第11話:コンビニでアルバイトしてみよう!

 求人雑誌を読み、自分でもやれそうなアルバイトを探す。

 言葉にすると簡単そうに思えるが、これが案外難しいもので。

 希望シフトの時間帯。時給。交通費。福利厚生。

 考えだしたら、とてもキリがないように思える。


「これからよろしくお願いします!」


「はい。よろしくね、晴波君」


 悩みに悩んだ挙げ句、俺がアルバイト先に選んだのはコンビニだった。

 たまたま俺と来夢のアパートの近くに求人を出しているコンビニがあったので、早速応募してみたのだが。

 二つ返事で採用され、早速研修を始める事となった。


「アルバイトは初めてらしいけど、先輩を頼って色々と教わってくれ」


「はい!」


 40代くらいのメガネを掛けた店長が、俺の肩を叩く。

 俺はその期待に応えるべく、これから頑張ろうと決意を固める。


「じゃあ、君の教育担当は……彼女にお願いしようかな」


「彼女……?」


 そう言われて、俺は店長が見つめる方向に視線を向ける。

 するとそこには、一人の女性が立っていた。


「いらっしゃいませー、ですわー」


 俺や店長と同じ、コンビニの制服を身に着けている……のだが。

 その髪型はまるでファンタジーに出てくるお姫様のような金髪ロング。

それをうなじの辺りで、二本の束にしてまとめていた。


「わぁ……」


 しかもその顔立ちの――なんと綺麗な事か。

 あの姉妹達は勿論、来夢と比較してもなお、まるで引けを取らない美貌を持つ女性が……眩しい笑顔で接客をしている。


「ミスティさん、ちょっといいかい?」


「あら、店長。どうかしまして?」


「新人の子が入ったんだ。面倒を見て貰えるかい?」


 店長はその綺麗な女性に、俺を紹介してくれた。

 彼女はチラリと俺を見ると、また店長に視線を戻した。


「随分と若いですわね?」


「色々と事情があるみたいだよ。とにかく、よろしく頼むよ」


 そう言い残して、店長は事務所の方へと引き下がっていく。

 そしてレジカウンター内には、俺とミスティさんだけが残される。


「え、えっと。晴波晴人です。よろしくお願いします!」


「晴波……?」


「あの? 何か?」


「いえ、なんでもありませんわ。ワタクシはミスティ・クラウディウスと申しますの」


「クラウディウス……?」


 なんか、どこかで聞いた事あるような?

 いや、気のせいか?


「どうかしまして?」


「あ、いや。なんでもないです」


「……」


「……」


 なぜかお互いに、互いの名前に妙な引っかかりを覚えたらしい。

 もしかすると、昔どこかで会った事でもあるのだろうか?


「……では早速、色々と教えて行きますわよ。コンビニのアルバイトは簡単なように見えて、意外と奥が深いんですの」


「そうなんですね。俺、頑張ります!」


 こうして俺は、ミスティさんにコンビニバイトのいろはを教わる事となった。

 といっても、いきなり全部を覚えられるわけがないので、まずはレジ打ちから。

 分からない事があればすぐにミスティさんを呼ぶという形で、仕事を始める。


「いらっしゃいませー!」


「あら、元気がいいですわね。笑顔も自然な感じで……良くってよ!」


「ありがとうございます!」


 ミスティさんは綺麗で優しいし、こうして仕事ぶりを褒めてくれる。

 仕事内容はまだまだ覚える事が多いけど、それはそれで楽しい。

 俺、この場所をアルバイト先に選んで良かった……!







