第24話 胡椒の価値は如何ほどか

(へーコショウかー。ギム村じゃ塩以外の調味料なんてついぞ見なかったし、テレサの反応を見る限りこの世界でも高価なんかなー?)

 アーサーが木箱を覗くと確かに。前世でよく見知った黒胡椒がガラス瓶に詰められていた。

 ガラス越しに煌めいて見えるそれは、まるで黒い宝石だ。

 ──かつて胡椒は金と同価値だった。

 ネットの普及した前世では大分知られた話で、雑学として披露しても「へぇ~」の関心が買えるか買えないか、微妙な価値となっている。どころか「それ嘘だよ」と反論される事もままあるらしい。

 なにせ胡椒と金が同価値という話は──それなりに胡椒は高価であったものの──多分に誇張が入っているからだ。一例としてかの古代ローマ帝国では金一グラムに対して買える胡椒の量は200グラム以上であり、同価値と呼ぶにはちょっと烏滸おこがましいレベルである。

 まぁ話の掴みに使うには丁度いいぐらいの話ではあるかもしれない。閑話。

「それだけじゃないですよ?」

「まぁ! 砂糖まで!」

 アカネが麻袋の口を開くと、きめ細かい雪の如き白が姿を見せた。

 口元を抑えて驚くテレサ。なんか胡椒の時より反応がいいのは甘味だからだろうか?

 田舎に引きこもっていたせいで物価がさっぱりだ。ギム村では基本物々交換だったからなー。貨幣の出番なんて、偶に来る行商人相手にしか無かった。

 ちなみにユークリッド王国に流通している貨幣は王貨と呼ばれ、小中大の銅貨銀貨金貨が存在する。それぞれの貨幣が十枚で一つ上の貨幣に──小銅貨十枚で中銅貨一枚の価値となるので、日本的に考えれば銀貨が千円札にあたり金貨は一枚で十万円の価値となる。

 他には一体どんな商材があるのか気になった俺は、褒められた行いではないが、木箱の一つを勝手に拝謁させてもらった。

 干しキノコなどの乾物や南瓜かぼちゃやサツマイモなどの日持ちのする野菜が入っていた。

 食料品が多いな……。というかコレは──。

 そこにある一つの共通点を覚えた俺は、[金カフェ]本編の知識を交えて慎重に言葉を発する。

「……誰か具合の悪い人でもいる?」

 野菜は栄養価の高いものばかりで、胡椒をはじめとした香辛料はほぼ全てが漢方としての役割を持っている。

「うん。お母さんの具合が良くなくて……。」

 俺の指摘の正確さにアカネとアオイは驚きに目を丸くした。

 いやまぁ、[金カフェ]のストーリーを知っている俺からしたらカンニングだし。

 そして悲し気に母親の窮状を語る彼女らの姿には胸が痛む。テレサもまた、母親に対しては思う所があるのだろう。彼女もまた、ドレスの胸元をきゅぅと握り締めた。

「アーサー……」

 ふとテレサと目線が合った。彼女の何かを訴える目線。

 いや、何かなんてのは分かりきっている。なんとかして姉妹の母親を助けたいとこいねがう視線である。

 少女の潤んだ瞳と。……それと始めから解ってストーリーを知っていて病床に臥す母親のことを姉妹の口から引き出した罪悪感と。

「……公爵様に相談してみよう。なに、テレサの相談ならあの親バ──子煩悩なお父上は断りはしないよ」

 危うく口を滑らせかけた俺に、テレサの双眸がすぼまる。

 彼女の”診眼”に晒されるのが恐ろしく、俺は無意味にも顔を伏せた。

 ──まぁあの人なら断らんだろうな。

 言った通りテレサの願いなら、ムスタファ公爵は大抵のことは叶えようとするだろう。……妻に先立たれた彼個人としても、病身の奥方を助けるというのは特別な意味を持つだろうし。

