第26話 (元)日本人の食へのこだわり

 異世界転生モノで定番の一つ。日本食を作って異世界で無双する流れがある。

 いやそも(元)日本人らが何故に日本食の再現に拘るのか?

 現地の食事が味気ない? 故郷の食事が恋しい? それもあるかもしれない。

 俺は一つ、自説を唱えたい。

 まず日本人だが、舌に備わっている味蕾──味を感知するための細胞である──が西洋人より倍以上の数を有している。そのため西洋人よりも繊細で、些細な味の違いも解る。

 近世の出来事だが、フランスに修行に向かった日本人シェフがいた。彼の腕前を見るために焼いた魚を食べた料理長が、「今日から魚は彼に任せる」と言ったそうな。なんでも焼き加減と塩使いが完璧だったらしい。

 もう一つデータがある。それは先進国各国に「どんな時に幸せを感じるか?」というアンケートを取った結果だ。

 日本以外の先進国は「ハグ」や「キス」、はては「セックス」などの肉体的接触あるいは快楽に直結するものが上位を占めていた。日本だけが「食事」を一位にした、唯一の先進国であった。

 そも動物とは、生命維持に必要な活動は快楽を感じるようになっている。食事然り、排泄然り、生殖活動然り。

 本音と建前の国である日本人が「セックスなんて書くの恥ずかしいし……」となったのかもしれない。

 しかし俺は思うのだ。他国人よりも多くの旨味かいらくを感じ取れる日本人にとっての「食事」は、よそ様の「セックス」と近似であり、(元)日本人らがそれを求めるのも自然な流れなのではなかろうか。

 つまりだ、一日三食、美味しいものを食べるということは一日三発、美女を抱いているにも等しいのではないかと、私アーサーは思うのだよ。閑話。


◇◇◇


 俺は家主であるムスタファ公爵と商会長であるイッシキ氏、そしてアカネさんをつれて調理場へとやってきた。

 調理場の主たる料理長さんはムスタファが一言二言頼んで、快く利用を許可を出してくれた。

 さて。目の前にはカレーの材料──じゃが芋に人参、玉ねぎ、それと肉。そして数々の調味料が並んでいた。

(まー最初ですし。ここはシンプルながら王道のカレーでも作りましょかね)

 思い出すなー、学生時代。「カレーは貧乏学生の味方」なんて言葉を信じて作りまくったわー。まー確かに? カレールーで煮込めば大抵美味しく頂けますし、量を確保するのも容易い。けど日持ちするってのは、嘘だよなー。夏場なんかすぐ腐るし。

「説明してくれるのだろうね? [ボッタクル商会]に対応する策とはどういうことか」

 若干憂愁の念に浸っていると公爵が聞いてきた。

「対策というほどでもないですけど、手を出しにくい状況を作ろうと。そこにいるイッシキさんがですね、何でも大量の香辛料を輸入して来たんですよ」

「ほう」

「でも肝心の卸先が無いみたいで困っているみたいなんですよねー」

「……ほう」

 一声目は感心の声。二声目には呆れの声。そして鋭い視線がイッシキに向けられて、彼は申し訳なさそうに身体を丸めた。

「それで、話が一向に見えてこないのだが? そこな商会が身の丈に合わぬ商機に手を出そうとして、君が作る料理がどう関係してくるんだ?」

 不承不承といった様子の公爵。才能至上主義の彼からすれば無能とは唾棄すべきものなのかもしれない。

「えぇ。まず香辛料ですが、このまま市場に卸すことは出来ないですよね? 価格の崩壊が起こってしまいます。しかしカンバラ商会には大量の在庫を抱え込んでおく余裕はありませんからねー。そこでです、こちらで加工した商品として販売するんです」

「ふむ、それがそのカレーとやらかね」

「えぇ。──アカネさん」

「はへ? わ、ワタシ?」

 突如話を振られたアカネが戸惑いを見せる。そも彼女は何故自分がここにいるのかも理解出来ていないのだ。傍らに父が──情けないとはいえ──いるとはいえ、このヴァニラで最も偉い人物と空間を同じくするのは、十二歳の少女には厳しいようだ。

