第8話 難事は続くよどこまでも


「つあー、参ったなー」


 直様テレジアの跡を追ったアーサーだが、結果は芳しくない。

 テレジアからすれば見知らぬ土地だ。そう遠くへは行かないと考えて村長の屋敷周辺を重点的に探索していたのだが、彼は子供の考えを甘く見ていた。

 子供は合理性など求めない。アーサーとテレジア、同じ七つであるが前世の有無が意識の違いを生み出していた。

(どうする? 公爵様に報告するか……?)

 テレジアがどこかへ行ってしまった件を、アーサーはまだ誰にも話していない。

 すぐに見つかるだろうと楽観していたのもあるが、事を大きくしてしまうと怒られるのはテレジアなのだ。それを考えると、今のうち穏便に済ませられないかとアーサーは思ってしまうのだ。

 テレジアが何故あそこまで取り乱したのかアーサーには分からない。

 そもそも”剣バラ”の本編は十二歳からの学園生活から始まるのだ。幼年期の話なぞ、説明書のキャラ紹介や回想ぐらいでしか分からないのだ。

 それ故に幾ら”剣バラ”の知識があろうとも、活かせられる知識には限りがあった。

 今アーサーがテレジアを探しているのも、全く本編には影響が無いのかも知れない。それでも彼女を追いかけたのは幼い子供を泣かせてしまったという後ろめたさと、漠然とした、形容のし難い不安感からだった。

 生まれてから七年間、ずっと住んできた村だ。ギム村の中なら目を瞑っていても生活が出来るほどだ。

 ギム村は三〇世帯ほどの小さい農村だが、その多くが農家である為家と家の間隔は広い。例外と云えるのが、村長の屋敷を中心に村の運営を行う設備が集まっているぐらいか。

 国境にほど近い、と言っても重要度は高くない。それはギム村の更に南に交易の要所となる大きな街があり、ギム村は街へ至る交易路から外れた隘路に即した村だからだ。

「……ここもいない、か」

 刻々と膨れ上がる不安感から目を背けるためか、アーサーは早足で村を見回った。

 これで目ぼしい箇所は全て見たのだがテレジアの姿は見つけられなかった。

 当てずっぽうで見つけるには難しいかもしれないと考えたアーサーは目を瞑ると、意識を己の内側へと集中させる。

「──探知サーチ

 アーサーが探知の魔法を使うと、彼の脳内に鳥瞰した村の見取り図が映し出された。鮮明とは言えない映像だが、形と場所くらいは分かる。その映像のあちらこちらに赤い点が表示された。

「ここが村長の家でここが広場で──んん?」

 その内二つの点が、村の中心部から離れるように動いている。

 ……胸騒ぎを覚えた。

 アーサーは逡巡もせず、身体強化魔法を唱えて点の後を追う。

 程なくして見つけられるだろうという甘い考えは即座に打ち砕かれた。

「なっ!」

 アーサーが点の跡を追おうと速度を上げた瞬間、二つの点は重なり合いその速度を上げた。暫定灰色が黒に変わった瞬間だ。

 向かう先は──。

「森か……!」

 逃亡者か誘拐犯かは知らぬが、幸いにも未だ探知のエリア内であった。

 アーサーは凄まじい早さで村を駆け抜ける。

 その姿は疾風を思わせた。

「お、おいアーサー?」

「テレジア様が誘拐されたかもしれない! 至急人を集めてくれ!」

「え、いやマジかよ!? て、何処行くんだよ!?」

「森だ! 俺は後を追う!」

 その尋常ではない様子に夜番の村人が声を掛けた。

 アーサーは速度を緩めて端的に叫ぶ。

 最低限の事だけを告げると返事も待たずにアーサーは再び駆け出した。

(つか、何なんだよマジ! こうイベントが起きるなら日を跨いでからにしてくれよなー!?)

 ”剣バラ”だと解った今晩は家でゆっくりと”剣バラ”のストーリーを思い返そうと考えていたのに!

 そんな彼を嘲笑うかの様に事態は急転してゆく。

(えーと確か、ヒロインは五人で彼女らの”呪い”を解くのがメインで──て違う違う! 今はテレジア嬢のことだけでいいんだよ!)

 前世の記憶はうにセピア色をしていた。それでも! どうにかこうにかテレジアのストーリーを思い返していると、……一つ、思い当たる点に至ったアーサーは自分でも気付かぬ内に「まさか」と呟き足を止めた。


(子供、誘拐……? まさか⁉ いやまさか、テレジアの”呪い”が発現することになる事件かコレ⁉)

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る