 そう、算段を付けつつも俺の心は晴れない。

 何せ本編にて、茜ルートであれば黎君の頑張りもあって母親の病気も治り、大団円のハッピーエンドを迎えることが出来る。だが、その治し方が問題なのだ。

 天才の黎君が錬金術の腕を磨き上げた果て、ようやく出来た治療薬。それこそが[神の水エリクサー]なのだから。

 [金カフェ]本編ではご母堂の病気が名言されておらず、ただ医者が匙を投げたとしか言及されていない。果たして、姉妹の母の病とは? もしかすると、薬学者であり優れた医者でもあるムスタファ公爵の手腕で治せる範囲かもしれないし、やはり物語通り、[神の水エリクサー]でしか治せぬ不治の病かもしれない。

(……いや、治せる手段が分かっているだけ幸いか)

 アーサーは思考を切り替え、前向きに捉えることにした。

 ゲーム内での話だが、幸いにもアーサーは[神の水エリクサー]の材料を知っている。

 世界樹の花。竜の心臓。精霊水。この三つだ。

 尤も配分は分からないし、錬金術のレの字も知らないアーサーではどのように作るのか皆目検討もつかない。

(やっぱ優秀な錬金術師が必要だなー。てなると、ここは原作に忠実に[金カフェ]の主人公に頼るのがベストか?)

 アーサーが思考に埋没する一方。

 彼の反応が無くなってしまった事に不満を抱くでもなく、テレジアはふと思いついた疑問を口にした。 

「ところで、カンバラ様? この胡椒やお砂糖、お売りになるアテはありますの?」

 うん? テレサが奇妙なことを口走るので、アーサーの思考が現実に引き戻される。

 対してイッシキの返答は歯切れ悪かった。

「あ~、いやぁ~。それがねぇ……、ははは!」

 誤魔化すように笑うイッシキに、テレジアは「まさか」と顔を青褪めさせた。

 どうしたどうした?

「何かまずいことでもあるのか?」

「大アリです! これだけの量を集めたのは驚嘆に値しますが、この量そのままを市場に流して見なさい! どれもこれも相場が崩壊しますわよ!?」

 あー……。考えてみりゃそうか。

 胡椒や砂糖が高価なのはだからだ。

 大量のコレらを捌こうとするなら、必然値段を落とさざるを得ない。逆に高値を維持しようとするなら少量ずつ捌けば良いのだろうが、一体どれだけの時間が掛かるだろうか。

 そも胡椒も砂糖も、消耗品であれど嗜好品である。明日の暮らしさえ分からぬ庶民が率先して購入するモノではないし、万一購入しても、そう直ぐに購入し直すモノではない。 

「え!? お父さん、聞いてないんだけど!?」

「お金持ちになれるって言ってたじゃん!」

「あぁなれる! なれるとも! きちんと全部売れれば億万長者も訳ないさ!」

 姉妹の追求にも呵呵と答えるイッシキ。自棄なのか大物なのか。いや馬鹿なのかもしれない。

「ねぇ、アーサー……」

 先程の、懇願の瞳とは違う、ひどく呆れを含んだテレジアの視線であった。しかしその意味合い事態は「何とかならないの?」と同様のものだった。すーぐ頼るんだからんもー。

 まー考えが無くはないんだけどさー。

「うーん。自家消費してみるとか?」

「えー!? ムリだよームリムリ! こんな沢山の胡椒どうしろっていうのさー!」

「そう、よね。砂糖だって、お菓子を作るにしても限度があるわ」

「というか売り切らないと大赤字なんだけどね! ははは!」

 アオイが文句を。アカネは何とか考えるも矢張り否定を。イッシキに至っては他人事さすら感じられる陽気である。姉妹が射殺すような視線を向けると、さすがに黙り込んだが。

 まぁここまでは想定通りというか。

 ──というか実は、大量の調味料を見て考えていた事がある。

 まーとりあえず、公爵様にも相談してみましょね。くふふ!

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