第31話 フラグは立てずともイベントは起きる

「悪い。待たせたかな」

「うぅん、全然!」

 待ち合わせの城下の広場に行くと、噴水の縁に腰掛けるアオイがいた。

 彼女は俺たちの姿を確認すると、ぴょんと元気よく飛び降りた。

 あれから俺とカンバラ家は定期的に顔を合わせている。公爵の持つ漢方──香辛料の受け渡しをする必要もあるが、俺自身、カレーの売れ行きが気になるからだ。

 何せ自分が提案したのだから、「あとは知らなーい」と無責任に投げ出すのも気が引けた。

「テレジア様もこんにちは!」

「ご機嫌ようアオイさん」

「あ、あとイルルカさんも……」

「ええ。こんにちはアオイさん」

 アオイがテレジアと、その後方に控えるイルルカに挨拶をする。

 彼女はイルルカを見て頬を染め、恥ずかし気に俯いた。

 ……おっかしいなー。助けた時はアオイちゃんからのクソデカ矢印を感じたんだけど。んまぁ身近にイケメンで優しい年上のあんちゃんがいたら、多感な年ごろの少女はコロっといっちゃうよねー。

 俺だって美人で優しいおっぱいの大きい、おっぱいの大きいクールなお姉さんがいたら──。

「……アーサー?」

 ひぇ! 隣から熱気が立ち込める。”呪い”が暴走仕掛けているのだ。

 テレサから揺らめく青い焔は、彼女の意思で焼くモノ焼かないモノを選別出来るのだ。主に焼かれそうになるのは俺だけなんだけどさ。

「ふふ、修行の成果かしら。最近アーサーの考えていることでしたら、大分”視”えるようになってきたんですよ? だ、だってずっと見ているんですもの……」

 ぐはっ! だから急にカワイイを打ち込んでくるのは止めろって!

 テレサは焔を引っ込めると、拗ねた様子でこちらを上目遣いで見てきた。

 しかしサラリと恐ろしいことを言った。鍛え上げた”診眼”は思考までも読み取れるのだろうか? だとするとテレサの前で下手なことは考えられないなー……。

 今からこれでは、将来に対しちょっとだけ憂鬱おセンチな気分になる。

「どうしたのアーサー? 景気の悪い顔しちゃって」

 アオイがまん丸な目を不思議そうに向けて来る。

 もう言わずとも分かると思うが今、日の先約とはアオイらとの市場視察──という名の息抜きである。

「そんな時こそパーッと気分転換しないと、ね! 行こう!」

「ちょっとアオイさん!」

「アハハ!」

 彼女はニコリと愛嬌のある笑みを浮かべると俺の手を取り駆け出す。

 テレサが眉尻を吊り上げるも、どこか楽しそうだ。それはアオイが、公爵令嬢という立場を気にせずに接してくれる友人だからかもしれない。

 追い付いたテレサに俺は、もう一方の手を取られ、正に両手に花状態で城下を散策へと赴く。

 本来一月も住めば、それなりに地理には詳しくなるものだが、公爵家預かり──というかテレサのお付き──の俺は自由に出歩くこともままならず、週に一度の安息日に公爵からの許可を貰い街へと繰り出していた。

 俺は領都ヴァニラに来たばかりだし、テレサもテレサで箱入りだ。という訳でアカネ・アオイ姉妹に案内役を買って貰っているのだった。

「そういえばアカネさんは?」

「ん、お姉ちゃんは今日もお鍋と向き合ってるよ。もっと美味しいカレーを作るんだーって意気込んでるよ!」

 今更ながら赤い髪の少女が見えぬことに気付き、尋ねると青い髪の少女はそんな事を言った。

 熱心というか責任感が強いというか。折角の休み、と思わないでもないが、あれで本人も楽しんでいるのだろう。他人がどうこう言うことではないか。

 ふと、通りを見ればカレーパンを立ち食いする冒険者の姿が目に入った。

 ──今やカレーパンは冒険者の一種のステータスであった。

 背伸びをすれば庶民でも手の届く価格のカレーだが、常食するとなればそれなりに稼ぎが無ければ不可能だ。冒険者が稼ごうとするには危険度の高い高ランクの依頼をこなす必要がある。

 つまるところカレーパンを食べられる≒優れた冒険者という図式が成り立つようになり、冒険者はこぞってカレーを求めるようになった。

 ……最初は美味しくて携行に便利だからという理由でカレーを買っていた冒険者が、カレーを買うために依頼をこなすようになってしまったのは正しく目的と手段が逆になってしまった事例であった。

 んまぁこちとら儲けさせて貰っているのだから文句は無い。ただ身の丈に合わない危険に飛び込んで命を落とさないようにだけ祈っておこう。

(しっかしまー流石アオイちゃんって言ったところか?)