 と、思っていられたのも――ほんの数十分だけ。


「…………ふーん? ここがアイツのバイト先かぁ」


「え?」


 自動ドアが開き、来店メロディが鳴り響く。

 それに合わせて俺もミスティさんも、お出迎えの挨拶をしようと視線を向ける。


「いらっしゃいませ、ですわー」


 ミスティさんはいつもと同じように、素晴らしい挨拶を行う。

 だが、俺はドアの方を向いたまま硬直してしまう。

 なぜなら、そこにいたお客は――


「あらあらあら。こんな場所で会うなんて、凄い偶然ねー(棒)」


「……雷火」


 俺の姉だった、晴波家の次女……雷火。

 顔も見たくない相手が、そこにいた。


「晴波君。どうしましたの?」


「あっ、え?」


「今の女の人、アナタの知り合いなのかしら?」


「いえ、他人です」


「ほぁぁぁぁっ!?」


 俺が即答するのと同時に、雷火がズッテェーンとその場でずっこける。

 そして近くにあった棚のカップ麺が何個も雷火の頭上に降り注ぐ。


「お、お客様!?」


「うぐぐぐっ……!」


 すかさずミスティさんが駆け寄り、雷火を助け起こす。

 その間もずっと、雷火は俺をじぃーっと睨むように見つめてきていた。


「ごめんなさい。弁償すればいいかしら?」


「いいえ、これくらいどうという事はありませんわ。お客様に怪我が無くて、本当に良かったですの」


「いいえ、そういうわけにもいかないわ。全部買わせて」


 そう答えた雷火は落ちたカップ麺を集めて、それを全てカゴに入れていく。

 その間もずっと、顔だけはこちらを向いている。

 レジカウンター内の俺が横に動けば、それに合わせて雷火の首も動く。

 俺がしゃがんでレジカウンターの下に隠れると、雷火は背伸びをして俺を覗き込もうとしてくる。


「……晴波君? 何をしているんですの?」


「へぁっ!?」


「ふざけていないで、ちゃんと立っていないと駄目じゃありませんの」


「す、すみません」


「ワタクシはごっそり減ったカップ麺の在庫をバックヤードから取ってきますわ。それまで、レジをお願いしますわよ」


「はい!」


 くそっ! 雷火のせいで怒られてしまったじゃないか。

 別にふざけてなんかいなかったのに。


「フ、フフフ……」


「(雷火の奴、笑ってやがる……!)」


 俺が怒られている姿が、そんなに面白いのかよ。

 アイツ……許せねぇ!


「(やっぱり生で見る晴人はカッコいい……えへへへっ)」


 してやったりというニヤけ顔で、雷火は店内の物色を始める。

 お菓子のコーナーや、デザートの辺りを重点的に見ているようだが……


「おいっ、そこのわけぇの!」


「は、はい?」


「タバコだよ、タバコ! 早くしろよ!」


 しまった。雷火に気を取られて、レジにお客さんが並んでいるのに気付かなかった。


「えっと、どちらの銘柄でしょうか?」


「あ? 俺はこの店の常連だぞ! 客の吸うタバコの銘柄くらい覚えておけ!」


「申し訳ございません。まだ入ったばかりで……」


「そんなの知るか! この店はどういう教育してんだ? あぁっ!?」


 50代くらいの男性客は、俺の言葉にまるで耳を傾けず、怒り心頭の様子で怒鳴り散らしてくる。

 これは今の俺のスキルじゃどうしようもない。

 しかし、ミスティさんはバックヤードだし……


「てめぇみたいな若造は、働いて金を稼ぐ苦労も知らねぇんだろ? 俺が若い頃はな、そりゃあ……ぐべぇぁっ!?」


 俺が困っていると、不意に男性客の顔面にバコーンと何かが直撃する。

 よく見るとそれは……カップ麺だった。


「誰に断り無く……アタシの可愛い晴人にイチャモンつけてんのよ!」


 振り返ると、そこには恐ろしい表情で拳をバキボキと鳴らしている雷火の姿があった。

 どうやら、俺が因縁を付けられるのを見ていたようだ。


「な、なんだぁ!?」


「良い歳して、若者を虐めて楽しいわけ? つーか、アンタみたいな奴をなんて言うか知ってる? 老害って言うのよ、このハゲ!」


「このクソアマ! ふざけてんじゃねぇぞ!」


 雷火の言葉にキレた男性客が、近くにあった売り物の傘を手に取る。

 そしてそれを振り上げ、雷火の方へと突進していく。


「近寄るんじゃないわよ! 気色悪い!」


「うぎゃあっ!? ぐぼぇ……!」


 しかし、男性客の一撃はあっさりと回避され。

 そのカウンターとして雷火の膝蹴りが、男性客の鳩尾に突き刺さる。


「あがっ……がぁっ……」


「これに懲りたら、二度とアタシの晴人に手を出すんじゃないわよ? じゃないと……次は本気で殺すわよ?」


「ひぃぃぃぃっ!?」


 苦痛に呻く男性客を冷たい目で見下ろし、吐き捨てるように呟く雷火。

 男性客はコクコクと何度も頷くと、床を這いずるようにして店の外へと逃げていった。


「……はーるとっ♪」


「っ!?」

 

 雷火は次に、カウンターにいる俺の方に近付いてくる。

 そして、もじもじと後ろ手を組みながら……まるで、恋に恥じらう乙女のような仕草で、彼女は甘ったるい声を漏らす。


「晴人ぉ、アタシ……頑張ったよ? だから、ね? ご褒美……欲しいなぁ」


「お前、ラリってんのか?」


 意味が分からなすぎて、俺は思わず辛辣な言葉を返してしまう。

 すると、雷火の表情はみるみる泣き顔へと変わっていき。


「ふぐぅっ……ひどい。アタシ、晴人の為にぃ……ひっく、ぐすんっ、うぇぇぇぇぇ!」


 まるで子供のように泣きじゃくり始めた。


「……これは、どういう事ですの?」


 そしてそのタイミングで、騒ぎを聞きつけたミスティさんが戻ってくる。

 さらに続けて、事務所から店長も……苦い顔で出てきた。


「あー……晴波君。店の商品が散らかっている理由。常連さんが泣きながら店を飛び出した理由。そして、お客の女の子が泣いている理由を……説明してくれるかな?」


「あ、あははは……これは、その」


 乾いた笑いを浮かべながら、俺は思う。

 事情をちゃんと説明すれば、クビになるような事は無いだろう。


「うぇあぁぁぁぁぁぁぁぁんっ! 晴人のばかぁぁぁぁぁぁっ! でもあいしるのぉぉぉぉおぉぉぉぉぉっ!」


「はぁ……マジでなんなんだよ、ちくしょう」


 だけど、これだけの騒ぎを起こしてしまった以上。

 あまりの気まずさに、もはやここで働く事は……できそうにないと。

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