第17話:ヒロイン達の思惑は夜の闇に沈む


「ただいまー」


 時計の針が23時を回った頃。

 俺は来夢と共同生活を送るアパートへと戻ってきていた。


「あれ? 来夢?」


 しかし、部屋の電気が点いていない。

 まだ寝るには少し早い時間だと思うが……


「もしかして、アイツも外出中か?」


 俺はパチンと部屋の電気を点ける。

 すると――


「やぁ、遅かったじゃないか」


「うぉわぁっ!?」


 部屋の電気が点くのと同時に、目の前に来夢が姿を見せる。

 コイツ、ずっと俺の目の前にいたのか!?


「びっくりさせるなよ」


「クク……すまなかったねぇ」


 来夢はニヤりと笑い、テーブルの前に腰を下ろした。

 ん? よく見ると……来夢の目が少し赤い。

 それに、なんだか泣き腫らしたような痕も……


「なんだ来夢。俺がいない間に、泣ける映画でも見ていたのか?」


「……まぁ、ある意味ではそうかもしれないねぇ」


「へぇ、どんな映画なんだ?」


「そうだね。主人公の事が大好きで堪らない幼馴染が、急に現れたぽっと出のお嬢様に主人公を奪われる悲恋な物語さ」


「なんだそりゃ。ちょっと胸糞だな」


「ああ、本当にねぇ。どうしてラブストーリーというのは、順当な相手と結ばれないのだろうか。ボクは常々、疑問に思えてならないよ」


 唇を尖らせ、不満げに呟く来夢。

 こりゃあ、相当機嫌が悪そうだ。


「……ところで、主人公君」


「ん? なんだその呼び方?」


「随分と帰りが遅かったじゃないか。ファミレスで君は4時間も過ごしていたのかい?」


「いいや。食事を終えた後は、公園でミスティお姉ちゃんと……」


「ミスティ、お姉ちゃん?」


「あー……その、なんだ。色々と話していたら、気に入って貰えたみたいでさ。これからは自分をお姉ちゃんのように思ってくれって言われて」


「ククク……これはこれは。ボクの予想を遥かに越える展開だねぇ」


 そりゃあこんな事になるなんて、誰にも予想できないわな。

 当の俺だって未だに驚いているくらいだし。


「……本当に使えないなぁ、あの姉妹達は」


 そしてまた、来夢がボソボソモードに入る。

 耳掃除はして貰ったけど、そんなに声が小さいと聞こえるわけが無いって。


「まぁ何にしても、良いアルバイトをいっぱい教えて貰ったよ。後はその中から決めるだけだな」


「ふーん? それは良かったねぇ」


「ああ。ミスティお姉ちゃんは、頼りになるよ」


「…………」


 今にして思えば、この時の俺は馬鹿だった。

 来夢の気持ちも知らず、彼女の想いにも気付かず。

 少しずつ、彼女を追い詰めてしまっていた。

 もしも俺が、もっと早く……来夢の好意を自覚していれば。

 あんな事には、ならなかったのだろう。


【晴波家】


「びぇぇぁぁあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ! 晴人が取られちゃったぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!」


「どうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうして? 晴くんのお姉ちゃんは私なのに私なのに私なのに私なのに私なのに私なのに私なのに私なのに私なのに私なのに私なのに」


 騒ぎすぎてファミレスを叩き出された後、逃げるように帰宅した晴波家の四姉妹。

 その内、長女と次女の精神は……もはや崩壊寸前となっていた。


「雷火姉も雪菜姉も、壊れちゃった」


「あーあ。結局、あの女との密会を邪魔出来なかったじゃん」


 一方、大したダメージを受けていない三女と四女。

 彼女達は呆れた様子で、騒ぎ続ける2人の姉を見つめていた。


「それにしても、あのミスティって泥棒猫さん。中々侮れないにゃー」


「うん。ちょっと、手強そう……というか。どこか、私達と同じ匂いを感じた」


「これは邪魔者を排除に行くより、まっすぐ攻め込んだ方が良さげかも?」


「美雲、どうするつもりなの?」


「そりゃあ、やっぱり……こうなったらもう……ネ?」


 ペロリと、赤い舌で唇を舐めて、四姉妹の末っ子は笑う。

 その幼い瞳には間違いなく、妖艶なメスの色が浮かび上がっていた。


【ミスティのアパート】


「はぁー……! やっちまいましたわっ!」


 晴人と別れた後。

家に帰宅したミスティは枕を抱きしめながら、ゴロゴロとベッドの上で悶えていた。


「あんな風に抱きしめて! 手も握って! きゃぁーっ! ワタクシってば、どれだけ破廉恥ガールですの!」


 彼の前ではクールで頼りになるお姉さんでいようと思っていた。

 それなのに、我を忘れてあんな風に乱れるとは。

 自分の醜態を思い出し、ミスティはただひたすら顔を赤らめていく。


「……だって、一目惚れでしたの」


 ミスティは思い出す。

 コンビニで初めて会った時から、彼女は彼の事が気になっていた。


「最初に好きになったのは……あの声」


 自己紹介された時。

 まるで、父親に抱きしめられているかのような安心感を覚えた。


「それから背中と……綺麗に整えられた指先」


 一見すると頼りなく見える雰囲気だが、その背中はなぜか頼もしく見える。

 その一方、細い指は爪も綺麗に切り添えられていた。


「時々、何か考え込んだように黙り込んで俯く部分も……」


 実際にはパニックになった脳を整理するべく、思考を落ち着けているだけなのだが。

 ミスティには、物思いに耽っている……カッコいい姿に見えていた。


「あああああ……! 愛おしいですわ……!」


 彼と再び、ラーメン屋で出会えた時はとても嬉しかった。

 コンビニの一件の夜は、もう二度と彼に会えないのではないかと涙を流したものだ。

 だから、ラーメン屋で再会して。

 彼に連絡先を聞かれた時、彼女は内心で小躍りしていたほどだ。


「……でも、彼にあんな事情があったなんて」


 姉妹達の話を聞いた時は、腸が煮えくり返る思いだった。

 仮にも家族でありながら、あの優しい彼をあそこまで苦しめて、追い詰めて。

 そんな事は許されない。許さない。許してはおかない。

 だから彼女は宣言した。自分こそが、彼のお姉ちゃんになると。

 これからは自分が、彼の家族になるのだと。


「晴人君……アナタだけは必ず、ワタクシが幸せにしてみせますわ」


 スマホの電源を点ける。

 その待受画面には公園で、彼にワガママを言って撮影したツーショット写真が映し出されている。

 ミスティに抱きつかれ、顔を赤くして照れながらも微笑む晴人。

 その顔に、ミスティは自分の唇を近付け……ちゅっと口付けを行う。


「おやすみなさい、晴人君」


 夜は更けていく。

 晴波晴人を愛する女達の、様々な思惑を――深い闇の底に沈めながら。

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