第23話:新・妹ロリっ子登場!?


 清掃のアルバイトを終え、ミスティお姉ちゃんと一緒に喫茶店でお茶をした後。

 俺は日が暮れかけている街を歩きながら、帰路に着いていた。


「いやー、いいアルバイト先だったなぁ」


 最初は高級な内装に度肝を抜かれはしたが、慣れてくれば平気なもので。

 そもそも綺麗すぎる場所だから掃除もそれほど大変ではないし、なんと言ってもミスティお姉ちゃんという心強い同僚がいるのが最高だ。


「日払いで給料も貰えたし、来夢にお土産でも買って帰ろうかな」


 確か来夢は近くの公園前にある、たい焼き屋がお気に入りだったっけ。

 よし、どうせ帰り道だし寄っていくか。


「えっと、こっちに……」


 しばらく進んでいると、香ばしい良い匂いが漂ってくる。

 おっ、あの看板がそうだな。


「へい、らっしゃーい! 兄ちゃん、たい焼きはどうだい?」


「あんこのたい焼きとカスタードを2つずつお願いします」


「あいよっ! ちょっと待ってな!」


 店主と思わしきおっちゃんに注文をして、俺はお店の前に用意された椅子に腰掛ける。

 と、ここで……お店の前にある公園のベンチで、一人の少女が座っている事に気付く。


「あぅ……お腹空いたぁ」


 外見から察するに、小学校低学年くらいの女の子だろうか。

 茶髪のショートカット。服装はダボダボのフードパーカーだ。


「ふぐぅ……」


 その子はお腹を押さえながら、涙目で呻いている。

 どこからどう見ても、空腹のご様子だ。


「あいよ、兄ちゃん。おまちどう」


「あっ、はい。これ、代金です」


「ちょうどだな。また来てくれ」


 俺は店主からたい焼きの入った紙袋を受け取ると、公園の少女の元へ歩み寄る。

 そして驚かせないように、なるべく優しい声色で声を掛けた。


「ねぇ、君。大丈夫?」


「ふぇ?」


 俺の声で顔を上げる少女。

 いやはや、これはなんとも人形のように可愛らしい女の子だ。

 テレビで見る子役タレントなんかよりも、遥かに美少女だと言えよう。


「あっ……!」


「迷子かな? お母さんやお父さんとはぐれちゃった?」


「えっ、えっと……その、あのあの……!」


 少女は両手の拳を握りしめて、何かを必死に訴えようとしている。

 しかしどもってばかりで、何を言いたいのかまるで分からない。


「すぐそこに交番があるから、案内してあげるよ」


「あうぅ……そう、じゃ、ないのにぃ……!」


「?」


「ま、真凛はね……! あっ」


 その時、少女のお腹が、それはもう凄まじい爆音で鳴り出す。

 ぐぅー、とかきゅるるー、みたいな生易しい音ではない。

 文字に起こすなら、ごぎゅるるぐりゅぅぐりゅるりゅるるるるるっ! という感じ。


「はぁうぅぅぅっ!」


 少女は恥ずかしさのあまり、真っ赤な顔を押さえてうずくまる。

 俺は少々吹き出しそうになったが、そんな事をすれば彼女の心を傷つけかねないので必死に堪えた。

 それから、その場でしゃがみ込むと。彼女にたい焼きの入った袋を差し出した。


「これ、食べてもいいよ」


「……ふぇ?」


「お腹が空いているんだよね? ここのたい焼き、美味しいよ」


「で、でも……お兄ちゃんのたい焼きが」


「また買えばいいさ。ほら、温かい内にどうぞ」


「ありがとう……」


 少女は恐る恐る、俺から紙袋を受け取る。

 そして中身をゴソゴソと取り出すと、それを一気に……ぱくっと口の中に放り込んだ。


「あむあむあむ……ごっくんっ」


「ファッ!?」


 あ、あれ? 俺の目がおかしくなったのか?

 この少女の小さなお口が、四匹のたい焼きを一瞬にして頬張り、飲み込んでしまったように見えたが……?


