第14話 昨日の敵は今日のヒロイン?

「あらぁ、大胆!」


 古来より、お姫様の呪いを解くのは王子様のキスと相場が決まっているのだ。

 あぁ、なんて馬鹿らしい。馬鹿らしい”呪い”の解き方ご都合主義だ。

 ”剣バラ”もご多分に漏れず、という奴である。

 まぁオーソドックスなギャルゲだ。ヒロインを助けるのが主人公の愛──キスというのは、ありきたりだが及第点だろう。

 唇を交わしながら、アーサーはテレジアを観る。

 テレジアは口吻をした瞬間大きく目を見開いた。その瞳の色からは狂気が取り除かれている。瞼は徐々に落ちてゆき、完全に閉じられたその瞬間、彼女は意識を手放した。

 テレジアの意識と連動して焔もキレイさっぱり消え失せた。気温も徐々に下がってゆく。

 ぐでんと、力を失ったテレジアの重みがアーサーの腕に掛かる。

 アーサーはテレジアを宝物を扱うように優しく抱き止める。触れ合った肌から彼女の脈を、吐息を感じ、生きていることに安堵する。

「ふ、ふふふ。いいモノを見せてもらったわぁ」

 パチパチパチ──。

 場違いな軽口と拍手が響く。当然、若葉の少女のものだ。

 アーサーはテレジアを庇うように強く掻き抱き、少女を睨んだが、やがて大きく息を吐いた。

「殺すなら殺せ。俺はもう指先一つ動かす気力もないさ」

 テレジアを優しく横たえるとアーサーもまた、身体を大の字に地面へ投げ出した。

「俺のことは好きにしろ。……だけど、約束して欲しい。彼女を、テレジアを──傷付けるなってのは無理だろうから、命だけは助けてやって欲しい」

 若葉の少女は少し考える仕草をして、ニンマリと笑みを浮かべる。

「ふ、ふふ。そうねぇ、じゃぁ好きにさせて貰うわぁ」

 ──あぁ、これで俺の人生もお終いか。

 少女の近づく気配を感じる。

 せめて心ばかしは安らかんとアーサーは目を瞑ると、瞼の上に今生の出来事がありありと浮かび上がる。

 走馬灯か。幼い自分を抱き上げて喜ぶ父と母の姿。教会の貯蔵する全ての本を読み終えた自分に驚く神父の姿。村の発展を喜ぶ村長と村の皆。

 はぁ……。既にこの身は一度死んだ身である。今生はゲームクリア後のボーナスステージ、望外の幸運の出来事だとアーサーは思っていた。

 ただ父と母より早く逝くこと。悲しませてしまうだろうこと。……それだけが心残りだった。

(あかん。涙がちょちょ切れるわ……)

 父と母の悲しむ姿を想像すれば、今更ながら涙が零れそうになってきた。鼻の奥にツンとしたものを感じて鼻をすすり、「あぁ、自分はこんなにも生きたがっていたのだなぁ」と今更ながら知る。

 しかし、もうどうしようもないのだ。

 せめて痛くしないで欲しいなぁ。そんな事を考えるアーサーの、瞼の向こうで光が遮られたのを感じた。

 そうして気配が近付いて来て──。



 ──唇に柔らかいが押し付けられた。



「っ!?!?」

「ふ、ふふ。口直しよ。悪くないでしょ」

 びっくりして目を開けると、少女の顔がすぐ目の前に有ってこれまたびっくりしてして、反射的に少女を押し返そうとしてしまう。しかし碌に力が入らず、少女の柔らかい身体をふにゃと触るような感じになってしまった。

「あん、エッチ。でもダメよぉ? キミは私に好きにされてなさい?」

 そうして少女はもう一度唇を塞いできた。

 しかも今度はフレンチなものではなく、ディープなやつで。

 少女の口技は凄まじく巧みで、なんかもう、色々とヤバい。粘液だとか唾液だとか、ぐっちょんぐっちょんのべろんべろんである。

 為す術もなく、少女に為されるがままになってしまう。

「ふ、ふふ。どぉう? 元気が出たでしょ?」

「ぷはぁ! ば、何を──ッ!?」

 ようやく解放されてアーサーは上体を跳ね上げ、勢いよく少女の身体を引き離した。

 ──危うく変なトコロが元気になりかけたわい! とアーサーは声を上げそうになり、はたと気付く。

「傷が……? 身体が動く……!」

「んふふ。私の体液にはヒーリング効果があるのよぉ」

 彼女は見せつけるように舌を出した。その表面を唾液が垂れて、糸を引きながら地面に落ちる。

 その所作に目が離せず、アーサーは唾を飲み込んだ。

「ふ、ふふ。その様子なら、ほんと元気になったみたいねぇ? こっちは元気にならなかったみたいだけど、残念、ねぇ?」

 少女は名残惜しそうに己の唇を指でなぞりながら、アーサーのある箇所に流し目を向けてきた。アーサーはまるで少女の様に股間を隠した。

 そんな少年の様子に少女は満足げに笑みを浮かべて立ち上がる。

 今までに見せていた笑顔と一線を画すような、慈愛すら感じる笑みだった。

 そうして若葉の少女は背を向けて──。

「ま、待ってくれ!」

 そのまま立ち去ろうとする少女を、つい呼び止めてしまう。

 彼女の目的は分からないが、一度は殺し合うほどまで敵対したのだ。このまま立ち去ってくれるというなら、このまま行かせてしまうのが良いのだろうが。

 アーサー自身にも己の行動が理解出来ずにいた。

 ただ反射的に口を吐いて出てしまったのだから、仕方ない。

「その、お姉さんには、助けられたから。……何かお礼がしたい」 

「あらぁ律儀。そういうところ、ほんと好きよぉ? ふ、ふふっ」

 少女はしばし瞑目して、アハと笑った。

「そう。お礼、お礼ねぇ。…………そうだわ!」

 そうして少女は何を考えたのかテレジアへと近づいてゆく。

 悠然とテレジアに近付く彼女をアーサーは止めない。

 実力的にも体力的にも最早アーサーには止める術が無いのだが、何より少女からはもう敵意も殺気も、微塵も感じなかったからだ。

「これ、あなたのベストでしょ? これを頂いてくわ」

 そういえば──。アーサーは自分のベストを、村長の屋敷からテレジアに貸しっぱなしだったのを思い出した。

 若葉の少女はベストを剥ぎ取ると、ベストに合わせて体躯を構成し直す。

 特徴的な髪の色はそのまま、必然的にアーサーほどの年齢の美少女へと変じた。

 少女はベストに鼻を擦り、すんと一嗅ぎすると満足そうな笑みを浮かべる。

「じゃぁねぇ小さな騎士様ナイトくん。また会いましょう」

 そうして後ろ髪を引かれた様子もなく、若葉の少女はウィンク一つを残して夜の森へと消えていった。

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