第24話:彼女のおうちはどこですか?


 突如襲来してきた雪菜を、真凛ちゃんが撃退してくれた後。

 公園を離れた俺達は、街を歩きながら会話を交わしていた。


「それにしても、真凛ちゃんは凄く強いんだね」


「えへへへっ」


 本当の兄妹のように手を繋ぎ、楽しく話す。

 ああ、俺はこんな風に……家族と過ごしたかったんだよなぁ。


「いっぱい、いーっぱい修行したの! とっても大変だったなぁ」


「中国拳法とムエタイ?」


「うん。それと空手に、柔術に……武器術」


「おお……そりゃあ凄い」


 この小さい体で、5つもの武術を学んできたというのか。

 そしてさらにそれを身に着けているというのだから、凄まじい。


「お師匠様達、良い人達なんだけど……修行に関してはすっごく厳しいから。真凛、何度も死にかけちゃったんだ」


「だ、大丈夫だったの?」


「修行中に『キツすぎて死んじゃいますー!』って何度叫んでも、『そう言って本当に死んだ者はいないよ』って言われた時が……一番怖かったなぁ」


 とても小学生が見せるとは思えないアンニュイな顔で、明後日の方向を見つめる真凛ちゃん。

 いや、本当にこの子はよく頑張ったよ。


「でも、こうしてお兄ちゃんを守れたのなら、修行の甲斐があったかも」


「ああ。おかげでピンチを助けて貰ったからね。いつか、お礼をしないとね」


「お、お礼なんていいよ! 真凛が、その……好きでやった、だけだから」


「あははは、それなら俺も好きでやる事だよ」


「あうぅ……っ! 晴人お兄ちゃんは、タラシさんかも」


 俺の手を握る真凛ちゃんの手に、熱と力が籠もる。

 あれほどの強さを持つというのに、こうして触れている手は柔らかく……小さくて、年相応の少女なのだとよく分かるな。


「ところで真凛ちゃん。君はどうして、公園にいたの?」


 と、ここで俺は一つ気になっていた事を質問する。

 今回、偶然にも俺は彼女と再会したのだが……確か真凛ちゃんの家は、この街からかなり離れた場所だったはずだ。


「あっ、それはね。真凛……この街に引っ越してきたの」


「へ? そうなんだ」


「でも、引っ越したばかりのアパートにお財布とか全部置いてきちゃって。しかも、あの……迷子になっちゃって。それで、公園で……」


 ああ、そういう事情だったのか。


「大変だったね。だけど、真凛ちゃんが近くに引っ越してきてくれて嬉しいな」


「うん。だからこれからは、晴人お兄ちゃんの事を……傍で守ってあげる!」


「あはははっ、ありがとう」


 本来なら、歳上で男である俺が彼女を守る立場なのだろうが。

 物理戦闘力は明らかに彼女の方が遥か高みにいるからな。


「じゃあ、アパートの名前を教えてくれるかな? 俺が案内してあげるよ」


「本当? お兄ちゃん、大好きっ!」


 繋いでいた手を放して、俺のお腹に抱き着いてくる真凛ちゃん。

 おー、よしよし。カワイイ子だ。

 俺はもはや反射的に、彼女の頭をナデナデしていた。

 すると、ちょうどその時――


「晴人? こんなところで何をやっているんだい?」


「ん? 来夢か?」


 視線を前に向けると、両手を腰に当てて……呆れたようにこちらを見ている来夢が立っていた。


「君の帰りが遅いから心配して来てみれば……ククク、お取り込み中だったかな?」


「ああ、それは悪かった。っていうか、変な勘ぐりはよせよ」


「冗談さ。君がボク以外の女の子とイチャついているから、少し嫉妬して……おや?」


 くつくつと笑っていた来夢だが、俺の腰にしがみつく真凛ちゃんの顔を見ると……何かに気付いたように表情を変えた。


「もしかして、その子は雷堂真凛ちゃんかい?」


「あっ、もしかして……大家さん!?」


 真凛ちゃんもまた、来夢の顔を見て何かに気付いたように声を上げる。

 って、大家さん?


