第21話 修羅場を笑う者は修羅場に泣く
(もおぉやだよおおおおおおおおおおおぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ⁉ だって昨日からたった一日で”剣バラ”、【カオスローズ】、[金カフェ]とか、なんで三つのギャルゲーが玉突き事故を起こしてんのよ!? まだ”剣バラ”の整理もついてないのにさぁ、なんなの!? なんなん!? なんなんなん!? ああぁぁぁぁもおぉぉぉぉぉぉハイ、クソっ! 現実ってクソでーす‼)
「お、おい。どうした坊ず!? 大丈夫か!?」
突如頭を抱え悶だしたアーサーに、肩を組んでいたルドマンが戸惑いの色を浮かべる。
思えば先程まで魔法をぶっぱしていたのだ。強いと言ってもまだ子供だ。ルドマンの心配の虫が騒ぎ出した。
「君、大丈夫かい?」
カッスルも同様だ。何はともあれ、まずは礼を、と考えていたのが吹き飛んでしまうぐらいの、アーサーの身悶えっぷりであった。
「……あぁ、いえ。大丈夫です、大丈夫ですハイ」
抑揚のない声で、アーサーは応えた。
ちっとも平気そうではない少年の様子ではあったが、恩人たる彼に深い追及はよそうと思ったカッスルであった。
「と、ともかく。まずは礼をさせてくれ。ありがとう、助かったよ」
気を取り直して、カッスルが名乗りを上げた。
「俺は『
「あ、ご丁寧にどもども。アーサーです」
差し出された手のひらを、アーサーは握り返した。剣ダコでゴツゴツとした手のひらだった。
「アーサー君か。君には色々と聞きたいことがあるんだが──」
「あー、ちょいとその前に」
何を、とカッスルが尋ねるよりもアーサーの行動は早かった。
「『
カッスルに手を翳したアーサーが回復魔法を唱える。
アーサーの手が柔らかな緑の光を発すると、みるみるカッスルの傷が塞がっていく。カッスルの傷を粗方治すと、次にルドマンへ『
「ちょ──ちょっといいですか⁉ アーサー君、でしたか? 君は、誰に回復魔法を習ったのです⁉」
僧侶のリーラが泡を食ってアーサーに問う。その内容はカッスルも同様に抱いた疑問であった。
アーサーは内心しまったと思ったが、そんなことはおくびにも出さずしれっと答える。しれり。
「本で」
「え────? いえ、そんな馬鹿な⁉ 回復魔法の習得は神の洗礼を受けた者が厳しい修行を経てようやく使えるようになるものですよ⁉」
困った時の本頼みである。
ギム村の皆は大抵これで納得してくれていたし、事実アーサーの魔法の大半はギム村の教会に貯蔵されていた本から覚えたものだ。
今にして思うと、協会に置く本にしては──呪術だの邪法だの禁書だの──ラインナップがおかしかったかもしれない。まぁギム村などという辺鄙な田舎に左遷……、ではなく派遣された神父である。実は札付きであった、と言われても驚きはない。
アーサーの返答に一瞬理解の追い付かないリーラは本来の回復魔法の習得手順を教えてくれた。
アーサーは「へー、そうなんだー」という気持ちと「知らんがな」という二つの気持ちを抱きながらリーラの説法にも似た話を右から左へと流した。
「まぁまぁリーラ。その辺にしておけって」
「ですが……」
ルドマンの回復を終えたところで、カッスルがリーラを諫める。尚も納得のいっていなさそうな彼女だったが、続くカッセルの「恩人を余り困らせるものじゃない」との指摘を受けると、恥ずかしそうに謝辞を述べてきた。
うーん。リーラさんの様子を見る限り回復魔法は教会の秘事だったりするのかもしれない。これからは人前で使うのは成るべく避けた方が良さそうだ。
「えー、カッスル君。そろそろ自分たちも紹介させてくれないかい」
「ああ、カンバラさん。こちらがこの馬車の持ち主のカンバラさんだ」
「改めて、イッシキ・カンバラです。私の方からもお礼を言わせてください。君のおかげで、ははっ、命拾いしたよ。何より娘達まで助けてくれて、何度お礼を言っても言い足りないよ。ほら、お前たちからもお礼を言いなさい」
線の細い優男が名乗る。カンバラと、家名を持っているのでそこそこの家柄だったりするのだろうか? アーサーの知る
そんな失礼な感想を抱いているアーサーをイッシキの背に隠れこそっと伺っていた少女らが、父の言葉に従いおずおずと姿を見せる。
「あ、あああの……。あ、アカネ・カンバラです。こ、こここの度は助けて頂いて、まことに、ぁりがとうございました……!」
「アオイ・カンバラです! 助けてくれてどうもありがとうございます!」
(はい[金カフェ]確定ですお疲れ様でしたー)
二人の年齢は定かではないが、ゲームよりも若く見える。”剣バラ”同様本編が始まる前なのだろうか? 名前もの方もゲームと違い姓と名が前後しているが、前世の日本だって他人の空似、と云うには似すぎている。
ちなみに二人とも俺より背が高い。……ちくせう! 絶対に大きくなってやるからな!
絶望にも似た驚愕を覚えていると、顔に現れてしまったのだろう。妙ちくりんな顔を浮かべる俺の反応に姉妹が戸惑いを浮かべる。
「あの、何か気に障ることをしてしまったでしょうか?」
「はははっ! 二人があんまりにも可愛いから照れてるんだよ!」
「お父さんうるさい!」
フォローとも言えぬフォローを入れたイッシキをアオイが両断する。手厳しい娘の反応にイッシキが肩を落とした。
イッシキ・カンバラか……。[金カフェ]では本編が始まる前に亡くなっているため彼に関する知識は少ない。アオイとの遣り取りを見るに親娘仲は良好なようだが、デリカシーには欠けるようだ。
改めてカンバラ姉妹を見る。まあ可愛らしいこと可愛らしいこと。
だってメインヒロインだぜ?
