第18話:淫乱メスガキの謝罪を受け入れるのかどうか問題


 とぅるるるるるるっ! 

 とぅるるるるるるっ!


「……んぅ?」


 それはいつもと変わらない朝。

 俺はスマホの着信音で、目を覚ました。


「もしもし?」


 まだ意識がぼんやりとしている中、俺は通話ボタンをタップする。

 すると、聞き慣れた声がスマホのスピーカーから聞こえてきた。


『あっ、にぃにぃ? おっはよー。朝早くにごめんね?』


「……美雲か?」


『うん、そうだよ。もぉー、にぃにぃが着信拒否してるから、わざわざ公衆電話から掛けてるんだぁ』


 ああ、そうか。それで納得がいった。

 あの姉妹達の電話も、メッセージアプリも全てブロックしている。

 それなのに電話先から美雲の声が聞こえてくるなんて、おかしいと思ったんだ。


「切るぞ」


『ああ、ちょっと待って! にぃにぃ! 大事な話があるの!』


「話?」


『うん。だから、その……今から家に来て欲しいの。みぃの部屋で、待ってるね』


「断る」


 俺はそう答えて、電話を切ろうとするが……


『やっぱり……みぃの事、嫌いになっちゃったんだね』


「……?」


 突然、美雲の声色が変わる。

 俺はその豹変ぶりに驚き、通話を切ろうとした指を止めてしまった。

 

『そっか。じゃあ、もうみぃは……生きている価値なんて無いよ。にぃにぃに嫌われたまま生きるくらいなら――』


 死んでやる。

 最後にそう言い残し、通話が切れた。


「何……言ってんだ、アイツ」


 どうせ嘘に決まっている。

 俺の反応を見て、楽しもうって考えなんだろう。

 

「バカバカしい。もう騙されるかよ」


 俺は苛立ちながら、もう一度布団を被る。

 隣では来夢が、安らかな寝息を立てながら気持ちよさそうに寝ていた。


「……」


 目を閉じると、頭の中にさっきの美雲の声が響いてくる。

 死んでやる。

 言葉だけ見れば到底信じられないが、あの声色……雰囲気は、本気のようにしか思えなかった。

 だとすれば美雲は、本当に……?


「知るか、あんな奴。さっさと死ねばいい」


 そうだ。俺とアイツはもう関係ない。

 たとえ自ら命を絶ったとしても、俺は何も感じないだろう。

 だから――


「……チッ!」


 俺は布団を抜け出し、すぐに服を着替える。


「んぅ……? はるとぉ? こんな朝早くにどうしたんだい?」


 その音で起こしてしまったのか。

 来夢がゴシゴシと目を擦りながら体を起こす。

 上はロングTシャツ1枚。下はなぜかズボンを履かずパンツ1枚だが、Tシャツの丈のお陰で見えていない……という格好だ。


「ああ、ちょっと出かけてくる」


「え? 何をしに……?」


「……安眠妨害をしたクソガキに、文句を言いにさ」


 そうだ。俺はアイツを心配しているわけじゃない。

 アイツが俺に迷惑を掛けたまま死なれたら、この苛立ちをぶつける相手がいなくなってしまう。それが嫌なだけだ。


【晴波家】


「……たくっ、あんまり足を運びたくねぇっていうのに」


 俺は忌まわしき家に着くと、すぐに玄関の扉を開く。

 そしてそのまま二階へと上がり、美雲の部屋を目指す。

 かつての俺の部屋の隣。

 果たしてそこに、美雲はいるのだろうか……


「おい、美雲。入るぞ……っ!?」


 扉を開き、俺は美雲の部屋に足を踏み入れる、

 これまでに何度も掃除の為に入室した彼女の部屋は、ほとんど前と変わらず、ぬいぐるみが沢山の女の子らしいピンク色の部屋だ。

 しかし、以前と大きく違っているのは――


「美雲っ!?」


 部屋の中央で、美雲が首を吊っている事だろう。


「………っぁ、くっ……にぃ、にぃ?」


「馬鹿かお前!」


 俺はすぐに美雲の傍に駆け寄り、彼女の体を抱きかかえる。

 そうする事で天井から吊るされたロープがたわみ、美雲の首が解放されていく。


「げほっ! げほげほげほっ! はぁっ、はぁはぁはぁっ……!」


 どれくらい吊るされていたのか。

 美雲の首には痛々しいほどの赤い痣が刻まれていた。

 もしも俺が、あと数分遅く到着していたら……コイツは死んでいただろう。


「ぜぇ、はぁっ……はっ、はっ……!」


「ふざけんなよ! このクソガキが!」


 俺は怒りのあまり、もはや我を忘れて右腕をフルスイング。

 大晦日の日、三流汚れ芸人の落語家がお約束としてプロレスラーにビンタされるのと同じくらいの勢いで、美雲の頬を叩いた。


「きゃんっ!?」


「お前、自分が何やってるのか分かってんのかよ!?」


「にぃ、にぃ……だって、だってぇ……!」


 叩かれた頬を押さえながら、双眸に大粒の涙が浮かべる美雲。

 そしてその膨大な涙は、一気に決壊の時を迎えた。


「うぇぇぇぇぇぇぇぇぇんっ! こうでもしないとぉ! にぃにぃは分かってくれないじゃんかぁぁぁぁぁぁっ!」


「俺が……?」


「ひっく、ひぐっ……ぐすっ、みぃは本気で謝りたいのに、うぅぅっ……許して欲しいのに……!」


「…………」


「みぃが死ねば、にぃにぃはきっと私の気持ちに気付いてくれるでしょ!? このままにぃにぃに嫌われたまま生き続けるより、その方がいいもんっ!」


 小学5年生の女の子が。

 これから、どれほどの輝かしい未来が待っているか分からない少女が。

 命を犠牲にしてでも、俺への思いを伝えようとした。

 