「大家じゃなくて、その姪なんだけどねぇ。何にしても、君も中々戻って来ないから、心配していたんだよ」


「あぅあぅあぅ、すみません……」


「ちょっと待て。大家とか戻らないとか、何の話だ?」


「んー? 晴人、君は知っていて保護してくれたんじゃないのかい?」


「???」


「君がボクとの甘々な同棲生活を続けたいと言い出したから、隣の空き部屋を別の人に貸す事になったんだけど。そこに入居してきたのが、そこの彼女なのさ」


「ええええええええええっ!?」


 じゃあ、あれか? さっき真凛ちゃんが言っていたアパートっていうのは……?


「ふぇ……? 晴人お兄ちゃんが、真凛の隣の部屋に……?」


「マジか……!」


「ふむ。晴人お兄ちゃん、か。何やら、深い事情がありそうだね」


 真凛ちゃんの呼び方から、何か勘ぐるものがあったのか。

 来夢は深刻な表情を浮かべると、真凛ちゃんとは反対側の俺の腰にしがみつき。


「帰りがてら、話をじっくり聞かせてくれたまえ。ああ、なぁに……この体勢は気にしないでくれたまえよ。晴人成分の補給をしているだけだからね」


「別に構わないが、なんだよ晴人成分って」


「ククク……この世に存在するどんな物質よりも、甘く蕩けて癖になる……最高の成分さ」


「わ、わかりみっ!」


「分かるのか……」


 よく分からないが、来夢も真凛ちゃんも俺にしがみついていて嬉しいのなら、いくらでもそうさせてあげるとしよう。

 カワイイ女の子にくっつかれて、嬉しくない男の子なんて滅多にいないんだから。


※ただしヤンデレ4姉妹は除く



【一方その頃 晴波家】


「うっ、ぐぅっ……ぁぁぁ……!」


 晴人を急襲するも、真凛によって返り討ちにされた雪菜。

 彼女は苦痛にもがきながらも、なんとか無事に帰宅を果たし。

 今は妹達によって看病されている状態だ。


「嘘……でしょ? 雪菜姉が、負ける……なんて」


「しかも、やったのがあの真凛って……信じられない」


「あの泣き虫真凛が……そんなに強くなってるなんてびっくりだにゃー」


 姉妹の中でも最強の戦闘能力を有していた長女の敗北。

 これには流石の能天気、頭お花畑のアホアホヤンデレシスターズも、動揺を隠せない様子であった。


「来夢と金髪巨乳女だけでも厄介なのに……! ああもうっ! どうしてこうも上手くいかないのよっ!」


 雷火は苛立たしげに、近くの椅子を蹴る。

 しかし、そんな八つ当たりをしても事態が好転するわけではない。


「美雲……このままじゃ、マズイかも」


「へ? どうしてかにゃ?」


「真凛の……妹力は強い。私達の立場、危うい」


「み、みぃの方が可愛いもん。真凛なんて、いつもおどおどしていて、あざといっていうかさ、守って~みたいなオーラ出して男に媚びるビッチだよ、ビッチ!」


「……ほい」


「雨瑠ねぇねぇ、なんで鏡を持っているの?」


「それじゃあ、これ」


「今度はブーメランじゃん」


「うん」


「……」


「……言いたい事、分かる?」


「う、うるっさいっ! みぃは世界で一番可愛いんだにゃ! にぃにぃだって、みぃの事が一番大好きに決まっているんだっ!」


 雨瑠の指摘に苛立ち、怒りを顕にする美雲。

 その反応こそが、余裕の無さの現れである事にいまだ気付かない。


「ああ……晴くんが、遠くなっていく。どうして? 私達は……こんなにも、晴くんの事が大好きなだけなのに」


 苦痛に表情を歪めながら、雪菜は嘆く。

 あんなに一緒だったのに。言葉一つ通らなくなった現状。

 加速して遠ざかる背中に、その手が届く事はない。


「アタシ達……どこで、間違っちゃったのかな?」


「「「…………」」」


 雷火の呟きが、鋭い刃となって姉妹達の胸をえぐる。

 素直に好きだと言えなかった。

 でも、彼に女の子が近付いてくるのが嫌だった。

 だから周りの女の子達を排除しようとした。

 彼が自分達以外の女の子には相手されない存在だと、意識に刷り込もうとした。

 しかし、その結果。

 今や彼は姉妹達の元を離れ、別の女達と楽しく過ごしている。


「もし、もしさ……最初からやり直せるなら、アタシ……」


 今更、後悔したって遅い。

 覆水は決して、盆に返らないのだから。

 彼女達の歪んだ愛情も、想いも――晴人には届かない。

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