「ふぁぁぁぁっ! 美味しい……!」


「ああ、それは良かった」


 たい焼きの味を大変お気に召したらしく、キラキラと目を輝かせながら両手で頬を押さえる少女。

 俺は思わず、そんな可愛らしい少女の頭に手を乗せて撫でる。


「えへへっ。やっぱり、晴人お兄ちゃんは……真凛の王子様だね」


「えっ? どうして、俺の名前を?」


「それはね、真凛が……」


「みぃつけたわよぉぉぉぉぉぉっ!」


「!?」


 突然、背後から凄まじい叫び声が聞こえてくる。

 俺が驚いて振り返ると、そこには――晴波4姉妹の長女である雪菜が立っていた。


「雪菜……!?」


「ああっ! 晴くん! やっと会えたね! 晴くんも、私にずっと会いたかったよね? お姉ちゃんが恋しかったんだよね? だからあんな紛い物の偽物で、妥協しようとしていたんだよね? カニが食べられないからカニカマを食べるみたいに!」


「あ? テメェ如きがカニカマを語るンじゃねェよ。カニカマは素晴らしい食材だろうが! 特にマカロニサラダに入れるとなァ、これまた最っ高なンだよ!」


「は、晴くん!?」


 と、いけない。

 この世で最も嫌いな人間の一人が生意気にも、カニカマを侮辱しやがったから……つい。


「酷い……晴くんがそんな汚い言葉を使うなんて。あの女の影響なのね? そうなのね?」


「……そんなわけあるか」


 くそっ、まさかこんな場所で雪菜と遭遇するなんて。

 急いで逃げ出そうにも、今は迷子の女の子を保護しようとしているタイミングだし。


「大丈夫だよ、晴くん。すぐに私が元に戻してあげるからね。あの女のせいで腐っちゃった部分を切り離しちゃえば……うふふふふふっ!」


 そう笑いながら雪菜は胸の谷間に手を入れて……

 その中からジャラリと、鎖鎌を取り出した。 


「っ!」


 しかし、そんなツッコミで余裕を見せている場合じゃない。

 マズイ。なぜなら雪菜は……


「晴くんも知っているでしょう? 私、昔は道場に通っていたんだから」


 ああ、よく知っている。

 そしてその強さが、並の人間が束になっても勝てないほどだというのも。


「くっ……」


「ふふっ、震えている晴くんもカワイイ♪ ああ……早くお持ち帰りして、ペロペロしなきゃ(使命感)」


 ひゅんひゅんっと鎖鎌を振り回しながら、こちらへ迫ってくる雪菜。

 マズイ。時間が時間だから、公園には俺達の他には誰もいない。

 助けを呼ぼうにも……!


「や、やめてくださいっ!」


「っ!?」


 と、ここで急にあの迷子少女が両手を広げながら……俺の前に飛び出した。

 それはまさに、俺を雪菜から守ろうとしているような動きで。


「はぁ? 何、この子……?」


「晴人お兄ちゃんが、嫌がっています! だから、あの……!」


 ガタガタと震えながら、迷子少女は雪菜に声を掛ける。

 しかし、それぐらいであの雪菜は手を止めたりはしない。


「晴人お兄ちゃん? アナタ……もしかして、真凛ちゃんなの?」


「真凛、ちゃん……?」


 待てよ、確かその名前は聞き覚えがある。

 数年前に……


「あっ! 思い……出した! 


