第22話:ミスティお姉ちゃんのターンですわよ!



「ほぇぁ……すっげぇ……」


「あらあら、晴人君。とんでもない顔になっていましてよ」


「いや、だって。こんなに綺麗なマンションに入るの……初めてなので」


 ミスティお姉ちゃんに紹介して貰ったアルバイトの第二弾。

 それは……とんでもない超高級マンションの清掃員だった。


「そう硬くなる必要はありませんわ。我がクラウディウス家が管理するマンションですので、多少の失敗はワタクシがフォローしますもの」


「あ、ありがとうございます」


 この高級マンションの中なら、あの姉妹達は入ってこられない。

 だから、バイトを邪魔される事は無い……のだが。


「でも、どうしてミスティお姉ちゃんも?」


「……深い意味はありませんわ。日給が高いから選んだだけですの」


「そうですか。俺としては、ミスティお姉ちゃんと一緒に働けて嬉しいですっ!」


「晴人君、なんだか少し……変わりましたわね」


「え?」


 ミスティお姉ちゃんが俺の顔を覗き込み、少し首を傾げながら呟く。


「なんというか。前より雰囲気が明るくなったというか……表情が活き活きとしていますの」


「あははは、自分では違いが分からないですけど。そう言われて悪い気はしないです」


「……もしかして、彼女が出来ましたの?」


「はい? いや、そんな事は無いですけれど……」


「むぅー……本当かしら?」


 ミスティお姉ちゃんは俺の清掃服を掴み、ぐっと俺の体を引き寄せる。

 そして彼女の大きな胸が俺の体に当たり、鼻と鼻がくっつく程に顔を近付けてきた。


「じぃー……」


「うっ……!?」


 なんて綺麗な瞳。長いまつげ。整った鼻筋。桜色の唇。

 どこからどう見ても、美少女としか言いようの無い顔だ。


「まぁ、アナタがワタクシに嘘を吐くとも思えませんし。ここは信じますわ」


「はぃ……」


「(ワタクシが顔を近付けても、照れて視線を逸らそうとはしなかった。誰か意識している、本命がいるって感じですわね)」


 俺から顔を離したミスティお姉ちゃんは、口元に手を当てて黙り込む。

 

「あの、そろそろ仕事を始めた方がいいんじゃ……?」


「そうですわね。さぁ、ワタクシがやり方を教えてさしあげましてよ」


 そう言って、ミスティお姉ちゃんは俺の右手を掴む。

 そしてそのまま、俺の体を操作するように……その腕を動かし始めた。


「ミスティお姉ちゃん? これは……」


「しぃーっ。黙ってワタクシの指示通りにやりなさいな」


「はい」


「まずはガラス拭きですけれど、強すぎず、優しすぎず……このように磨きますのよ」


 俺の手を動かし、掃除のノウハウのレクチャーを始めるミスティお姉ちゃん。

 またしても、彼女の大きな胸が俺の背中に押し当てられているのだが……


「そして、晴人君。ここからが大事なんですのよ?」


「あひっ!?」


 俺の肩に顎を乗せて、耳元に吐息を吹きかけるようにして囁くミスティお姉ちゃん。

 こ、こんな状況で……集中出来るわけがないっ!


「ごめんなさい、ミスティお姉ちゃん。俺……こんな状態じゃ、仕事になりません」


「もう、仕方ありませんわね。お姉ちゃんに変な気持ちを起こして……フフッ、いけない弟ですわね」


 そうクスクス笑って、ミスティお姉ちゃんが俺の頬にちゅっと唇を付ける。

 俺はそのあまりの衝撃に、その場でヒゲの配管工ばりのジャンプをぴょいーんとぶちかましてしまった。


「ななななぁ……!? キキ、キス!?」


「これくらいのスキンシップ。海外なら常識ですのよ?」


「そ、そうかもしれませんけど! ここはジャパン! ジャパンですよ!」


「……もしかして、嫌でしたの?」


 俺がテンパっていると、ミスティお姉ちゃんの目尻に涙がジワリと浮かび始める。

 あ、あかーん! このままではミスティお姉ちゃんを泣かせてしまう!


「嫌じゃ、ないですけど……」


「あら、そう? でしたら、これから毎回やりますので。よろしくですわ」


「へぁっ!?」


「ふんふふっふ~ん♪ さぁ、お掃除しますわよ~」


「ちょ、ちょっと! ミスティお姉ちゃん!? 待ってくださいってば!」


 ご機嫌なステップを踏みながら作業に戻るミスティお姉ちゃんを追いかける。

 なんだかさっきからずっと、ペースを握られっぱなしだ!



【マンションの向かい側のビル】


 晴人がミスティに猛烈なアタックを受けているその頃。

 彼らのいるマンションの向かい側の屋上。

 双眼鏡を覗き込み、晴人達の行動を監視している少女達がいた。


「ぐぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎぃぃぃぃぃぃぃっ! なんなのよ! なんなのよあの女! 私の晴くんなのにぃっ! 私達の弟なのにぃぃぃぃぃぃっ!」


「ハルトォォォォォォォォォォォォォォォォォォッ! お姉ちゃんはここだよ!? ハァァァァァァァァルトォォォォォォォォォォ!!」


「うぇぁ……気持ち悪い。私達の晴人兄に、ベタベタするなんて」


「今すぐにでもぶっ殺したいけど、あのマンション……セキュリティが厳重過ぎるんだにゃぁ」


 発狂している晴波姉妹の姉2人。

 そして若干のダメージを受けつつも、まだ平静を保っている妹2人。


「許せない許せない殺す殺す殺す殺すっ! あの金髪女! 覚悟していなさいよ!」


「懺悔の用意は出来ているのかしら!?」


「なんか、こっちの姉2人は頼りないし。あちらの姉に鞍替えした方が良い気がしてきた」


「そうだにゃあ。みぃ達は妹ポジをキープ出来れば、それでも構わないし」


 あくまでも、ミスティ・クラウディウスは晴人の姉の座を奪おうとしている。

 それならば自分達には関係ないと思っている2人。

 しかし彼女達はまだ知らない。

 こうして余裕を見せられるのが、もう残り僅かな時間しかない事に。

 今この瞬間にも、晴人の新たな妹候補が――近付きつつあるという事を。

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