第27話 美味い料理は国境を越える
「なんだかすいません。俺たちまでご相伴に
「何、かまわん。婿殿が言い出したのだ、冒険者からの意見も聞きたいと言うのでな」
場所を食堂へ移し──。
部屋内の豪華さは、言わずもがなでろう。
食堂中央に鎮座するクソ長テーブルの上座にムスタファ公爵が。右手にテレサが、左手に俺が──丁度向かい合う形で──腰を下ろした。テレサ以下右手にはイッシキ、アカネ、アオイが。俺の隣には
皆の目の前に用意されているのは──皿に乗ったカレーパンだ。流石にお貴族様に手掴みで食べろと強要は出来ぬためナイフとフォークでの実食となった。いやまぁ、公爵様なら「手掴みが正しい流儀だ」と言えば普通に食べそうだけど。
結構な大きさだ。コンビニで販売しているものより二回りほどデカい。それが大人には二つ、子供には一つと配膳されている。
料理長が気を利かせてくれて「パンだけでは寂しい」と、合いそうなサラダとスープを準備してくれた。パパっと作るのは流石の手際であった。
てかあの人も味見でいたく感激していたけども。
後できちんとレシピとして書き出しておくかー。
「縁とはまこと奇妙なものだ。何がどう転んで繋がるものか、神にしか分らんだろう。つまらん挨拶はここまでにしておこう。幼子もいるのだ。マナーなどと堅苦しいことは言わん。気楽に食事を楽しんでくれ」
「へへっ! 公爵様は話が分かるぜ」
「ちょっとルドマン!」
ムスタファが音頭を取ると、待ちきれないとばかりにルドマンがカレーパンにナイフを入れた。
瞬間、揚げたパンの中に閉じ込められていた香りが一気に拡がった。
複数のスパイスが複雑に絡み合った、実に鼻腔を刺激する匂いだ。すきっ腹にこれは、嗅いでいるだけで唾液が溢れて来る。
ルドマンは一口というにはデカい一切れを口に放り込んだ。
「うめぇ!」
「え、なにこれ? 美味しい……」
「こんな美味しいの、ボク初めて食べたよ!」
そこかしこで歓喜の声が上がる。評価は上々なようだ。
皆の顔に笑顔が溢れて、
俺も自然と笑顔になる。
「おい、どうしたリーラ。口に合わなかったのか?」
カレーパンを一口食べ、机に突っ伏してしまった僧侶のリーラにカッスルが声を掛ける。
「……これは悪魔の食べ物です。堕落の象徴です」
穏やかじゃない表現である。
しかし言葉の意味するところは、彼女の蕩けた表情を見れば自ずと察することが出来た。
そんなリーラの皿に横合いからフォークが伸びてきた。
「お、そうかよ。じゃぁ俺が食ってやるぜ──」
「ふざけないで下さいルドマン! 誰も食べないとは言っていません!」
「わ、悪かったよ。ちょっとした冗談じゃねぇか」
ガギンと。リーラのフォークがルドマンのそれを迎撃した。
「まったく、食事くらい静かに摂れないのかしら」
そう言うネリの手も止まらない。一つは既に平らげ終え、二つ目のカレーパンに突入している。
テレサにはどうだろうか?
今回は子供もいたので辛さは控えめに作ったが、さてさて?