「えーと、今から俺がカレーを作ってみまんで。アカネさんには横から見て手順を覚えて欲しいんですよー」

「え、えと。出来るかな、ワタシに」

 彼女は実に自信が無いと、全身で表現していた。

 しかし俺には出来るという確信を持っている。それは勿論、[金カフェ]からの知識に依るものだ。

 カンバラ姉妹の母親が病弱なのは、既に言った通りだ。そして父のイッシキは商材を確保するため奔走し家を空けがちであった。幼少のみぎり、自分より更に三つも下のアオイの面倒を見ていたのは彼女だ。姉として、時に母代わりとして、家を守ってきたのは誰ならぬアカネなのだ。

 それ故にアカネは家事に精通し、特に料理の腕前はプロ級であった。

[金カフェ]本編でも、従業員に逃げられたカンバラ商会建て直すのに目を付けられたのがアカネの料理である。料理店を営む傍ら、店先に並べた錬金術で作った品々の数々で客を呼び込むというのが[金カフェ]本編の流れだ。

 ちなみに店頭に並べる品物を偏らせることによってアカネ・アオイ姉妹以外のヒロインのルートに入る仕様だ。黎くんの元同僚である魔法使いや冒険者の女剣士、ボッタクル商会からのスパイや暗殺者などのバラエティ豊かなヒロインとのきゃっきゃうふふが楽しめる。

 俺は解説を交えながら調理を進める。

 香辛料と小麦粉を炒めルーを作り、カットした野菜から出た野菜クズなんかでスープを煮出し、そして予め火を通しておいた肉・野菜を煮込んでいい感じになってきたらルーを投下。

「へえぇ。香辛料の種類や配分で味を変えられるのね。このお野菜の芯とかを煮込んでいるのは──出汁? 聞いたことのない言葉だけど、うん、普段なら捨てるところからスープを取るなんて、考えたことも無かったわ」

 アカネは興味津々といった様子で逐一「あれはなんだ」「これはなんだ」と尋ねてきた。そして答える度、彼女は感嘆し喜びを顕わにし、すでに脳内で自分ならどう作るか考えているようだった。

 気付けば料理長もすぐ側で俺の手元を覗いている。

 調理場に、複数のスパイスが入り混じった得も言えぬかぐわしい香りが満ちる。

 後はカレーを煮込むだけ、という時点になり──俺は大事なことを思い出した。

「あのー……、つかぬ事をお伺いしますが。……お米ってありますかね?」

「コメかい? 随分と珍しいものを知っているんだね。南の国だとパンの代わりにコメを食べる文化があると聞くけど」

 答えたのはあちこちに足を運んでいるイッシキだった。

 ぎゃぼばぁ────────────っ⁉ 俺は声ならぬ声を上げた。

 まるで大地が崩れてしまったかのような錯覚に陥る。事実俺は膝から崩れ落ちていたのだが、そんな俺を抱き留めてくれたのはアカネさんだった。

 俺の余りの落ち込みっぷりに、イッシキ氏は恐る恐ると発言した。

「……そんなに重要なのかい?」

「えーと、……はい。カレーは味付けの濃い料理ですからね。お米と一緒に食べることで各々好きな濃さに調整しながら食べるんですけど……」

「パンでは駄目なのか?」

 気にした風もなく公爵が言う。

 パン、パンかー。俺の胃袋は既にカレーライスとなっていた。

 他のもので代用することも考えてみる。真っ先に思い浮かぶのは麦飯だ。前世でも口にしたことはあるが、そのほとんどが米が九割に対して麦一割ほどの割合のライスだ。麦十割の飯は食べたことのない、未知の味である。今挑戦するのは、二の足を踏む。

 乾麺はどうだろうか? パスタなんかは王国でも広く流通している。カレーパスタかー。……不味くは無いのは解るが、せめて麺なら饂飩うどんにしたい。しっかしなー、饂飩うどん用の汁に代えるには大分手を加えなくてはいけない。前世で使い慣れためんつゆという優れた調味料が無いため、味を変えるのも戸惑われた。

「……」

 悩みに悩んで俺は、しかして苦情の決断を下さざるを得なかった。

「……料理長さん。パン生地、あります?」

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