第20話 いいから俺に考える時間を寄越せ!

(うーん、どうすっかなー)

 俺は馬車へ群がる魔物を蹴散らしながら、頭の片隅で公爵に対しての言い訳を考える。

(いやー別に俺が悪さした訳じゃないですけど? トラブルは避けたいもんじゃん?)

 短剣を振るうと次々に魔物の首と胴体が泣き別れた。


「何だあの子供は!?」


 馬車の護衛に雇われていた冒険者の叫びだ。

 彼らは駆け出しであったが剣士が二人に僧侶と魔法使いが一人ずつという、バランスの良いパーティーであった。順調にランクを伸ばし、冒険者仲間の間ではにわかに噂になる程だ。

 そんな彼ら『南十字サザンクロス』が今回受けた依頼は商人の馬車の護衛任務だった。

 噂になっていると言っても所詮は地方の一都市である。彼らは自分らの腕を磨くべく、名声を高めるべく、拠点を変えようと考えていた。

 そんな時にこの護衛任務だ。行き先はメナンシア地方の領都ヴァニラだと言うではないか。

 王都でやっていく程の自信は、まだない。それに比べるてヴァニラは穀倉地帯だけあって食料品は安く、中々に栄えている都市だと聞く。

 彼らが依頼を受けるのは自然な成り行きと言えよう。

 幾つかの都市に寄りながら、依頼人が商材となる物を見繕いながらの道中だった。道道特に問題らしい問題は起こらず、依頼人やその家族とも良好な関係を築け、実に順風な旅であった。

 領都ヴァニラまであと半日といったところで問題は起きた。魔物の襲来である。

 半月という時間は短いようでそれなりに長い。魔物に襲われたのも一度や二度ではなく、その度に『南十字サザンクロス』は撃退に成功していた。今回の襲撃も、そうなる筈だったのだが。

 迫りくるウッドウルフを切り捨てながら、リーダーの剣士カッスルが悲鳴とも怒声とも付かぬ叫び声を上げた。

「魔物が魔物を率いてるのか⁉」

 此度の魔物の襲来は様子が異なった。

 あろうことかウッドウルフとゴブリンと、オークの混成部隊だったのだ。

 生息域が被る魔物らの中には人間同様、共生関係を築くのも珍しくはない。ウルフ系の魔物とゴブリンが、その代表格とも言えよう。だがそこにオークが加わると話が違ってくる。

 ゴブリンとオークは生態系──雄のみで構成されており繁殖に他種族の雌を使う──が非常に似通っており、それ故に種族間で争いが絶えない。

 それがいがむことなく、どころか息の合った連携を見せるなど、考えられるのは一つしかなかった。

「ねぇ! あれ……!」

 魔法使いのネリが、今度こそ悲鳴を上げる。

 魔物の集団、その遥か後方。杖先で指している方角を見て──。

「っ⁉ 撤退だ、撤退ッ!」

 この軍団を率いているだろう魔物の正体を理解し、カッスルは直ぐ様に叫んだ。

 一瞬だけだが、視線が絡んだ瞬間全身の毛という毛が逆立った。……間違いない。

 身長三メートルにも及ぶ、真っ赤な色の筋肉の鎧を纏った一本角の人型。Bランク冒険者がパーティーを組んでようやく、討伐が可能と言われるモンスター。

 腕を組んだオーガがこちらを睨んでいた。


◇◇◇


 しかし現在。

「俺は夢でも見ているのか……?」

 カッスルの思考がつい形となって口から出ていた。

 撤退戦とはその実、非常に難しい。しかも護衛対象までいるのだから、その難度は推して知るべしである。

 しかしカッスルら『南十字サザンクロス』はその難事を見事こなしていた。

 当然無傷ではない。相手に肉薄して剣を振るう必要のあるカッスルともう一人の剣士ルドマンの全身は、返り血と自身の血でどこもかしこも真っ赤だ。魔力の底を突いたネリは既に馬車内に引っ込み、身体を休めて少しでも魔力の回復に努めている。

 御者台で馬を操るのは、依頼人のカンバラ氏と僧侶のリーラだ。

 リーラもまた、度重なる回復魔法の酷使で色濃く疲労が浮かんでいる。馬を操るカンバラ氏も必死で、限界まで馬車を飛ばしていた。いや馬自身、命の危険を感じているのだろう。並走するカッスルの馬ともども、口角から泡を吹く勢いで走っていた。

