第10話:嵐の前のほのぼの


「ところで、晴人。君に伝えなければいけない事があるんだ」


「うん? 急に改まって、どうしたんだ?」


 昼食を食べ終わり、食後の遊びとして2人並んで対戦ゲームをしていると。

 来夢がコントローラーを床に置いて、話を切り出してきた。

 そのせいで画面上では来夢の操作していたキャラが残機1の状態で、ステージの隅で立ち尽くしている。

 ちなみに対戦している俺が使うキャラの残機は9である。


「君が隣の部屋を借りる件について、叔父さんに頼んできたんだが……」


「ああ、そういえばそうだったな。どうだった?」


「許可は貰えたよ。しかし、ちょっと面倒な事になってね」


「面倒?」


「実は隣の部屋、少々傷んでいるようでね。近々、改装工事を入れる予定だったらしい」


「あ、そうなのか」


「うん。だから申し訳ないんだが、それが終わるまでの間は……ボクの部屋で一緒に暮らしてもらう、というのはどうかな?」


「え?」


「ククク……無論。君が嫌だというのなら、無理強いはしないがねぇ」


 そう続けながら、来夢はしれっとゲーム機の電源を落とす。

 くそっ、もう少しでパーフェクトゲームだったのに……!


「嫌なわけないだろ。むしろ、お前の方が嫌じゃないのか? それに、大家の叔父さんや……お前の両親とか」


 女の子の一人暮らしに、友人とはいえ男が転がり込むなんて、普通の両親なら心配するに決まっている。


「何を今更。それとも君は、ボクと一つ屋根の下で暮らしていたら、欲情を抑えきれずに襲いかかってくるとでも?」


「……」


「……その間はなんだい?」


「いや、正直に言うと……絶対とは言えないよ。さっきも、エプロン姿のお前をすげぇ可愛いって思ったし」


「おやおや、これはこれは。まさか君から、そんな言葉が聞けるなんてねぇ。これは急いで、コンビニで避妊具を購入する必要があるのかな?」


「冗談キツイぜ。いくら俺でも、そんなすぐにお前をどうこうするかよ」


「(えっ? じゃあ……いつかはシテくれるの?)」


「……来夢?」


「ククッ……全く君は。本当にからかい甲斐のある男だねぇ」


 来夢はパタパタと手で顔を仰ぎながら、ニヤリと悪人のような笑みを浮かべる。


「君が本能のままに女性をレイプするようなケダモノではない事を、ボクも、ボクの両親も理解しているよ。だから安心して、しばらくはここで暮らしたまえ」


「ああ。ありがとう。やっぱり、持つべきものは親友だな!」


「……いずれ同棲した時の予行練習みたいなものだしねぇ」


「ん? 今、何か言ったか?」


「いいや、なんでもないさ」


 よく分からんが、来夢と一緒に暮らせるのは嬉しい。

 高校生活が始まるまでには、隣の部屋の改装も終わるだろうし。

 春休みの間は、来夢と楽しく遊んで過ごせそうだ。


「ボクからの連絡は以上だが、君の方からは何かあるかい?」


「えーっと、そうだな。実はちょっと、考えている事があって」


「考えている事?」


「アルバイトを始めようと思うんだ。ほら、高校生で一人暮らしをする以上、せめて家賃くらいは自分で稼がないとさ」


 ある程度の仕送りはしてくれると父さんが言っていたが、流石にそれに頼り切るのも悪いからな。


「偉いじゃないか。あれほどお金持ちの家なら、わざわざそんな必要は無いだろうに」


「あー……確かに爺さんと、5人の婆さんはとんでもねぇ金持ちだな。今は隠居して、どっかのプライベートアイランドで楽しく余生を過ごしているらしいけど」


「フフフ、君と結婚すればその財産の何割かが転がり込むというわけか」


「どうだろうな。うちの父さんの性格上、そんなものは要らん。自分の稼ぎだけで家族を養う! とか言い出しそうだし」


