第13話 才と呪と

「あ、わた私、あなたに守られる価値なんて、ない、ないでしょ? だってわたしの才能なんてあなたに比べてちっぽけで羨ましくてねたんできらって、そんなわたしが守られるなんて──」

「おいっ! テレジア‼ っ! テレサ、テレサッ‼ しっかりしろ‼」

 焦点の合わぬ瞳を揺らしながら、テレジアは譫言うわごとを呟く。

 必死に声を掛けるも届いている気配は無い。

 肩に手を伸ばしたアーサーの手が

「熱っ!」

 アーサーは反射的に手を引っ込める。

「あっ、あっ……! う、うああぁぁあぁ……‼」

 触れた掌には幾つもの水疱が出来ている。

 テレジアは通常ではあり得ないほどの熱を持っていた。

(何だよこれ!?)

 アーサーの知る”剣バラ”では、テレジアは氷の呪い、”絶対零度アブソリュート・ゼロ”をその身に宿すことになる。

 この誘拐騒ぎがテレジアのトラウマスイッチだとして、”呪い”が発現するにしてもこんなモノは知らない!

「うわああああああああぁぁぁぁぁ‼」

 ぶわと、青白い焔がテレジアの身体を包み熱波が吹き荒れる。

 そのあまりの強さに近くにいたアーサーは吹き飛ばされ、少女もまた腕で顔を庇っている。

「覚醒⁉ ちょっとボスぅ! 話が違うんじゃないのぉっ⁉」

(何!? こいつら、テレジアの”呪い”を知っている!? ”呪いの水晶カーズド・クリスタル”が目的じゃないのか!?)

 混乱するアーサーを無視して、目の前を勢いよく触腕が過ぎ交う。

 余裕の崩れた表情で、少女はテレジアを抑えんとうでを振るったが──。

「なっ⁉」

 鞭の切っ先がテレジアに触れんとすると、その切っ先は瞬時にした。

 スライム体に痛覚が通っていないとはいえ、己の身体が内側から沸騰するなど恐怖でしかない。若葉の少女は慌てて触腕を引っ込めたが。

「何よこれっ!?」

 少女が戸惑いの悲鳴を上げる。

 テレジアから遠ざけた触腕に、纏わり付いた青い焔が、消えない。腕を振り回しても地面に擦りつけようとも、火勢は増すばかりであった。

「つあぁ!」

 腕を這って迫りくる焔を前に、少女が顔を青褪めさせていると、横から裂帛と共に現れたアーサーが触腕を斬り飛ばした。

 斬り飛ばされた触腕は空中で燃え尽き、灰すら残らなかった。

「……何のつもりかしらぁ?」

「……提案がある」

「ふぅん? 聞いてあげるわぁ」

「あんたらとしてもテレジアは無傷で手に入れたいハズだ。……あの焔は俺がなんとかする。その瞬間あんたにはテレジアを拘束してもらいたい」

「出来るのぉ? まぁ出来るとしても、それだけじゃぁ足りないでしょぉ? お嬢ちゃんを正気に戻さないとじゃないのぉ?」

 胡乱げな視線を向けてくる少女に、俺は力強く頷きを返す。

「ああ。その後は俺に任せてくれればいいし、もしヤバいと思ったら見捨ててくれていいから」

「……ま、いいわぁ。必要な目的は果たせたしぃ、出来るっていうなら私に損は無いから、ねぇ? ……いざとなったら私は逃げるわよ?」

(聞き間違いじゃなかったか……。こいつらの目的は”呪いの水晶カーズド・クリスタル”じゃなくてテレジアの”呪い”、か? 言葉を借りるなら覚醒ってことらしいが──)

