第23話 [錬金カフェへようこそ!]
ここで一旦、[錬金カフェへようこそ!]がどういったギャルゲーか語ろう。
通称[金カフェ]はオーソドックスな──文章とイラスト。そして音声で楽しませるいわゆる紙芝居形式のギャルゲーとは一線を画す。[金カフェ]を最も的確に表すのならば、経営シミュレーションゲームだろう。
「ギャルゲやないやん!?」と思う諸兄もいるだろう。まぁ聞いてくれ。[金カフェ]を作ったメーカー──キャラメルハードBOXはゲーム性を重視するメーカーで、時に育成シミュだったり時にSRPGだったりと、決してただのギャルゲーは作らない。
無論[金カフェ]も例外ではなく、先に述べたように赤字となった商会を立て直す経営シミュレーションにギャルゲ要素──即ちヒロインの好感度を稼ぎ「キャッキャウフフ」をするゲームなのだ。
物語は姉妹の父、一色の死から始まる。
大黒柱を失ったカンバラ商会。代わりに代表職についたのは経験も浅く年若い茜・葵姉妹である。彼女らの能力を疑問視する取引先は、次第に一つ二つと疎遠になり、遂には商会は借金まみれになってしまう。
ほれ見たことかと、姉妹の能力はますます疑問視され、そんな彼女らに資金を援助してくれるところもない。……一つの商会を除いて。
そう、[ボッタクル商会]だ。彼らはカンバラ商会のあるモノを担保に借金の肩代わりを申し出てきた。
──神原姉妹である。
[ボッタクル商会]は期限までに借金を返せなかった場合、神原茜と神原葵の両名をボッタクル商会の[エロスキー・ボッタクル]の奴隷として召し抱えられるという契約であった。
大事な商会のため契約を結ぶ姉妹。
かと云って起死回生の一手がある訳でもなく、父の開拓した販路や取引先も使えず従業員も養えず、期限だけが刻々と近付いていた。
そんな彼女らの救い主になったのが、そう! 主人公の[
姉妹からの手紙で窮状を知った幼馴染の彼は、職も立場もほっぽりだして帰省し、カンバラ商会の建て直しに協力するのだった。
その黎くんの前職だが実は宮廷魔術師で、異例の若さで出世した彼は天才の名を
しかしエリートとはいえ黎くんは商売の素人だ。魔物退治なら輝く彼の魔法の腕も役に立たず、そこで目をつけたのが錬金術である。……いや、石ころを金に変えてボロ儲けとかじゃないよ? ゲーム破綻しちゃうよ?
──でも価値のないものを錬金術で価値のあるものに変えるというのは、遠からず、なのかな?
……細かいところまでギャルゲに求めるなや! と、ともかく黎くんの錬金術の元、茜・葵姉妹は借金を返済しつつカンバラ商会を建て直す、というのが[錬金カフェへようこそ!]のあらましである。
ちなみにだが、一色の死やそれに伴う取引先の絶縁もボッタクル商会の手によるものなのだが。自演乙。
◇◇◇
「大丈夫ですの、アーサー?」
俺が思考を前世の記憶に飛ばしていると、心配そうテレサが覗き込んできた。
大丈夫だよと微笑みを返すと、テレサは顔を赤くした。ついでにアカネとアオイも赤くなっていた。なに?
