第32話 時限式の選択肢を放置するのは大抵悪手

 魔法には基本四属性、複合四属性が存在し、初級中級上級と扱う難易度が定められている。更に別に、生まれ持っての才能の有無でしか習得が不可能な特級という区分がある。

 テレジアの”呪い”の焔を魔法に分類するなら、火属性の特級魔法ということになるだろう。

 そして『捕獲テイム』の魔法もまた使う者が限られた、特級魔法であった。


 フードの男は既に人混みに消えた。

 男が見えなくなる寸前、彼の魔力の波長を脳内に焼き付けたアーサー。『探知サーチ』を使えば脳内地図に、その男の居場所が明滅する光点として浮かび上がる。

 ──どうする?

 己に問うより早く、俺の口は勝手に動いていた。

「イルルカ。テレサとアオイちゃんを連れて屋敷へ戻ってくれ。戻ったら公爵に報告後、何名かの兵士を連れてさっきの広場まで来てくれ」

「……アーサーはどうしますの?」

「──俺は後をける」

 テレジアは一瞬何を言われたか理解出来ぬ様子で呆け、ようやくして言葉の意味を理解すると顔を真っ赤にして怒鳴った。

「なにをまた、またそんな勝手に危険なことを! アナタの身はもうアナタ一人のものではないのですよ⁉ 次代の公爵家を背負って立つ身だと重々自覚してください!」

 何事かと、周囲の人間に好奇の視線を向けられる。

 そしてテレジアを公爵令嬢だと知っている一部は耳を聳てる気配さえ伺えたが、イルルカが一睨みすると蜘蛛の子を散らすように去っていった。

「ど、どうしたのさテレジア様? アーサーも、どういうことなの?」

 状況を理解出来ていないアオイがテレジアとアーサーを交互に、戸惑いの顔で見つめる。

「ええ、アオイさん。実は──」

「えぇー⁉ そんな、ダメだよアーサー! 君が強いのは知ってるけど、そういうのは大人に任せておこうよ……」

 テレジアが掻い摘んで説明するとアオイも不安の色濃い様子を見せる。

 ただイルルカだけがじっと、アーサーの言葉を待っていた。

「大丈夫だよ。危ないことはしないつもりだから」

 この程度の言葉で彼女らが説得されるなんてことはない。

 なら何と言えばいいのだ? アーサーは頭を悩ませるも、正しいのは彼女らだ。何も不必要に危険を冒すことは無いのだ。

 推定犯人と思しき人物がまだ領都にいたというだけでも十分な情報だ。

 だがこの一ヶ月、手掛かり一つ見つからなかった状態で向こうから尻尾を見せたのだ。

 聞けばソイツは俺を見て驚いたとか。となればこの不意の遭遇は向こうも想定外で、罠の可能性は低い。

 この僅かな逡巡の間も、脳内の光点は遠ざかってゆく。一度サーチの範囲外に出てしまえば、折角つけたマーキングも解けてしまう。

「アーサー! アーサー‼」

 焦りから思考も纏まらずにいると、テレジアの顔が視界をいっぱいに占領する。

 何事かと思えば、テレジアがアーサーの両頬を包んで顔を近づけてきたのだ。

 思わずのけぞりそうになるも、テレジアが腕に力を籠めソレを許してくれない。

 コツンと額同士がぶつかる。

「アーサー。アナタの考えていることは、少しぐらいなら分かるつもりです。今がまたとない好機だということも分かりますわ。ですから──」

 決意を込めてテレジアが言う。

「ですから、私も連れて行きなさい。──危ないことは、しないのでしょう」

「っ」

 それこそ馬鹿なことを!