 しのぶお婆ちゃんの誕生日会に参加した時。

 そこで出会った……遠縁の女の子。


「雷堂、真凛ちゃん……だ」


「晴人お兄ちゃん……! 思い出して、くれたの?」


 こちらを振り向き、パァッと笑顔の花を咲かせる真凛ちゃん。

 そうだ。俺はどうしてこの子を忘れていたんだろう。


「私もよく覚えているわよ。初めて会ったばかりの晴くんに、妙に懐いて……ずっとベタベタベタベタベタベタとくっついて。あまつさえ、お兄ちゃん呼びまで始めて」


「っ……そう。それで、真凛は……!」


「あははははっ! 美雲ちゃんや雨瑠ちゃんにこっぴどくお仕置きされたもんねぇ! もう二度と、晴くんをお兄ちゃん呼びしないように、命令されていたっけ?」


 そんな事があったのか。俺は……何も知らなかった。

 その日以来、親戚の集まりで顔を見る機会があっても、真凛ちゃんは俺に声を掛けてくれなくなったから。

 雷火が「晴人がキモいから嫌われたんでしょ?」とか言っていたから、それを真に受けて嫌われたのだとばかり――

 それで、彼女の事を記憶から消し去っていたのか。


「うん。真凛は……怖くて、晴人お兄ちゃんに近付けなくなっちゃった」


「あの時もずっと泣いていたもんね。泣き虫真凛ちゃんは、今度はおじゃま虫になったの? それとも泥棒猫なのかなぁ?」


 煽るような言葉を投げかける雪菜に、俺の怒りがこみ上げてくる。

 こんな小さな女の子を虐めて、何が楽しいんだ?

 もう俺はどうなってもいい。刺し違えてでも、コイツをぶっ飛ばす!


「……あの時の真凛は、泣き虫だった。でも、今は違うっ!」


「「!!」」


「真凛はお兄ちゃんを守れるように、強くなったんだもん! もう誰にも、負けたりなんかしないっ!」


 そう叫び、真凛ちゃんはまるで中国拳法家のような構えを取る。

 それを見て、プッと吹き出したのは雪菜だ。


「あはははははっ! なにそれ? 子供のおままごと拳法で、私に勝つつもり?」


「……」


「悪いけど、親戚だからって手加減しないよ? 晴くんに近付く女は、みんな私が処分しちゃうんだから」


 そして雪菜は、ぶん回していた鎖鎌を振りかぶる。

 まずい、このままだと真凛ちゃんが……!


「本当に、それを投げられる?」


「……えっ?」


「やってみるといいよ。無駄だと思うけど」


 淡々と煽るように呟く真凛ちゃん。

 その余裕綽々の態度に、雪菜はキレてしまったらしく。


「ほざけェー!」


 大声をあげながら、鎖鎌を真凛ちゃんの方へと投げつける。

 しかし、真凛ちゃんはそれをしゃがんで回避。

 放物線を描く鎖鎌は、真凛ちゃんの背後にあったジャングルジムへと絡みついていく。


「あっ、しまっ――!?」


「遅いよ」


 ジャングルジムと雪菜。

 この二つを結ぶ鎖を掴み、真凛ちゃんは自分の方へと引き寄せる。

 それによって、雪菜は前のめりに体勢を崩してしまった。


「でやぁぁぁぁぁぁぁっ!」


 真凛ちゃんはその隙を見逃さなかった。

 跳躍して雪菜の頭をガッチリと両手で掴むと、そのまま自分の右膝を雪菜の鳩尾へと叩き込んだ。


「カウローイッ!」


「おぐぇぁっ!?」


「ちゅ、中国拳法じゃなくて……ムエタイ!?」


 さっきの構えは明らかに中国拳法だったのに。

 雪菜にぶちかましたのはムエタイ技のカウ・ロイじゃないか!


「うげぇっ、おぶっ、ぇえぇぇぇぇぇ……! おっ、おぉう、うぇぇげぇろろろろろろろっ!」


 凄まじい一撃を受けた雪菜は、その場で崩れ落ち……大量のゲロを吐き出す。

 もはや、戦闘続行は不可能だろう。


「晴人お兄ちゃんを苦しめる悪者は、真凛が成敗しますっ!」


 そして真凛ちゃんは最後に、ビシッとポーズを決めながら眼下の雪菜に宣言する。

 その後ろ姿の、なんと頼もしい事か。


「えへへっ、終わりましたよ。晴人お兄ちゃん!」


 とてとてとてと、こちらに駆け寄ってくる真凛ちゃん。

 俺はそんな彼女を思わず、抱きしめていた。


「ふぇぁっ!? は、晴人お兄ちゃん……!?」


「ごめんな。今まで、アイツらに辛い思いをさせられていた事に……気付けなかった」


「……ううん。いいんだよ、晴人お兄ちゃん。こうして、また会えたから」


「ありがとう、真凛ちゃん」


 俺はこれまでの空白の時間を埋めるように、強く彼女を抱きしめるのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る