「美雲……」


「ごめんなさい、ごめんなさい。次はもっと上手くやるから。ちゃんと死んでみせるから。だからお願い……みぃを嘘付きなんて呼ばないで。みぃは本気でにぃにぃの事が大好きなの」


 美雲は涙を流したまま、土下座の体勢となり床に額を押し付ける。


「みぃを信じてください。死ぬだけじゃ足りないなら、いくらでも痛めつけてください。にぃにぃがみぃを許してくれるまで、みぃはどんな苦痛にだって耐えてみせます」


 なんだ、これは。

 これが……10歳の女の子が吐く言葉か?


「……っ!」


 いや、違う。

 これは……俺が言わせているんだ。

 俺がおとなげなく、いつまで経っても美雲を許さないから。

 コイツをここまで追い詰めてしまった。


「なんでもします。みぃを許してください。お願いします」


「ああもう! うるっせぇんだよ!」


「ひぃうっ!?」


 俺は怒りに任せ、ダンッと床を踏み慣らす。

 その音と衝撃で、美雲は土下座の体勢からカエルのように飛び起きた。


「にぃ、にぃ……?」


「……はぁ、分かったよ。お前はもういい」


「……え?」


「今までの事は水に流してやる。それで満足か?」


「え? ええ……?」


 現状が理解出来ないのか、美雲はきょとんとした顔のまま目を見開く。

 そして、段々と俺の言葉の意味を理解したのか。

 次第に顔を綻ばせ……満面の笑みを浮かべた。


「にぃにぃっ! ありがとう!」


 俺の腰に両手を回し、抱き着いてくる美雲。


「それと今までの事、本当の本当にごめんなさい! みぃはもう二度と、にぃにぃを傷付けるような事をしないから!」


「ああ」


「……だから、あのね。みぃ、これからとってもとっても頑張るからね? もし良かったら、にぃにぃから……ご褒美、欲しいにゃぁ?」


 俺に抱き着いたまま、美雲は上目遣いでおねだりしてくる。

 何がご褒美だ。と思わなくもないが、許した手前……しょうがないか。


「ほら、これでいいか?」


 俺は美雲の頭に手を置いて、わしゃわしゃと強めに頭を撫でてやった。

 こんな適当な仕草で、文句を言われるかとも思ったが……


「にゃふふふぅっ……! みぃはしゃーわせにゃぁー」


 甘えるような声を出しながら、美雲は俺のお腹に頬ずりをしてくる。

 どうやらご褒美はこれで満足らしい。


「おい、そろそろ離れろ」


「にゃ!?」


「過去の事は許したが、別にお前と仲良くするつもりは無い。お前の事を、妹だとも思わないからな」


「そんな……!」


「たまに飯くらいなら付き合ってやる。それじゃあな」

 

 俺は美雲を引き剥がし、部屋を出ていこうとする。

 しかし、服の裾を美雲に捕まれ……俺は立ち止まった。


「なんだ?」


「……みぃ、ね。ちょっと、おかしいんだ」


「は……?」


「あの日。みぃがにぃにぃの部屋で謝ろうとした時。にぃにぃ、みぃの首をぎゅーって締め上げてきたよね?」


 顔を俯かせたまま、美雲はポツポツと呟く。


「とっても苦しかった。怖かった。悲しかった。でもね、それ以上に……すごくね、気持ちよかったの」


「なっ!?」


 顔を上げた美雲の頬は真っ赤に染まっておりり、口の端からはだらしなくよだれが垂れている。


「駄目だよ、にぃにぃ。みぃの体をこんなにおかしくしておいて、責任取ってくれないなんて」


「何を、言ってるんだ?」


「ハァ、ハァ……! みぃは過去にいっぱい、にぃにぃをいじめちゃったよね? だから今度は、にぃにぃがみぃを沢山いじめないと駄目なの」


 そう言いながら、美雲は着ている服を脱ぎ始めた。

 その下には紺色のスクール水着……胸には白い布地に『はれなみ』と書かれている。


「ねぇ、にぃにぃ……おねがぁい……!」


 美雲は床に四つん這いになると、その小ぶりお尻を俺の方に向けて……フリフリと振ってくる。


「みぃのこと、いじめてぇ……! どんな事でも、みぃは耐えてみせるにゃぁ……!」


 それはもはや、小学生の少女の姿ではなかった。

 成熟した大人の女――いや、男を誘惑するメスだ。


「にぃにぃ……にぃにぃ!」


 俺は、そんな美雲の姿を見て――



・【兄として受け入れた】

(美雲の懺悔完了&ヒロイン候補化)


・【恐怖のあまり逃げ出した】

(美雲の懺悔未完了)

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