ギャルゲが押し寄せてくる

第18話 いい日旅立ち

 かつてのスパルタには子供が七歳になると裸一貫で軍隊に放り込まれる風習があったそうな。

「命令は絶対服従」「闘いには必ず勝て」など厳しい規律の元、一人前の戦士に育てられるのだ。

 スパルタ教育の由来である。

 要は「可愛い子には旅をさせよ」とか「獅子は我が子を戦塵の谷へ突き落す」など、世界のそこかしこで類型は多々ある。

 ……いや違うか。スパルタはちょっと行き過ぎてるか。

 まぁ何が言いたいかというと、だ。

 俺は今公爵家の馬車に揺られているって事よ。気分はドナドナよ。

 さらば愛しき父母。さらば愛しき故郷。


◇◇◇


 テレジア誘拐未遂事件から一夜明け──。

 あの夜、テレサは実の父親と向き合ったらしい。どんな話し合いをしたのか、俺には検討もつかん。

 分かるのは、長年あった親子のわだかまりが溶けたという事。次の日には無愛想のまま娘を可愛がるという奇妙な公爵の姿があった。

 さて、そのムスタファ公爵だが。馬車の中、膝上にテレサを載せて大層ご満悦である。されるがまま頭を撫でられているテレサも、満更じゃなさそうだ。

 それは良い。それは良いんだが。ただ付き合わされる身はたまったもんじゃないということ。

「──聞いているかね婿殿?」

「聞いています耳ダコです。もうその話、三度目ですよ?」

「うむ、きちんと聞いていたようで大変よろしい。テレジアの可愛さは何度聞いても飽きぬものだろう?」

「もうお父様ったらっ」

 いやほんと。何があったんだろうね? 仲が良いのはよろしい、よろしいんですけども……?

「どうした婿殿。そんな若い身空から眉に皺を寄せては、跡になってしまうぞ」

 ──婿殿、と。一体誰のことだろうね?

 ヒントは、今馬車の中に居るのは俺と公爵とテレサだけなんだけどねハハハ。いやハハハじゃないが。 

「……言っておきますけどね、俺はまだ同意していませんからね」

 そう。有耶無耶になっていた俺とテレサの婚約話が何故かまた降って湧いたのだ。

 いや、テレサちゃんは嫌いじゃないよ? 可愛いよ? 可愛いんだけど、まだ十にも満たぬ、まだ世界を知らないガキの自分で未来の選択を狭められるのは、やっぱり納得しかねると言いますか、ね?

 だからテレサちゃんや? 頬を膨らまして俺を睨むのは止めなさい、リスかね君は。

「ふむ、婿殿、想像して欲しい」

「な、なんでしょう」

 ムスタファ公爵は顎を撫でながら真っ直ぐに俺を見た。

 もう呼び方を改めさせる遣り取りは、既に十回以上行っているので諦めた。

 公爵の、余りの真剣さに俺の背筋も自然と伸びる。

「君が将来結婚をして、そう、娘が生まれたとする」

 結婚と聞いてテレサが顔を赤くする。こらそこ、何故俺をチラチラ見るのか。

「珠のように可愛い娘だ。目に入れても痛くない、可愛い娘だ。世界一可愛い娘だ。ああ、そうとも。世界を敵に回してでも、守りたいと娘だ」

「あ、あの、お父様っ」

「えーそのくだり要ります?」

 放っておくと延々親ボケを続けそうな公爵に突っ込む。俺も随分と遠慮がなくなってきた。

 公爵は未だ言い足りぬ模様であったが、一つ咳払いをして、脇道に逸れていた話を戻す。

「そんな娘と望まのも不和の関係になってしまった。全く、絶望だな。世界の終わりと言ってもよろし」

 一々言葉の選択が派手なオジサマだこと。

 こんな劇場型な喋りをする人だったかと首を傾げ、村の広場での独白を思い出す。ああ、そういう素質はあったなぁと。

 娘との仲が解消されたからか、そういった側面が出やすくなったのかもしれない。

「長年の悩みだった。しかし、それを解消してくれた人物がいるとする。才能に溢れる人物だ。若く、輝かしい未来が約束されている人物だ。更に言うなら娘の命の恩人でもあるのだ」

