第19話 【カオスローズ】
──【カオスローズ】。
近未来都市を舞台にしたサイバーパンク風のギャルゲーである。
そして【暗夜の狂】とは、【カオスローズ】に出てくる秘密結社の名前だ。
公爵の指摘通り、人類救済などと一見まともなお題目を掲げているも、その正体は人類の人工的進化及び旧人類の抹殺である。
つまりは人の手で人間という種族を、更に上のステージへ引き上げようと。その為ならば如何なる行為も肯定されるカルト集団だ。
それを率いるのが【八怪童】なる怪人である。
八〇〇〇年を生きる不老不死の怪物【真祖ヴァミリオ】。
どんな人間にも化けることの出来る不定形の身体を持った【無貌のジェリー】。
肉体を捨てて、寿命という
動植物ならず金属すら腐らせることの出来る【腐乱のロッテ】。
食べた相手の技術や知識を奪う【
千年以上もの間、
全身の九割をサイボーグ化した【機人エメト】。
そして世界全ての獣の因子の注入に成功した、組織の裏切り者であり主人公でもある【全なる獣ロア】。
どいつもこいいつも一筋縄ではいかない本物の怪人である。
物語は主人公ロアが組織を裏切ることで始まる。
彼は組織で一人の娘と邂逅する。少女に名前は無く、実験の失敗作として処分されそうになっていた。
少女を助け出し組織を抜けた主人公は、都市の隅、組織の目の届かない場所で二人だけの生活をする。けれどそんな平和は長くは続かず、組織に見つかった彼らに追手が差し向けられる。
否応なしに非日常へ追いやられるというのが大まかなあらすじなんだが。
これ実は、制作会社の社運を賭けた作品で。大物作家や有名イラストレーターを起用し、豪華声優陣というよく見る謳い文句にも偽り無し。表の声優界でも大御所と呼ばれる人らを──裏名義なため声からの予想でしかないが──集めて制作された一品なのである。
……結果から言おう。コケた。
いや、盛大に、という訳でもないよ? ただ賭けたチップに対してリターンが余りにも少なかった。
原因は素人の俺でも明白だった。
──ロリである。
これを聞いて「いや意味わからん?」と思うだろう? それこそが原因なのだ。
あらすじを聞いて分かる通り、【カオスローズ】はゴリゴリの伝奇SFである。
起用された作家もその界隈では名のしれた人物であり、完成したストーリーは素晴らしいものだった。プレイした俺が言うんだから間違いない。
問題は──問題と言っていいのかなぁ……──イラストだ。
イラストレーターは、確かに実力はあった。界隈でも長いこと一線を張っていた、有名な人物だ。そう、ロリ界隈で、である。
彼の描くイラストは可愛らしいゆるふわ系で、作風と実にミスマッチであった。しかしイラスト自体の質は高く、「それなら問題にならないのでは?」と思うだろうが、ここに一つの爆弾が乗った。
──何度でも言おう。ロリである。
──攻略可能ヒロインが全てロリという暴挙に出たのだ。
まぁギャルゲの中にはマーケティングの一種として、敢えてヒロインの属性を揃えて購入層を狙い打つ、というのは珍しい話ではない。
じゃぁ【カオスローズ】は狙った購入層──お兄様に受けたのかという話に戻る。
【カオスローズ】は伝奇SFである。バッドな選択肢を選ぶと物理的にバラバラになったり、精神的にグチャグチャになったりする訳で。
──ピュアなお兄様がたはキレた。
大体ロリでコンなお兄様は子供に純真さを求めているのだ。んまあ中には生意気なメスガキ、それに伴う分からせや自分より小さい子にママ味を感じオギャりたいという業深な者もいるが。そういうのは大抵性癖の一種で、絶対に相手がロリじゃないとヤダ! というお兄様ではないのだ。
そういうじゃないと興奮しないんだ! という人物は、その、何だ。是非とも個人で楽しむに留まって欲しい。
ともかく、この時点で大半のお客からはバッドな印象を受けた。
そして第二の爆弾が爆発する。
既に承知の通り、【カオスローズ】は伝奇SFで、ヒロインは皆ロリっこである。
バラッバラ(物理)でグチャッグチャ(精神)も乗り越えたお兄様がたが許せないのは何だと思う?
──そう、ロリの大人化だね。
メインヒロインで主人公の
問題があったのは攻略可能ヒロインの内二人、【暗夜の狂】の首領ヴァミリオと【無貌のジェリー】だ。
彼女らはあろうことか、「あは~ん」で「うふ~ん」なシーンで大人化してしまったのだ!
……仕方ないじゃない! 仕方ないじゃない!
何せ主人公のロアは身長二メートルを超す大男なんだもの! ロリとのギャップを狙った采配なんだろうけども、脚本家が「これニャンニャン無理じゃね?」と冷静に成って大人化させちゃうのはむしろ常識的判断でしょう!?
──お兄様がたはキレた。ネットは炎上しディスクを割る動画が出回り、果ては会社にファンレターならぬアンチレターが届く始末である。
結果的に【カオスローズ】はコケた。
質の高いストーリーにイラスト。声優の巧みな演技と、一見欠点などなさそうな作品であったが、「狙ってしまった客層と余りにチグハグ」という食い合わせの悪さに依ってコケてしまった。
以降この会社は無難なイチャラブものしか出さなくなってしまったのだが。悲しいなぁ……。
いやほんと。面白いんだよ? お兄様がた以外の評価はすこぶる高いんだからね?
俺は好きだったんだけどなー。
何? 「あは~ん」で「うふ~ん」なロリはヤバいんじゃないかって?
……登場する人物は全て十八歳以上だから大丈夫なんです! ビバ魔法の言葉!
◇◇◇
(は? え? なんで? なんで【暗夜の狂】がここで出てくんの?)
ここは”剣バラ”の世界じゃないの? なんで別のギャルゲーが、【カオスローズ】の組織が出てくんの??
【カオスローズ】の近未来都市が舞台のSFパンクだったハズだ。それが何故中世ヨーロッパ風の世界が舞台の”剣バラ”で、【暗夜の狂】などという単語を聞く羽目になるのか。
俺の脳味噌は混乱の極みにあった。
公爵の膝の上から降りたテレサが、俺の横に座り背中を擦ってくれる。優しいけど、そうじゃないのよね。
公爵が疑惑の眼差しを向けてくる。その鋭さ足るや、テレサが膝上から降りた私怨とか入ってません? ねぇ?
しばし公爵は顎を撫で考え込む素振りをし、ややあって口を開こうとした。
(やべぇ……‼)
己の平静さを保つのにいっぱいいっぱいなアーサーに、何と言及を躱そうかなどは思いついていない。
今ムスタファに【暗夜の狂】に尋ねられたら、要らぬボロを出してしまう。
──そんな時だ。護衛の兵士から叫ぶような声が発せられた。
「公爵様! 前方で魔物に襲われている馬車があります!」
「む、いかんな。早々に編成を整え救出に──」
「何ですってえぇぇ!? 大変だすぐに助けなければ! 公爵様、俺は一足先に現場へ向かいます!」
言うや否やムスタファらの反応も待たずアーサーは馬車を飛び出した。
流れるように『
(ラッキー! この間になんかいい感じの言い訳でも考えよーっと!)
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