第6話:末っ子メスガキを分からせる

 俺のパンツを片手に特攻してきた雷火を回避し、昔の自室に向かう。

 他の姉妹にも遭遇するかと身構えもしたのが、意外にも誰とも会わずに、俺は自室の前へと到着する事が出来た。


「……」


 ガチャリとドアを開く。

 他の姉妹の部屋には鍵が付いているのだが、俺の部屋には無い。

 何故なら過去に雷火が


~~「晴人は部屋に鍵を掛ける必要なんて無いでしょ?」~~


 と言って、俺の部屋の鍵を壊してしまったのだ。

 それ以来というもの、姉妹は勝手に俺の部屋に入ったり、入り浸ったりして、好き放題にやっていた。

 過去にベッドの下にエロ本を隠されて、それを俺の物だと言われた事もあったな。

 雨瑠と美雲が俺を変態扱いして、数日間はキモいだの死ねだと言われ続けた。


「……チッ」


 ああ、駄目だ。思い出すだけでもイライラする。

 俺はもう深く考えないようにしつつ、部屋の中へと足を進めた。


「……さて、荷物をまとめますか」


 昨日は一刻も早く家を出る為に、本当に最低限の物しか運ばなかったからな。

 他にもいろいろな大事な物を旅行カバンにまとめよう。


「……この服は要らないな。こっちはいるか。あー、高校で使う制服ともあるんだっけ」 


 15年近くも過ごしてきた部屋だけあって、それなりに荷物は多い。

 こりゃあ今回だけじゃ運びきれそうにないし、また何度か足を運ぶ事になるかもな。


「……んっ?」


 ある程度荷物をまとめて、一旦休憩でもしようかと思ったその時。

 俺は背後のベッドから、妙な気配を感じた。


「……」


 振り返ってみると、俺のベッドの布団の中がぽっこりと膨らんでいた。

 そう。まるで、今朝の来夢のように。


「……?」


 俺は気になって、ベッドの上の布団をバッと剥ぎ取ってみる。

 すると、その中には……


「にゃぁ……にぃにぃ……」


「美雲?」


 そこにいたのは、末の妹の美雲だった。

 まるでコタツの中にいる猫のように丸まり、幸せそうな顔でスリスリとベッドのシーツに顔を擦りつけている。


「……にゃ?」


 パチリと目を開けた美雲が、俺の顔を見上げてくる。

 そしてすぐに、美雲はハッとしたように起き上がった。


「にぃにぃ!? 帰ってきたの!?」


「……にぃにぃ、だと?」


 聞き慣れない呼び方に、俺は強烈な違和感を覚える。

 今まではクソ兄貴だの変態兄貴だとか呼んでいたくせに、どういう風の吹き回しだ?


「あ、あのね? その、えっと……ご、ごめんなさいっ!」


「は?」


 そして今度はいきなり、ペコリと頭を下げて謝罪の言葉を口にする美雲。

 ますます意味が分からない。


「どういうつもりだ?」


「……みぃ、今までいっぱいっぱい、にぃにぃに酷い事してきたよね? その事をちゃんと謝っておきたいの!」


「……はぁ?」


「ひぃぅっ!?」


 今度の「は?」は、さっきよりも語気を強めて口にする。

 ああ、駄目だ。やばい、どんどん怒りがこみ上げてくる。


「お前、急に何を言ってんだ?」


「怒られて当然だよね。でも、みぃは本当に……にぃにぃに、許して欲しくて。だから、いっぱいいっぱい! 謝ろうって決めたの! ごめんなさいっ!」


 またしても、美雲は頭をベッドに擦り付けるようにして謝罪を口にする。

 小学5年生の女の子に、ここまでさせるなんて。

 傍から見ている人は、そんな風に思うかも知れないな。


「……本当に、悪いと思ってるのか?」


「うんっ! 意地悪な事ばかり言ってごめんなさい。痛い事もしちゃってごめんなさい。にぃにぃの持ち物を勝手に持ち出してごめんなさい。にぃにぃの悪い噂を色んなところに流してごめんなさい」