 テレジアを制止させるべく口を開こうとするアーサーよりも早く、彼女は先手を打ってきた。それは先程のアーサーが、テレジアらに向けて言った言葉だからだ。

「……イルルカ。アオイちゃんを連れて公爵家へ。その後はさっき言った通り兵士を集めて広場へ」

「婿殿はどうなさるので?」

 それは俺の意見を翻そうとするものではなく、ただ確認の為の問い。

 俺はニヤリと笑い返した。

「決まってるだろ。やっこさん尻をけてやるのさ」

 俺の低俗な言い回しに、テレジアは顔を赤くした。


◇◇◇


「二人とも、大丈夫かなぁ……」

 イルルカと共に公爵邸へと向かう最中、アオイは後ろ髪引かれてアーサーとテレジアが行った路地裏へ目を向ける。

「ふふ、アオイさん心配いりませんよ」

 そんな彼女の頭上から、イルルカの優し気な声が注ぐ。

 見上げれば彼の、非常に整った顔が目に入りアオイは頬を染めた。

「実は私、公爵様に拾われる前は冒険者をしてましてね」

 彼は突然、自身の過去を語り始めた。

 冒険者をしていたなど、初耳である。

 いや。アオイはこの褐色の麗人について知らないことばかりだと思ったが、今その事実を考える意味は無いので脳の隅に追いやる。

 イルルカは言葉を続けた。

「自慢ではありませんが、冒険者時代の私はBランクソロでして」

「え⁉」

 Bランクという単語を耳にすると、アオイが一番に思い出すのは最近何かと縁のある『南十字サザンクロス』の面々だ。

 冒険者のランクは天辺にSランクがあり、そこからA~Eのあるのは周知の事実だが、それがソロとパーティーでは、意味合いが天と地ほどの違いがある。ソロの冒険者はパーティーを組んでいる者より、基本一ランク上の実力と見られる。

 つまりイルルカはAランク相当──数多いる冒険者の中で限りなく頂点に近づいた一人だということだ。

「婿殿とはよく模擬戦をさせて頂いていますが、剣だけの勝負ですと私に分がありますがね。ですが魔法も──何でもアリの勝負にすると」

 勿体ぶるようにイルルカは言葉を溜める。

 ごくりとアオイは生唾を呑んだ。

「──全敗です、私は。ただの一度も、婿殿──アーサー様に勝てたことがないのですよ」

 イルルカの言葉には不思議と悔しさは見えず、純粋な憧憬に満ちていた。

 えぇっとアオイの驚きが蒼天に響き渡った。


◇◇◇


「でもアーサー? もう見えなくなってしまってよ? どこへ行ったか分かりますの?」

 一方二人と別れたアーサー・テレジア組。

 アーサーは頷いてテレジアの手を取った。

「あー、さっきテレサが言った男にマーキングをしておいたからね。『探知サーチ』を使えば男の居場所は分かるよ」

「ち、ちょっとお待ちになって。アーサー? さらりと言いましたが『探知サーチ』は特級魔法では──」

「急ごう。一度範囲外に出られたらマーキングが外れちゃうからな」

「あっ、もうアーサー! 私の話は途中なんですよ! もう!」

 脳内地図に明滅する光点が地図の端に至り、アーサーはテレジアの不満を黙殺し手を取って歩き始めた。

 フードの男はどうやら人通りの多い道を進んでゆく。

 こちらも人混みに紛れることが出来るが、馬鹿正直に後をけて万一気取られたらことである。

 ましてこちらは、尾行の経験──アーサーはギム村で獣相手に散々していた──など無いテレジアを抱えているのだ。

 アーサーらは大通りを外れ路地裏へと入る。

 通りに比べて日の光が届かない場所が増え、それだけのことだが空気まで悪くなった気がした。

 握られたテレジアの手に、力が籠る。

 現実問題として大通りに比べて路地裏の治安はどうしても劣る。そんなところにテレジアを連れ込むのだから、アーサーに何の考えも無いハズは無かった。

 テレジアを安心させるべくアーサーはもう一つ、魔法を唱える。

「『隠形スナッフ』」

 唱えると同時、自分らの存在が薄くなったのをテレジアは理解した。自分の知らない魔法を使うアーサーにテレジアは開いた口が塞がらないが、だがそれ以上の驚きがテレジアを襲っていた。

「ちょ──ちょっとアーサー⁉ アナタ今『探知サーチ』の魔法も使っているのでしょう⁉ 二つ以上の魔法の同時行使は不可能なはずです!」

「何を今更。テレサを助け出した時だって、『身体強化ブブースト』と他の魔法を使ってただろう?」

「……もういいですわ」

 言われてみれば。彼女は記憶を思い出す。あの時は混乱の極みにあったから気付かなかったのだろうが、そこにはアーサーの言葉を肯定する事実があった。

 さも何でもない風に云う想い人。その背中を見つめテレジアは不満をぶつけた。

「でも! 絶対、ぜーったい! 事が落ち着いたらちゃんと話して貰いますからねっ!」

 むすっとした顔も、テレジアの可愛さを引き出す一助にしか見えない。

 アーサーは苦笑して「わかったよ」と答える他なかった。

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