第6話 まるでギャルゲの主人公だ
「アーサー君。村の出入り口に格子状の床は何か?」
「あぁ、テキサスゲートですか? イノシシや鹿の脚が丁度入るくらいの、網目状の床を敷いておくとハマって動けなくなるんです。んで動けなくなったそいつらを仕留めればお肉が一丁と」
「ほう。それは便利だな」
「まぁメンテとか手間もありますけどね。おかげさまでギム村の皆には動物性タンパク質もバランス良く取って貰えますし」
「……待ちたまえアーサー君。動物性タンパク質とは何か?」
「アーサー君。水路に置いてある道具は何かね。何やら魔石が嵌められていたが」
(んあー……。水力発電機って言っても伝わらんよなー。……ていうか発生させているのは電気じゃなくて魔力だし。水力発魔機? 語呂わるー……)
「あー、その。あれは水の力で魔石に魔力を貯めてるんですよ」
「……いいかアーサー君。それは絶対に軽々に口にしていい事ではない。
「うえぇ、はいぃ……」
◇◇◇
「ぐへー。疲れたー……」
村の案内を任されたアーサーはと言うと、ムスタファからひっきりなしに質問攻めにされた。アーサーが前世の知識を活用した道具や設備を見つける度にやれあれは何だこれは何だと。
アーサーは思った。好き勝手使ってきたツケが回ってきたのかもしれない、と。
そうして日が落ちた今。公爵一行は村長の屋敷で歓待を受けていた。
勿論アーサーもその場に引っ張り出されれ、またもムスタファから質問攻めにあっていた。
ようやく解放されたアーサーは外の空気を求めてウッドデッキへ出る。
酒気の充満した空気から解放され、代わりにいっぱいの新鮮な空気を伸びをしながら取り込んだ。
柵にもたれ掛かり目を瞑る。広場の方から笑い声が聞こえた。おそらく、公爵が連れてきた護衛の兵隊のものだ。
彼らもまた広場で酒を振る舞われ歓待を受けているのだろう。
ギム村という寒村に不釣り合いな喧騒を、目を瞑ったまま暫し楽しんでいると、喧騒に掻き消されてしまいそうな小さな小さな声を捉えた。
「あっ」
「……テレジア様」
彼女も喧騒から逃れに来たのだろうか? いや──。
そう言えば、と。公爵に捕まって周囲を鑑みる余裕の無かったアーサーは今更、屋敷の中では彼女をとんと見なかったなぁと思い返す。
テレジアはデッキの片隅に備えられた木製のベンチに腰掛けている。幅広いベンチだというのに、何故か彼女はベンチの隅にちょこんと座っていた。
「……座っても?」
「っ、別に。私のものではないのですからお好きにしたら良いのでは?」
テレジアが自分を好ましく思っていないのは肌で感じている。しかし、このような美少女相手に嫌われているのは、悲しい。前世も含めればもういい年になるのだが、やはり男というのは幾つになっても美人には弱い。
念の為確認を取ると、彼女は澄ました顔をツンと背けてしまった。悲しい。
「えーそれじゃぁ失礼して……」
「……」
俺が座るとテレジアは、更にベンチの隅へ。お尻が半分ほどはみ出す位置へと移った。悲しい。
「……」
「……」
気まずい沈黙が二人を包み、無為に時間だけが流れてゆく。
これが気心の通じた相手ならば沈黙もまた、心地よかろうものだが。時折向けられる視線と沈黙が、アーサーの胸に圧し掛かった。
(どうしたもんかなー……)
テレジアと仲良くしたい。それは本心だ。
そして何処まで踏み込んでいいものか? ”剣バラ”を──未来を知っているアーサーはやろうと思えば容易に彼女の心を掴む事が出来るだろう。
しかしそれは。ギム村でもさんざ前世の知識で好き勝手をしてきたが、心の在る相手に「こうすればこうなる」と解っている攻略の様に振る舞うのは、さすがに憚られた。
(……いや、前向きに考えよう)
”剣バラ”の──攻略の知識があるのはもうどうしようもないのだ。記憶を失くせないというのなら、やはり前向きに考えるしかない。
フラグを単になぞるのではなく、ゲームから得た知識を活用しテレジアと距離を縮める!
(っし。方針は決まったな。あとは行動あるのみ)
改めてテレジアという少女を見やる。
金糸の如き美しい、肩口で切り揃えられたストレートヘア。アーモンド型のぱっちりとした翠眼。手入れの行き届いた肌のキメ細かさと言ったら。屋敷の篝火、その揺らめく光に映る彼女は幽玄の申し子のようで。
前世と合わせても見たことのない美少女に、アーサーは無意識の内に息を呑んだ。
いや、いかん。美しさに目を奪われて呆けている場合ではない。
アーサーは邪念を祓うべく
よろめくアーサー。……いや、まだだ! 今一度己を奮い立たせ、テレジアに向き直り──はたと気付いた。
よくよく見れば彼女は、その小さな身体の震えを隠すように、自らを掻き抱いているではないか。
「……」
気付いた瞬間、アーサーは考えるよりも先に身体が動いていた。
「夜はまだ冷えます」
言葉少なに、着ていたベストをテレジアへと掛ける。
貴族が着るような高級なものではない、薄く、粗雑なものだが。幸いにも「こんなもの着れません!」と捨てられることは無かった。
代わりに彼女はハッとした様子でアーサーを見上げた。その時になってようやく、まともに彼女と向かい合えた気がした。
ベストを掴む小さな指がぎゅっと握られる。
(てかテレジアちゃん。本編と性格違うなー)
テレジア・フォン・テレンス。”剣バラ”本編だと彼女は”氷の令嬢”と呼ばれ、非常に冷徹な性格をしている。
他人を拒絶する性格と、テレジアの類まれな氷魔法の才から付けられた二つ名だ。
まぁ、そう成るに至るまでの出来事があるんだが。それを経ていないテレジアだと、こんな性格だったのかとアーサーは思った。
(いや、違うか。主人公に心開いた後の彼女を考えると、やっぱりこっちが素の性格なんだろうなー)
「な、何ですか、じっと見つめて……! 言いたいことがあるのでしたらハッキリと仰ったらどうです!」
ぷるぷると震えながらこちらを睨め付けるテレジアに子犬を幻視した。
あまりにも可愛らしいその様子に自然と微笑みが零れてしまう。
「では僭越ながら。テレジア様」
「っ!」
「テレジア様の瞳が美しいので魅入っていました」
「──っ!? っっっ!?!?!?」
自分でも驚くべき言動であった。
しかし、テレジアの吸い込まれるような翡翠の瞳を見ていたら、自然と言葉が吐いて出たのだ。
テレジアの反応は劇的であった。
瞬間湯沸かし器とした彼女は顔どころか耳まで赤くして俯いてしまう。篝火の当たり方など、生易しい言い訳が出来ぬほどの見事な赤く成りっぷりであった。
「テレジア様!?」
恥ずかしさが頂点に達したか、彼女は急に立ち上がり──駆け出した。
突然の出来事にまるで反応が出来ない。
ぽかんとアホのように口を開けていたアーサーだったが、ようやく正気を取り戻し事態に気付いて、少女の名前を張り上げた時には遅かった。
彼女の背中は夜の向こうへ融けて見えなくなっていた。
「うおー! 失敗したー!」
原因が自分であることは明白である。
アーサーは頭を抱えたくなる気持ちを押し込め、デッキの柵を飛び越えてテレジアの後を追った。
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