 今はそんな事よりも。火急の要件がある。

 思考を中断し、アーサーは微笑みを返した。

「あぁ、それでいいよ」

「っ!」

「な、なんだよ……」

「……いいえ。キミぃ? 優ぁしい私が忠告してあげるけどぉ、その可愛らしい顔で愛想を安売りするのは止めておきなさいねぇ?」

「はいはい」

「……ほんと、分かってるのかしらぁ?」

 可愛らしいという評価にアーサーは内心憮然とするが、そんな状況ではないと表情を引き締める。

 ひとまず最低限の条件は整えた。

 二人は並んでテレジアに正対する。テレジアは身体のあちこちからは青白い焔が吹き出ているにも関わらず、凍える身体をそうするように、彼女は自らを掻き抱いている。

「……それじゃぁ、初めての共同作業をしましょうか? ふ、ふふふ! 濡れちゃうわ、ねぇ!?」

「ちょ、言い方ぁ!?」

 言って少女は艶かしく舌舐めずりをすると触腕を構えた。

 五指どころか先端を十指以上の細い糸状にして、いつでも事を構えられるようにしている。

 そうして俺はというと、底を突きかけていた魔力を掻き集め魔法を発動する。

「『氷嵐アイストーネード』ッ!」

 鼻血の一滴、ケツの毛の一本まで掻き集めて放った、正真正銘最後の一発である。

 アーサーの右掌から雹混じりの寒風が荒ぶ。

 周囲の草木を凍らせながらテレジア目掛けて放たれたソレは、彼女に近づくにつれ熱波に晒された『氷嵐アイストーネード』は威力を減じてゆく。

(ちぃっ! 届かないかよ!? だがさ──ッ!)

 テレジア本人に影響は見受けられない。だが彼女を中心に広がっていた炎は消え、周囲の温度は確実に下がっていた。

 少女の愉しげな声が響く。

「中級氷魔法!? ……ふ、ふふふ! ほんとびっくり箱みたいな子ねぇキミ!」

「頼む!」

 急激な魔力枯渇によりアーサーは意識が持っていかれそうになる。

 アーサーは皮剥ナイフの刃を握り込んだ。痛みが、彼の意識をどうにか繋ぎ止めた。

 アーサーの合図に合わせて触腕が振るわれる。木々の合間を擦り抜けて、数え切れぬほどの触腕が一斉にテレジアを目掛けた。

 その内の幾つかは焔に触れて焼き切られてしまうが、残った触腕がテレジアに巻きつき、身体の自由を奪った。

 先は太い触腕を一瞬で煮沸させていた熱が、『氷嵐アイストーネード』の効果が十分あるのだろう。未だ形状を保ちテレジアを拘束するに成功した。

「ああっ、あああぁぁぁぁぁぁぁぁ──ッ‼」

 拘束から逃れようとテレジアは身を捩るも、ゲル状の触肢は柔らかく形を変えて彼女を捉え続ける。

 苛立ちを覚えたか、テレジアが吠えると熱気がぶり返して来た。周囲の凍った草木が融け始めるにつれ、触肢が一本二本と焼き切れてゆく。

 ──アーサーは駆けた。

 既に身体強化の魔法は切れており、七歳児の身体能力のままで。

 同年代の子らに比べれば、鍛え続けている彼の脚は速い。速い、が。それは子供相応であった。

 強化を施していた際に比べると雲泥の差であり、アーサーは泥の中を泳いでいる気分にすらなった。

 アーサーは己の弱さを呪う。そんな己への怒りを動力に足を動かす。

 時間にして十秒も掛からなかった。だが、アーサーには永遠の如き長さに感じた。

 ……ようやくしてアーサーは少女の元へ辿り着くと、焔を纏ったテレジアを躊躇なく抱き止める。

 背中に、「何をするのだろうか」という若葉の少女の視線を感じる。

 しかし、ここに来てアーサーは躊躇する。これから行おうとする、自らの行為に。

 ”剣バラ”の知識が確かなら、テレジアの暴走状態は収められる。収められるハズなのだ。

 だが──。

「全く、私を顎で扱き使って、ねぇ!? お膳立てまでさせてぇ! 頑張れ男の子‼」

 そんな彼の背中に野次馬的な喜悦の混じった声援が飛ぶ。アーサは決心を固めた。

(えぇい、ままよ‼)

「テレサっ!」

 そして少女の名を叫び──。




 アーサーはテレジアにキスをした。

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