 幸いと言うべきか、オーガが動く気配はない。賢しくもこちらが弱るのを徹底的に待っているのだろう。そして全軍で突撃してくる気配もない。幾ら大量の魔物が居ようが有効に攻撃が行える数には限りがあるのを、あのオーガは本能で理解しているのだろう。

 言い返せばカッスルらは、波状攻撃に晒されるという意味でもあった。

 そんな希望と絶望の入り混じった撤退戦を半日続けた甲斐あって、領都ヴァニラが目と鼻の先まで迫る。

 ──襲撃の圧力が強まった。

「ぐうっ⁉」

 これ以上の警戒は不要と断じたか、はたまた人間の領域に近づいた為か。魔物の思考なぞ分からない。分からないが──ギリギリのところで保たれていた均衡が破られた事実だけがあった。

(ここまでか……!)

 カッスルの判断は早い。そして的確だ。

(依頼人だけでもっ!)

「リーラ! 先に行け! 俺とルドマンが殿しんがりを務める!」

「っ! でも……⁉」

 その意図を悟ったリーラが悲痛に呻いた。カッスル思わずしそうになった舌打ちを呑み込む。

 今はこんな遣り取りに裂く時間すらも惜しいというのに!

 優しいリーラが囮などと、非情な決断を下せないのは分かっていたのに……!

 カッスルは魔物の猛攻をしのぎつつ頭を回転させる。如何にリーラを説得するか。

 彼の頭脳こそ、平均十七歳という若輩の『南十字サザンクロス』を、短期間でCランクパーティーへと押し上げた要因の一つであった。

「いいから行け! 行って援軍を頼む!」

「! ──すぐに戻ります‼ カンバラさん!」

 リーラは血が滲む程に下唇を噛んで、悲壮な決意でカッスルの言を受け入れる。

 そうして馬に鞭入れようとした瞬間──。



 颶風ぐふうが舞い降りた。



「──え?」

 驚愕の言葉は一体誰の者だったのだろう?

 突如現れたは、ウッドウルフもゴブリンもオークにも、満遍なく襲い掛かり一刀の元その命を奪っていた。

 踊るように短剣を振るうその正体は、子供だった。

 金髪で紅顔の、まるで絵画から出てきたような少年は魔物の群れに飛び込むと、片手に持った短剣を振るい一帯の魔物を殲滅していく。

 如何なる御業か。驚愕に目を見開くリーラの目には、少年と短剣が淡い光を纏っているのが見て取れた。

 敵か味方かなんて、いや状況を考えれば味方以外考えられないのだが……。

「助太刀します!」

「っ、助かる!」

 十歳にも満たなそうな子供が魔物相手に大立ち回りをする非現実的な光景を前にして、一番に状況を飲み込んだのはやはりカッスルだ。

 アーサーの呼び掛けに答えると、カッスルはアーサーの動きを計算に入れた上で前線の再構築を試みた。

 凡人であれば子供を頼る非常識さだとか冒険者の矜持プライドが邪魔をして判断を鈍らせるところだが、全身から流血しつつもカッスルの判断力は些かも鈍らない。冷静にアーサーを戦力として数え、今も死地に居るもう一人の仲間に指示を飛ばす。

「ルドマン! 俺たちは右正面の魔物を押し止めるぞ!」

「あぁん!? 左はどうすんだよ!?」

「いいからやるんだ!」

「ちッ!」

 ルドマンはウッドウルフとゴブリンの挟撃を、大剣グレートソードで払い、薙ぎ、時に受け止め、正にどうにかと云った風にやり過ごしつつ言い返す。彼はカッスルより更に一歩前で魔物を捌いている為、一番に攻撃を受ける位置だ。故にアーサーの存在に、未だ気付いていない。