「それで[ボッタクル商会]に気になるところでもあるのかい?」
「いえ、そうですね……」
事が事だけにイッシキ氏の声音は真剣そのものだ。
本編であれば[ボッタクル商会]は、あの手この手で[カンバラ商会]の邪魔をしてくる。それこそ暗殺だろうと、平然と行うくらいだ。
事実として本編開始前の時点で、イッシキは[ボッタクル商会]の毒牙に掛かり命を落としている。
「アーサー君は今回の魔物の襲撃もヤツらの仕業だと思っているんだね?」
「……」
沈黙は金なりとは誰が言ったのだろうか。
答えあぐねる俺は、言葉よりも雄弁に語っていた事だろう。
「で、でもアーサー? 此度は人間ではなく魔物が襲ってきたのでしょう?」
「そうだねテレサ。だけど魔物に人を襲わせるのなんか実は簡単なことなんだよ」
「……それは、なんですの?」
素直なテレサがこれまた素直な疑問を呈する。俺は生徒に言い聞かせるように、優しく答える。魔物に人を襲わせる方法なぞ、聞きたくなさそうなテレサの声音であった。
気付けばイッシキばかりかカンバラ姉妹まで俺達の会話に耳をそばだてている。
俺はこれから口にする重要性を理解させる為に、間を溜めて言の葉を紡いだ。
「──
魔物を引き寄せる匂いを放つ、禁じられた香である。
それを知る者知らぬ者、反応は実に顕著であった。カンバラ姉妹は顔を見合わせ、テレジアとイッシキは顔を青褪めさせた。
「そんな! 誘絶香の作成は国法で禁じられています! 所持だけでも重い罰を科せられるというのに、どんな理由があるにせよ使用した場合は間違いなく死刑になるような代物ですわよ⁉」
テレジアの悲鳴に重大さを理解した姉妹がギョッとする。
「うん。私も疑問かな。誘絶香を使えば確かに魔物はおびき寄せる事は出来るけど、ウチの馬車に仕掛けられていたのならまだしも、今回の様にけしかけるなんて効力はない。それに万一バレた時のリスクを考えれば、あのボッタクル氏が誘絶香を使ったとは思えないよ」
「でしょうねー。だから別の方法で魔物をけしかけている可能性が高いんじゃないかなーと。テレサ、それは何だと思う」
「もう! もったいぶらずに早く教えてくださいまし!」
むぅ。公爵から承った教師役を勤めようと問題形式でテレサに問うたが、彼女はご不満なようだ。自分で考える力を養っていきたいものだが、おいおいの課題って事にしておこう。
「魔物を手懐ける、『
目から鱗といった様子のテレサ。アカネとアオイは既に理解を放棄している模様だ。
イッシキだけがアーサーの言葉に反論をした。
「いや、それこそ不可能だろう。二体三体ならともかく、あれほどの大群を『
「いえ、イッシキさん。カッスルさんに聞きましたけど、今回の魔物の襲撃はなんでもオーガに率いられていたそうじゃないですか」
「……そういうことですの。頭と思しきオーガさえ『
少しのヒントでテレサは答えを導き出した。自虐が過ぎるだけで、やはり彼女は凡愚ではない。
「まー理屈の上では可能というか、証拠もないし机上の空論に過ぎないけどね」
そう、話を締めくくろうとして、尚もイッシキは納得いかないようだ。
「やはり待っても欲しい。可能か不可能かという点では、確かに可能なのだろう。だが私にはどうしても、商売敵とはいえ[ボッタクル商会]がやったとはどうしても思えないんだ」
同じ商売人として、信じたい気持ちでもあるのだろうか。彼は頑なに[ボッタクル商会]の関与を否定する。
──うーん、イッシキ氏の云うことも分からんでもないんだがなー。[金カフェ]での奴の悪辣さを知っている身からすれば、これでもまだ生ぬるいというか。でもそんなん話せるもんじゃないしなー。
彼を説得する要素を示せない限り、これ以上は水掛け論の域を出ない。
「何にせよ、複数の魔物を率いるオーガなんて放っておけないですよ。公爵様に相談して討伐隊を編成してもらうなり考えてもらう必要がありますよ」
……何とも微妙な空気になってしまった。
ほとんど確信を抱いているアーサー。彼を信じるテレジア。
同業者を疑いたくないイッシキに、どの立場に立てば良いのかも解らず姉妹のアカネとアオイ。
「……ところでカンバラさんは今回何を仕入れてきたんです?」
微妙な空気を作り出してしまった責任を取るべく、アーサーが別の話題を切り出す。
するとアオイがパッと顔を明るくして、いそいそと立ち上がった。
「ふふん。見て驚くといいよ。じゃん!」
可愛らしい掛け声と共にアオイが木箱の一つを開けて見せる。
中に入っているモノを理解したテレジアが歓喜の声をあげた。
「まぁ! コショウですの!?」
そこには、コショウの入った瓶が木箱一杯に詰まっていた。
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