 アオイに連れられて市場を往くと、彼女は三歩と歩かずに様々な人に声を掛けられる。

「ようアオイちゃん! 今日も元気いっぱいで可愛いな!」

「あ、トム爺! そんなこと言って、もー。奥さんに愛想尽かされても知らないよー?」

「がっはっは! 相変わらずこまっしゃくれた子供だ! カーちゃんには毎晩愛を囁いてるから安心しろよ!」

「アオイちゃん、今日はいいお肉が入ったのよう。特別に安くしてあげるわよ?」

「えー、ほんとに⁉ お姉ちゃんが聞いたら喜ぶかな? オバちゃんありがとー!」

「いいのよう! アオイちゃんもアカネちゃんも、私らにとっては孫みたいなもんだからねえ」

「ねぇアオイちゃん! 弟が不治の病に掛かっちゃったの! それで死ぬ前に一度カレーが食べてみたいって──」

「えー! ミキちゃん弟なんかいないじゃん! もー仕方ないなー、今度ウチに来た時お友達料金で食べさせてあげるからー」

「ひどい! 友達からお金取るの!?」

「当ったり前じゃん! 対等なお友達でいるために、むしろお金を取るんだよ?」

 上は老婆から下は店番を任された子供まで、実に幅広い

[金カフェ]での彼女の担当は、仕入れである。その愛嬌とコミュニケーション能力の高さから卸しのオジサマ達から値切って商材を仕入れてくるのだ。

 ゲーム内では時にドラゴンの肉とかまで買ってくるのだから非常識である。んまぁ大抵、ギャルゲのヒロインってのはチートだと納得するほかない。

 アオイちゃんとテレサが露店に並ぶ商品を愉しげに眺めているのを、俺とイルルカは一歩引いたところで見ていた。

 不意の思考に暇が訪れると、心配事を考えてしまうのは最早職業病だろうか?

「どうしました婿殿。難しい顔をなさっていますが……」

「あー、いや。あのオーガがどうなったか気になってね」

「婿殿が追い払ったというオーガですか?」

 追い払ったというか、撤退したというか。

 領都に来て早一ヶ月。変異種と思しきオーガが領都近域に現れた事態を重くみた公爵家は、早々に討伐隊を編成し領都周辺を山狩りした。だが肝心のオーガは影も形も見当たらず、大群のゴブリンらも見当たらない。

 有力な情報には報酬を約束し、冒険者ギルドに依頼もだした。

 しかし、結果は芳しくない。

 いよいよ以て怪しいと、ムスタファ公爵は俺が指摘した人為的な線にも力を入れるようだった。それが半月前の出来事で、今も成果は上がらずである。

 何か見落としがあるのか。はたまた相手が上手なだけか。

[ボッタクル商会]が黒幕だと確信しているアーサーには、この一ヶ月の静けさが逆に不気味に感じられた。

「っ、アーサー……」

 くいと袖を引かれる感覚を覚え、何事だろうと振り替えれば、何か、堪えるようなテレサが目に入った。

「……どうした」

 声を潜めて応える。

 袖を握る力は更に強く。彼女は俺の耳に唇を寄せて更なる小声で囁いた。

「そ、その、確認なのですが。アオイ達を襲ったのは、『捕獲テイム』した魔物の可能性が高いのですよね? そして『捕獲テイム』を使えるのは限られた者にしか使えないのですよね?」

 何度も自分に確認を取るテレジアに、何を言いたいかを理解したアーサーの顔は自然と強張る。

 テレジアは恐る恐る、人混みに飲まれて今にも見えなくなる男の背中を指差した。

「……先程すれ違ったフードの男性、アーサーを見て驚いていましたの。なんでしょうと気になって”視”てしまったのですけど、魔物使いと、そのような職の方でしたわ」

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