 無謀ともとれるリーダーの指示だが、ルドマンは一度大剣を大きく振るって周囲の魔物を薙ぎ払う。

「うらぁ!」

 そうして出来た僅かな空白地帯へと身体をねじ込み、カッスルの指示通り左半分を捨てて右側から来る魔物どもを相手する。

 ──そんなルドマンの背後を、幾つもの『岩弾ストーンバレット』が掠めた。

「ネリか!?」

 放たれた『岩弾ストーンバレット』はただの一つも外れることなく、ゴブリンだろうとオークだろうとウッドウルフだろうと、等しく彼奴らの肉をえぐり飛ばした。

 頼りになる魔法使いの名前を叫び、果たしてその正体を理解したルドマンは戦闘中だというのにポカンと阿呆面を晒した。

「な、んだぁ!? ガキだとぉ!?」

 ちらりと、一瞥した視界に入った在り得ざる存在に、旋風の如き勢いで振るわれていたルドマンの大剣が止まる。

 そうしてしばしの間──実際には一秒にも満たないが──魅入る。

 右手の短剣を振るえば魔物らの命は次々刈り取られ、左手からは火球が風刃が水槍が、目まぐるしく放たれる様はサーカスの様であった。

「ハハッ! こりゃすげぇ!」

「おいルドマン!」

 そんな彼の援護に回り、敵の攻勢に晒されるルドマンと立場が入れ替わったカッスルが怒鳴る。ルドマンは「応」と獰猛な笑みを浮かべて相棒の傍らに立つと、その愛剣を思う存分に振るった。


(なっ! …………凄い子ですね)

 呆然と、していたリーラが正気を取り戻して出た感想がそれである。

 一時は全滅すら覚悟したというのに、たった一人現れた少年のおかげで戦局は完全にひっくり返った。

 正面全てを受け持ってたカッスルとルドマン両名は今やその半分に集中し、少年は左側面の魔物と相対しつつも時にカッスルらの方へ向けて魔法を放つ余裕さえあった。

 そんな少年の背後から、ウッドウルフが躍り掛かった!

「危ない!」

 リーラは叫ぶ。そうして次に訪れる悲劇を想像し、無意識に裾を握り締めていた。

 しかしそうはならなかった。

 少年の背中には目でも付いているのだろうか? 彼は腰にぶら下げた奇妙な弓を手にすると、背後の確認すらせず矢を放った。背面撃ちだ。

 矢は吸い込まれるようにウッドウルフのあぎとを貫き、その命を奪った。

 それが何でも無いことのように、少年は再び魔物の殲滅に移った。

 視界の端、顎が外れんばかりの顔をしたカンバラ氏が映る。きっと今の自分も同じ表情をしているに違いない。


◇◇◇


(おっ? そろそろ終わるかなー?)

 ひたすら眼前の魔物を屠っていると、圧力の弱まりを肌で感じる。

 アーサーの感覚は正しく、程なくして残った魔物らは撤退を開始した。

 一瞬追撃に移るかも考えたが、重要なのはこの人達を守ることであり魔物の殲滅ではない。アーサーは短剣を鞘に収めると『探知サーチ』をして周囲の安全を確認する。うん、問題なし。

 そうして遠ざかる魔物の背中を見て「あ」と呟く。

(やべ。言い訳全然考えてないや)

 自分が何故に公爵家の馬車を飛び出してきたのを今更思い出して、アーサーは唸る。どうするかなーと考えてる彼の背中に、強い衝撃が奔った。

「あいたっ!」

「ハハハハッ! すげぇじゃねぇか坊ず!」

 豪放磊落ごうほうらいらくを体現した線の太い人物が、アーサーの肩に手を回してきた。

 死線をくぐり抜けてアドレナリンがドバドバなのだろうが、ルドマンは嬉しげにバンバンと何度も背中を叩いてくる。今日一番のダメージであった。

 このまま「はい、さようなら」という訳には、当然いかんらしい。

 ルドマンはこちらを離すつもりは毛頭無さそうだし、遠巻きに見守っていた男性も剣を納め近寄ってくる。

 カッスルに目礼し、アーサーは視線を馬車へと移す。

 馬車の持ち主と思しき男性と司祭服を身に纏った女性が丁度、荷台から人を降ろそうとしているのが見えた。

(あらま、綺麗なお姉さんだこと。パーティー内恋愛はトラブルの元だからなー。パーティー崩壊の原因にならないと良いけ、ど……──?)

 そんな余計なお節介に思考を取られぼうと遣り取りを眺めていると。

 ──を見て、アーサーの思考は止まった。



(は──────────────? …………待って? 待て待てまてまてまてまてやごるぁああああああああんんんッ!? どうして今度は[金カフェ]のキャラが出てくるんだよおぁおああああああああもおおおおぉぉぉぉぉぉぉん!?!?!?)



 現れたのは二人の美少女。赤い髪と青い髪が対照的な、[錬金カフェへようこそ!]のヒロイン、神原アカネと神原アオイその人であった。

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