「そうか。君と結婚する理由が一つ失われてしまって悲しいよ(まぁ、そんなものが無くても、ボクは君と結婚したくて堪らないわけだが)」


「あはははっ、残念だったな!」


「(冗談だとでも思っているのかい? 全く、君の鈍感さには毎度毎度呆れるよ……でもしゅき。しゅきしゅきしゅき」


 まぁ何にしても、父さんや爺さんの金だけで一人暮らしというわけにもいかない。

 それに、アルバイトというものにちょっとした憧れもある。


「アルバイト先はもう決めているのかい?」


「ああ。とりあえず求人雑誌でも見て、高校生でもオッケーな場所を探すよ」


「ボクも応援しているよ。せいぜい、いっぱい稼いでくれたまえ。そしてボクに美味しいスイーツをご馳走するといい」


「相変わらず、ちゃっかりしてんな」


「その分、君のお世話は任せてくれたまえよ。ボクがどれだけ、素晴らしいお嫁さんになるのか。まだまだアピールは続けていくつもりさ」


「もう十分、最高のお嫁さんになれると思うけどなぁ」


「え? じゃあ結婚しよ」


「ん?」


「……おっと、いけない。ククク、まだそれは流石に早すぎるよ」


「???」


「ステップアップ。全てはステップアップが大事なのさ」


 左胸をぎゅっと鷲掴みにし、来夢は苦しそうに囁く。

 親友よ。この歳で動悸が激しいなんて、ちょっぴり心配になるぞ。


「(君と付き合うと考えただけでも、ボクの心臓は爆発してしまいそうさ。ああ、ボクはいつになったら……君にこの想いを伝えられるのかな?)」


 来夢の心の声など、当然俺が知る由も無く。

 挙動不審気味な来夢を心配し、俺は一日中……ちっとも落ち着かないのであった。




【一方その頃 晴波家】



『そういうわけで、晴人の奴は一人暮らしをするそうだ! しかもアルバイトも始めるとか言い出してな! いやぁ、流石は俺の息子だ! ハハハハハハッ!』


「そう、ありがとう。じゃあね、お父さん」


 愛しい弟の所在を確認するべく、父親に連絡を取っていた雪菜。

 暑苦しい父との電話は面倒だったが、それに見合うだけの情報は手に入れた。


「……晴くん、一人暮らしを始めるみたいね」


「はぁ? 晴人が一人暮らしだなんて……そんなの、危険だわ!」


「感じる。晴人兄の近くに、泥棒猫の匂い」


「にゃーん? にぃにぃの傍には、みぃという可愛い猫だけがいればいいにゃーん」


 雪菜が情報を共有すると、他の姉妹達が一斉に目の色を変える。

 あれほど魅力的で、最高過ぎる男子(四姉妹+来夢視点)が一人暮らしなど、襲ってくださいと言っているようなもの(変態姉妹特有の被害妄想)だ。

 これは見過ごせないと、彼女達は息巻く。


「しかもアルバイトだなんて……ああっ! 晴くん! アナタはそんな事なんてしなくてもいいのにっ!」


「そうよ。レジ打ちなんてしたら、一日に何人の女の手に触れるか分かったもんじゃないわよ! ああああああっ! 汚らわしいぃぃぃぃっ!」


「晴人兄は料理上手だから、どこかの厨房とかで働くかも?」


「はぁぁぁあ? にぃにぃの手料理を食べていいのはみぃ達だけでしょ!?」


 晴人がどこでアルバイトをするのか。

 勝手な妄想を繰り広げ、怒りと苛立ちを募らせていく、どうしようもない姉妹達。


「……守護らなきゃ」


「ええ。晴人にどれだけ嫌われていたって、関係ないわ」


「私達は、晴人兄が大好きだから」


「にぃにぃが変な女に引っかからないようにしないとにゃー」


 そんな戯言をほざき、変な女の筆頭候補達は笑い合う。

 その外見だけ見れば、絶世の美少女四姉妹達による仲睦まじい光景なのだが……


「みんな! なんとしても! 晴くんを取り戻してみせるのよー!」


「「「おーっ!」」」


 現実とは、なんとも非情なものである。

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