 そんな事までしていやがったのか。

 と思うのが一つと……それと、もう一つ大事な事がある。


「ふーん? 反省しているのか?」


「してるよ! にぃにぃに許してもらう為なら、みぃはなんだってするから!」


「なんでも? へぇー……ふーん?」


「そ、その……まだ、みぃは子供で、ひんそーでちんちくりんだけど。大きくなったら、いっぱい……えっちな事だって、シテあげられるよ?」


 そう言って美雲は、着ている服を微かにはだけさせる。

 小学生とはいえ、将来性抜群の美少女。

 それに同年代の女の子よりは遥かに発育した体。

 そういう趣味の方が見れば、そりゃあもう嬉しいのだろうが。


「……ふざけんなよ、お前」


「え?」


「またそうやって、俺をハメるつもりか?」


 怒りに燃える俺には、そんな色仕掛けは通用しない。

 俺は有無を言わさず、美雲の首を右手で掴む。


「あぐっ……!?」


「お前さ、二年前の事……忘れたとは言わせねぇぞ?」


「に、ねん……ま、え?」


 二年前。

 それは、美雲がまだ俺に嫌がらせをして来なかった頃の話だ。


「あの時、お前は俺と一緒に買い物に行きたいって言い出して。俺はそれに付き合って、隣町の商店街に向かった」


「……く、くるしいよ……にぃにぃ……!」


「そうしたらさ。通りかかったおばさんが、可愛い兄妹ねー、なんて言ってきてさ。そうしたらお前、そのおばさんになんて答えたよ?」


「……お、覚えて……」


「なんつったよっ!? ああっ!?」


「ひぃうっ!?」


 その時、美雲は通りすがりのおばさんにこう答えた。


~~「みぃはこの人の恋人だよ? えっちなことも沢山して貰ったもん! 処女だって捧げたんだもんね!」~~


「お前がふざけた事を言ったせいで、俺は警察に通報されて補導されたんだよ。小学生の女の子に手を出した変態扱いされてな!」


 母さんはとっくに死んでいて、父さんは仕事で日本にいなかった。

 親戚の叔父さんが迎えに来るまで、俺はずっと警察で犯罪者だと疑われ続けていたんだ。

 美雲の吐いた嘘のせいで。


「ちがっ……! みぃ、は……にぃにぃと、恋人だと、思われ……たく、て……!」


「また今回も、そうやって俺を騙すつもりだったのか? 二度と騙されるかよ」


「げほっ! げほげほげほっ! はぁっ、はぁっ……!」


 俺は美雲の首から手を離す。

 しばらく呼吸出来なかったせいか、美雲の顔は真っ赤になっている。


「ごべんなじゃいっ……! にぃにぃ、ごべんなじゃい……!」


 泣きながら美雲が、震える手を俺に伸ばしてくる。

 涙と鼻水でぐちゃぐちゃの顔。

 こりゃあ名女優だ。将来は連続ドラマの主演でもやってるかもな。


「近寄るなよ、汚ねぇな」


 俺はその手をバチンッと弾いて払いのける。


「じゃあな。俺はお前の顔なんか、もう二度と見たくねぇんだよ」


「まってぇっ! にぃにぃっ……!」


 そう宣言して、俺は布団を美雲の上に被せる。

 それから、さっきまとめた旅行カバンを手に取り、そのまま部屋を出る事にした。

 今日はもうこれで十分だ。

残りの荷物はまた今度にしよう。


「ぶぇぁぁぁぁぁぁっ! やだやだやだぁぁぁぁぁぁっ! にぃにぃーっ! ゆるしてよぉぉぉぉぉ! わぁぁぁぁぁぁぁんっ!」


 布団の中から、駄々っ子のように泣きじゃくる美雲の声が聞こえてくる。

 しかし俺はそれに一切気を取られる事なく部屋を出ると、バタンと扉を閉めるのだった。

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