第3話 内心は誰にも分らない

(こえええぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ────ッ‼ 何なん⁉ 何々なんこのオジサマ!?)


 実に余裕のある態度であった。

 村長以下両親を含めた大人たちが感心してしまうアーサーの振る舞いであった。

 当のムスタファ公爵ですら関心を抱いた程だが。


 その実、外見ほど彼の内心は穏やかではなかった。


 いや、むしろ嵐が吹き荒れていた。波に、風に。好き放題されて転覆を待つだけの頼りない小舟。気分は正にそんな感じ。

(あかん……、吐きそう……)

 アーサーは誰にも気付かれない位置で、己の太ももを抓っていた。痛い。

「謙虚な姿勢だ。実に好ましいな」

「あはは……」

 ムスタファ公爵が眉一つ動かさずに云う。

 絶対そんな風に思ってないよね⁉ アーサーは心の底から突っ込んだ。心の底で突っ込んだ。

 本当にそう思ってくれているのなら、全く表情に現れないムスタファ公爵は大した役者である。一方、心の中では悶絶し公爵相手にツッコミを入れているアーサーも、大した役者と云えるかもしれない。

「幾つか聞きたいことがある」

「何なりと」

 先ほど、村長ともしたようなやり取りを繰り返す。

「この弓──」

「えと、クロスボウです」

「ふむ、クロスボウと。ではこのクロスボウだが、実に面白い。弓よりも調練が容易く、威力も高いなど利点は多い。だが速射性に関しては難があるな。固すぎる弦は引く者を選り好む上、一分間に一発を撃つのがやっとではとても戦場では役に立たない」

 筋骨隆々の見た目からして到底学者に思えなかったムスタファ公爵の、学者らしさが垣間見える早口である。

 恐る恐るといった風に、アーサーは手を上げた。

「そのー。………………実演しても?」

「かまわん」

 奇妙な流れになった。

 公爵一行が村に着いて。挨拶そのままから何故かクロスボウの実演という運びである。

 さすがに村のど真ん中で試射を行う訳にも行かず、アーサーは公爵一行を射撃場──とは名ばかりの、だだっ広い空き地に的があるだけの村の外れ──に案内する。

 村人らも最初の緊張もどこへやら。「面白そうだ」とその後に続いた。


◇◇◇


「公爵様はクロスボウの速射性に疑念を抱かれているのですね」

「その通りだ。狩りに使う分には問題なかろうが、戦場で扱うには未だ運用に難ありと言わざるを得ない」

 開明的だとアーサーは思った。

 初めて見る兵器なれど、ムスタファ公爵の目の付け所は正確だ。何より誰に言われるでもなく、戦争に転用しようとする考え。積極的に取り入れようとする柔軟さ。

 ムスタファ公爵の知性、その一端を垣間見た気分だ。

「まーそうですね。さすがに弓には及びませんが、一分間に二、三発は撃てますよ」

 見ててくださいと云わんばかりに、すわアーサーは射撃体勢に入った。

 的は前方凡そ三〇メートル先の、赤い丸の印が付いた木だ。何度も的として射られたのだろう、印の周囲には幾つもの穴が穿たれていた。

「──」

 アーサーの耳には最早村人の喧騒は届かない。ただ己の体内を脈打つ血流だけが喧しい程に聴こえるだけだ。

 アーサーの目には最早印しか映らなかった。更に感覚を研ぎ澄ませると矢の先端と印の中心が、まるで線で結ばれたかのような錯覚を覚える。

 皆が固唾を呑んで見守る中、遂に一本目の矢が射られた。

 ──ヒュン! と。空気を裂き、矢は見事印のど真ん中に突き刺さる。

 歓声が起こる中、間を置かずしてアーサーは二本目の準備に入る。

「ほう。前方が平いのはそのような意味があったのか」

 ムスタファ公爵が髭を撫で感心の声をあげる。

 アーサーはクロスボウを地面に立てた。まるで地面に向けて撃つかのような形だ。

 そしてボウが動かぬよう足で踏むと、全身を使って弦を引いた。腕で引くより明らかに早い。

 矢の装填が終わると間髪入れず、アーサーは二射目を放った。

「む!?」

 その結果にさすがのムスタファ公爵も唸りざるを得ない。

 二本目の矢もまた、寸分違わず的の中心──即ち、一本目の矢の尻に刺さった。哀れ一本目は裂けるチーズと化した。

 ──継矢だ。

 驚きに目を見張っている内に三本目が、二本目の尻に刺さった。

 そうして四本目。

「ちいっ!」

 撃った直後、アーサーが大きく舌打ちする。

 四本目の的の中心から僅かに逸れた位置に突き刺さる。十分な結果といえようが、彼には不満だったようだ。

「……とまぁ、慣れればこれくらいの速さで撃てますよ。……と。どうかしました?」

 アーサーは大きく息を吐くとムスタファ公爵に向き直る。

 その表情は、クロスボウを撃つ時に見せた剣呑さは微塵も見えない。呑気すら感じさせる普段のアーサーであった。


 ──クロスボウの速射性の疑義。

 彼の弓の腕前を見せられたムスタファ公爵は、そんなことは脳裏からうに抜け落ちていた。

 公爵の護衛らもあんぐりと口を開けている。

 テレジアもまた、驚愕を隠せなかった。

(な、なんですのこのひとは……!?)

 武道に疎いテレジアでも、アーサーの腕前が只事ではないのは容易に理解出来た。

「は、へ? 公爵様……?」

 気付けばムスタファはアーサーの肩をむんずと掴んでいた。

 アーサーは公爵を見上げ、その尋常ではない様子に頬が引き攣るのを感じた。

「アーサー君」

「は、はい!」

 気圧されたアーサーは新兵も斯くや、背筋を伸ばす。

 しかして彼は、次なる公爵の言葉に耳を疑うのだった。



「テレジアの婿にならないか?」

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