第4話 唾を付けるのは早ければ早いほどいい

「──はぁ?」


 全く埒外な台詞に、アーサーは思わず失礼な態度を取ってしまう。

「ふむ。親の私がいうのも何だが、娘は器量がいい。家柄も保証しよう。しかし公爵家を背負って立つには、いささか優しさが過ぎる。君のように人物が傍で支えてくれるのが好ましいのだが」

「ちょちょちょちょっと待──」

「お待ちくださいお父様!!」

 眉一つ動かさず、さも名案だと話を進めるムスタファ公爵。

 まるで既定路線だと言わんばかりの口調に、慌ててアーサーが静止しようとすると横合いから別の人物が声を上げた。

 急遽火中へと放り込まれたもう一人の当事者、テレジアだ。

 お、そうだそうだ言ったれ!

「お父様、何を考えていますの!? このようなどこの馬の骨とも知らぬ相手に!」

「ギム村のアーサー君だな。これでどこぞとも知れぬ骨になった訳だ」

 あまりの父親の言い分にテレジアは唖然としてしまい二の句が継げない。

 ふぅー。ムスタファ公爵か……。テレジアのルートでは重要な立ち位置を占めるキャラだ。”剣バラ”で彼の為人ひととなりは事前に知っている。合理と才能を尊ぶ薬学者だ。

 画面越しでは文字からしか人格を感じ取れなかったが、こうして目の前にするとその厄介さが身に染みる。

 ……実の父親相手に苦手意識を持っているテレジアでは荷が重いか。

 やれやれと、矢面に立つ決心をしたアーサーだが、またまた横槍を入れる者がいた。

「お待ち下さい!」

「父さん、母さん……」

「ふむ。貴殿らがアーサー君のご両親か」

 泡を食った様子で現れた両親に、アーサーは複雑な表情を向ける。

 自分の身を案じてくれている喜び。権力者を相手にする心配。それと出鼻を挫かれたというもにょもにょ感。

「畏れ多くも公爵様! アーサーは我が家の一人息子。なにとぞ、なにとぞご勘弁を」

「父さん……」

 父は特別な人ではなかった。

 常は鍬を古い畑を耕し、害獣が出たと聞けば弓を持つ。そんな普通の人だ。

 それでも──家庭を大事にし母を愛し、こんな俺をここまで育ててくれた。立派な人だ。

 その父が今、額を地面に擦り付けている。懇願と呼ぶに相応しい姿で、公爵に直談版をしている。

「労力が欲しいなら代わりを派遣しよう。金銭も十分支払おう。……そうさな。それでも足りぬとなれば向こう十年、ギム村の年貢の半分を免除しよう」

「そういう事ではありません‼」

「母さん……」

 アーサーは心優しい母が怒鳴ったのを初めて見た。

 父と些細な言い争いをするのはしょっちゅうだが、端から見ればイチャコラの延長にしか見えず、そんな二人をアーサーは頬杖尽きながら「仲がいいこって」と眺めていた。

 その母が、俺を守るように抱きかかえて公爵に食って掛かっている。

「公爵様! あなた様も親でしょう!? 親にとって子供がどういう存在か、お分かりにならないとは言わせませんよ‼」

「──」

 公爵は僅かに目を細め、娘のテレジアを一瞥した。

 それだけ。それだけだ。

 そこから感情を読み取る事は出来ないが、”剣バラ”で裏の事情を知っている俺は、公爵の瞳の奥に憂いを見た。

「だが私にも貴族としての義務がある。才ある者を見つけ出し、民を守るという義務が」

「そんなもの! お貴族様だけでやっていてくださいっ!」

 ママ──ン!? 嬉しい、嬉しいけど!? ちょっと落ち着いてえぇぇぇ!?

 もう完全に言い逃れが聞かないほどの楯突きっぷりである。公爵の気分次第でお首がチョンパされてもおかしくない不敬っぷりだ。

 事実、沈黙を守っていた護衛の兵らが動きを見せたが、気付いた公爵が片手を上げて制してくれているのだ。

 今や俺たちの命はムスタファ公爵の胸先三寸である。

「母君……。はっきり言おう。アーサー君の才能はこのような片田舎で埋もれさせて良いものではない」

 ──村の誰もが息を呑んだ。

 そのような事を、指摘されるまでもなく心の片隅で思っていた事だった。……懸命に、頭の片隅に追いやっていた事だった。

 俺を抱く母の腕から緊張が伝わって来た。

 尚も食い下がるのはテレジア嬢だ。

「し、しかし! 彼は平民です! 如何に才能があろうとも、我が公爵家と釣り合う立場ではありません」

「ふむ、身分か。確かにな、対外的には外聞が悪かろうが、我が国の法に『貴族は平民と結婚してはいけない』などという法律はない」

「で、ですが! 由緒あるテレンス家に赤い血を入れるなど──」

「テレジア」

 娘の言葉を遮りただ一言、娘の名前を口にする。表情からまるで感情の読み取れぬムスタファの、不愛想からその時だけハッキリとした怒気が放たれた。

「赤だ青だと、血の色にどれ程の価値がある?」

「な──!」

 まさか、王家の次に権勢を持つ公爵家の当主が自らを否定する言葉を放つなんて。明らかに気温が下がった。

 テレジアは、己が父から引き出した言葉に例えようのない恐怖を覚えた。

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