俺が向かいに目をやると、彼女はその小さな口にカレーパンを含もうとしていたところで、目が合うと彼女は顔を真っ赤にした。
俺はニコニコとしながらテレサに聞いた。
「美味しい?」
「は、はい。美味しいです……」
照れたようにはにかむ彼女は実に可愛い。ほっこりしてしまう。口元にカレーが付いているのもポイントが高い。
試食会は和やかな空気の中順調に終えるかに思えた。
「あの、お口に合いませんでしたでしょうかね……」
そんな中、難しい顔をしている人物がいる。ムスタファとイッシキだ。
「いや、味について文句はない。今までに食べたことの無い不思議な味ながら美味であった」
抑揚の少ない声でムスタファは言う。むつかしい顔に反してムスタファの感想は好感触だが、言外に「しかし」という言葉尻がつく態度であった。
公爵と同様の懸念を抱いたイッシキが代わりに言葉を紡いだ。
「……私も美味しいと思うよ。だけどアーサー君、調理の過程を見させてもらったが結構な量の香辛料を使っていただろう。ただ、コストがね──」
言われて「しまった」という表情を作るアーサー。
趣味の料理と異なり商売であることを全く失念していた。久々の前世のものが食べれると調子に乗り過ぎたかもしれない。
「仮にアカネが作って手間賃、人件費をゼロと考えても利益を考えれば最低でも小銀貨三枚(三千円)はくだらないだろうね」
『
「えーと、高いですかね?」
「高いね。成人男性の平均的な月収が中銀貨二枚(二万円)から多くて三枚(三万円)だからね、月収の十分の一と考えれば気軽に手を出せる金額じゃない」
あれー? 起死回生の妙手かと思われたカレーだが、早くも暗礁に乗り上げてきたぞ?
「えーと、今回は初お披露目ってことでふんだんに香辛料スパイスを使いましたんで、値段に関してはもう少し抑えられると思うんですけど……」
「それで幾らまで抑えられる? 人々が月に嗜好品へ割けるお金はそう多くない。小銀貨一枚(千円)にまで抑えられるというのなら商機はあると思うよ?」
えー、今の三分の一かー。厳しいなー……。
イッシキの指摘にアーサーはすぐに良いアイデアが思い浮かず応えられない。
「待ってお父さん! わ、ワタシ、これでやってみていきたいの!」
「アカネ?」
「ねぇ、アーサーくん? このカレーって、香辛料の調合次第なんでしょ? 絶対にさっき習った配分じゃなきゃいけないってことは無いんでしょ?」
「う、うん。そうですけど」
「ならっ! お父さん、まずパンを小さくしたらどうかな。単純にその分だけ安く出来るでしょ? それと油で揚げるのも工夫するの。鍋で揚げるんじゃなくて底の深いフライパンで両面を揚げ焼きすれば油の節約にもなるわ!」
アカネの声音は明るく、次々に改善案を出してくる。
冷水を浴びせるが如く公爵の低い声が響いた。
「待ち給え。話の腰を折るようだが、カレーを作るにあたって必要なのは君たちの持つ香辛料だけでなく、私のところの薬材も使っているのだろう? 希少なものもある。君たちに全面的な協力をするとは──」
「お父様、聞いてください。実はこちらのイッシキ様の奥方様のお身体があまりよろしくありませんの。イッシキ様が国中から食べ物をお集めしているのは、奥方様」
「……そうか」
唐突なテレサの告白を聞き、公爵は俺を睨んだ。
やべ。俺からの入れ知恵だってバレてるわ。
ムスタファはしばし瞑目し、真っ直ぐ己へ向けられる曇りなき愛娘の瞳を見た後、盛大な溜め息を吐いた。
「……分かった。聞けば[ボッタクル商会]は随分と悪辣な手腕で商会を大きくしているようじゃないか。我が領都でそのような身勝手を見過ごす訳にはいかん」
愛娘の頼みを断れるムスタファではない。
彼は直様テレジアの意に沿いつつも、如何に己の利を確保するか、脳内でそろばんを弾く。
「俺たちもぜひ協力させてもらうよ」
「えぇ。とっても美味しい料理が食べれるって冒険者の方に宣伝しておくわ」
有り難いことに『
魔法使いのネリが「だから、ね。私達が買う時はちょっと負けてくれない?」とウインク混じりに付け足すあたり、ちゃっかりしてるなとは思った
皆がカレーパンを食べ終え少しの会話を楽しんだ後、試食会はお開きになった。
その後アカネさんの努力の甲斐あって売値を大分落とすことに成功した。銀貨一枚──からすこし足が出ての銀貨一枚大銅貨三枚(千三百円)だ。これでもアカネさんはタダ働きだし原価ギリギリで、これ以上の値下げは出来そうもない。
こうして若干の不安材料を残しつつも、カンバラ商会はカレーの販売を始めた。
そして俺たちがしていた心配は杞憂という他なかった。
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