイツからは強い
応じたのは────何だ?
見た目を評すなら……、耳の長い白いタヌキとでも言うべきか? しかし顔にある隈取は一見するとパンダにも、まぁ見えなくもないか?
仮にタヌキと呼称しよう。いや、タヌキは喋らないんだが、それは置いといて。
少女はもう一度、地上を見て溜め息を吐く。
「やっぱり凄いなぁアーサーくんは」
その視線は零した吐息以上に熱っぽい。
タヌキが全身で喧々さを表す動きをした。
「何言ってるんだヨ! キミだって、戦える力を得たんだゼ!」
「う、うん。そうだよね。頑張らないと……」
少女はグッと拳を握る。その手の中には、先端に宝石の付いたステッキが握られていた。
そうしてハッとして、急にモジモジとしだした。
「で、でも、この衣装。どうにかならない、かな? ちょっとだけ恥ずかしいんだけど」
少女の装いはフリルがたっぷりあしらわれたハイレグレオタード。四肢にはオペラグローブとニーソックス。膝上60センチの超ミニ。そして豊満な胸元に燦然と輝くピンクダイヤという格好であった。少女は最早服の意味を成していないスカートの裾を掴んでは、真っ赤な顔で必死に太ももの肌色を隠そうとしていた。
「何てことを言うんだゼ!? そいつはカレード星に伝わる由緒正しい戦闘服なんダ! 恥ずかしいナンテ、とんでもない!」
「う、うん。ごめんね?」
その姿は──。
「分かってくれて何よりだゼ、
──魔法少女と呼ぶに相応しい。
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