ゲームでの神原茜は目の覚めるような赤い、ロングの髪を持つ少女だった。活発的な髪の色に反して人見知りで、大人しい、楚々とした薄幸の美女だ。
対して妹の葵は海を連想させる青いボブヘアの少女で、快活で人懐っこい。
まるで正反対の性格だが、これはギャルゲーにある暗黙の「属性被りは厳禁!」という原則に従った結果である。
前も言ったが属性を被せるのもマーケティングの一種としては、確かにある。あるが──例えばヒロインの一人に「素直クールで幼馴染の先輩」キャラがいて、同作に「素直クールで幼馴染の後輩」キャラがいたとする。するとどうだ? 「素直クールで幼馴染」という属性の良さは丸被りのせいで魅力が激減してしまう。
問いたい。ヒロイン全員が幼馴染で全員が全員素直クールなヒロインのゲームをやりたいと思うかねチミ? 俺はやりたいね!
………………おや?
こ、これは違うんだ! 素直クールという属性が俺にとってクリティカルだとかそんなんじゃなくて、くうっ!
と、ともかくだな。ギャルゲのヒロインとは極端な味付けをされ易いという話である。閑話休題。
俺は思考を現実に戻し、何事も無かったようにカンバラ姉妹へ微笑み掛ける。
「アーサーです。よろしく」
「はうっ!」
「うひゃっ!」
するとアカネとアオイはビクリと身体を跳ねさせて、顔を真っ赤にした。
(あー、そっくりな反応。性格は真逆でもこういうとこは姉妹なんだなー)
戦闘の恐怖でもぶり返したのだろうか、姉妹はどこかぼうっと焦点の合わぬ視線を向けてくるだけで、何の反応も返さない置物になってしまった。
はてさて、困ったぞ。手持ち無沙汰である。
仕方なくアーサーは周囲を見やると、カッスルら冒険者一団が目に入った。
すると先程は姿の見えなかった、魔女然とした女性がいるではないか。
(あの人がネリさんかな? 男二人女二人のパーティーかー。上手くすれば二組のカップルが出来るけど。それよりも全員の矢印が互いに一方向を向いた四角関係とかだったら面白いんだけどなー)
──下衆の思考であった。
他人の色恋ほど面白いものはない。その考えは分かるし、大小はあれどほぼ全ての人間が抱く感情だろう。当人の立場で無ければトラブルというのは、案外と良い見世物になるのだ。
──人を呪わば穴二つである。下品な思考をした罰とでも云うのだろうか、アーサーは己に降りかかる未来を未だ知らない。
(お? 公爵家の兵隊さんのお出ましか。思ったより遅かったなー)
土を蹴る馬蹄の音が聞こえる。
音の方角を見れば土煙を上げて、テレンス公爵家の騎兵と、兵らに守られるように馬車が──馬車?
(はー、だから遅かったのか。こりゃ公爵様と行く行かないの押し問答でもあったか? いや、テレサかな?)
はたしてアーサーの推測は正しい。
「アーサー!」
目の前で馬車からテレジアが飛び出して来た。馬車がきちんと止まっていないというのに。
「なんてことを! 大丈夫ですか!? ケガはありませんか!? 全く馬鹿なことをして! もうっ、勝手に危険なことに首を突っ込むのはおよしになってください!」
勢いよく抱きついて来るテレジアをアーサーは抱き止める。すると彼女は怒涛の勢いで言葉のラッシュをぶちかましてきた。アーサーはテレジアの頭を撫でつつ「はいはい」と赤べこの如く頷いた。
「……でもそういう、悪事を見逃せないアナタは格好いいですわ」
……急に爆弾をぶっ込んでくるのは止めて欲しい。
あの夜テレジアに言った、「口にしなければ伝わらない」という勢い任せの言葉は、殊の外彼女の心に響いたらしい。事あるごとにこうして好意をアピールしてくるようになってしまった。
あれ? これは、いわゆる素直クールでは?
……い、いや! 今のテレサはクールと呼ぶには情熱的過ぎる! しかもどっちかってーとポンコツ気味だし。情熱的なキャラは何て云えばいいんだろ。パッション? 素直ポンコツパッション? SPP?
テレジアを抱きつつ阿呆な事を考えるアーサー。
「あら?」
そしてテレジアが傍らで呆然と立ち竦むカンバラ姉妹に気付いた。
「あぁテレサ。紹介するよ。こっちが姉のアカネさんで、こっちが妹のアオイちゃん」
「あらアーサーもう下の名前で呼ぶなんてうふふ仲がよろしいのですね手が早くて困ってしまいますわ今からこれだなんて将来のことを考えるととてもとてもっ。うふふふふ」
「熱ぅい!? テ、テレサ! 火ぃ! 火が
テレジアの反応が変だ。カンバラ姉妹を紹介すると何故か呪い(?)が暴走仕掛けるではないか。腕の中で高熱を発するテレジアから距離を取ろうとするも、腰にがっちりと回された腕がそれを許してくれない。
一方アカネとアオイの様子もおかしい。
「テレサ? ……誰?」
「ふぅん」
気のせいだろうか、少女らの背後に龍と虎を幻視したのは。
やだぁ! 怖いよぅ‼
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