「そりゃ凄いっす」

 おやまぁ、どこかで聞いたことのある展開である。

 ……すっとぼけるのも苦しいと自分でも思う。思うが頷く訳にはいかない。七歳で人生の墓場に入る気は毛頭ないのだ。

「……そんな人物を、君は逃がすと思うかね?」

「いやー逃さないっすねー、ははは!」

「そうだろうとも。ふふふ!」

「ははははは! ……はぁ」

 アーサーは額に浮かんだ脂汗をそのままに、ただ乾いた笑いをするしかなかった。

 応じる様に呵々と笑うムスタファだが、その目は猛禽の類だった。

 ──だから一々こえーんですよオジサマ!?

「ふふ。二人が楽しそうで嬉しいですわ」

 テレサもまた、口元を隠しながら上品に笑う。

 いや、君分かってるよね? どんな状況か絶対理解してるよね?

 そんな気持ちを込めてじとっとテレサへ視線を向ける。視線が交わると彼女は一瞬で顔を赤らめ、気まずそうに俯いた。

 それだけでも可愛いってのにテレサは、少しすると上目遣いでちょこっと俺を見てから、遠慮がちにはにかんだ笑顔を向けてくるのだった。

 あーもうクソっ! 可愛いなコンチクショー!


◇◇◇


「……お父様。私、思い出したことがあるのです」

 三者が毒にも薬にもならない話で花咲かせていると、不意にテレジア切り出した。

 その声音に不穏なものを感じたムスタファは、娘を撫でる手を止める。

「その、私を攫った者に見慣れない入れ墨があったのです」

「ふむ?」

 入れ墨? 

「そんなのあった?」

「ええ。アナタの剣が彼女を斬った時、胸元にあったのが服の隙間から視えたの」

 まるで覚えのない俺が尋ねると、テレサは事も無げに言う。

 ほへー。あの薄暗い夜闇の戦闘で、そんなとこまで視えていたなんて。

「ふむ。どんな入れ墨だったのだ?」

「ええと、片翼の鳥が剣を咥えていたような──お父様?」

 ”診眼”って凄いなーなんて俺が呑気してる一方、公爵は目を大きく見開いていた。

「それは正しく【暗夜の狂】!?」

「あんやのきょう?」

 聞き慣れない単語にテレジアが小首を傾げる。可愛い。

 公爵は怒りにも似た興奮を隠せぬまま語る。

「ああ。人類救済などと謳っているがね。その実、人身売買や人体実験に手を染めるただの犯罪集団だ。組織の全容は未だ要として解っていない。ただ我が国──ユークリッド王国ばかりか近隣諸国でも奴らは活動しているらしい、かなり巨大な組織だ。……どうした婿殿?」

 公爵は語りを止め、口を両手で覆った俺を胡乱げに見る。

 俺はというとそのままの体勢で、ぶんぶんと首を振ることしか出来ない。

 公爵の不審げな視線が突き刺さる。酔ったとでも思ったのか「大丈夫ですの?」というテレサの心配が俺の心に刺さる。

 しかしもう、俺は相手へ配慮する余裕など無く、ただ平静を装う──装えてない──のに精一杯だった。

 何故なら──。


(あああ──【暗夜の狂】だってええぇぇぇっ!? そりゃ【カオスローズ】に出てくる秘密結社じゃねーかっ!? ってすると、彼女の正体は【無貌のジェリー】かよ!? やっべええええぇぇぇぇぇっ!? よく生きてたな俺!?)


 ──聞いたことがないと言葉を繰り返したテレジアと違って、アーサーには心当たりが在りまくったからだ。

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