第5話:意地悪な次女はパンツの夢を見るか?


「……そういうわけだから。うん、父さんには迷惑を掛けるけど」


 俺が来夢の家に泊まった翌朝。

 俺は早い時間から、父さんに電話を掛けていた。


『家を出て一人暮らしか! ハハハハハッ! いいだろう! 男子たるもの、そろそろ自立せんとな!』


「ありがとう。じゃあ、色々と決まったら連絡するよ」


 俺はそこで通話を切る。

 これでなんとか、父さんからは一人暮らしの許可を貰えた。


「んぅ……? 晴人……?」


「おはよう、来夢。起こしちゃって、悪いな」


 電話を切って振り向くと、布団の中から顔だけを出している来夢と視線が合う。

 彼女はまだ寝ぼけているのか、しばらくボーッとしていたようだが。

 次第にその顔はどんどん赤らんでいき……


「み、見るんじゃないっ!」


 ガバッと布団の中に潜り込んでしまった。


「どうした?」


「どうしたもこうしたもあるか。純情な乙女の寝起き顔をまじまじと見つめるなんて、あんまりじゃないか」


「俺はそういうの、あんまり気にしないけどな」


「……」


「だって、来夢はいつも綺麗だしさ。特に寝顔が可愛かったぞ」


「……っ!」


 俺が本心からの言葉を伝えると、布団の中がビクンッと激しく動く。

 そして、ほんの少しの沈黙の後……


「これは思わぬチャンスと浮かれていたんだが、ふむ。これではどちらが攻略しようとしているのか分からないものだねぇ……ククク」


「来夢?」


「いいや、なんでもないよ。それよりも晴人、今日の予定はどうする?」


「そうだな。色々な荷物を家に取りに行こうかと思っていたけど」


「了解した。ではその間に、叔父さんには話を通しておくよ。君が取ってきた荷物を、すぐに隣の部屋へと運べるようにね」


「それはありがたいな。これで今夜からは、そっちの部屋で寝泊まり出来そうだ」


 夢にまで見た一人暮らし生活までもう少し。

 そう思うと、胸の奥がドキドキしてくる。


「……ボクとしては、もう少しこっちで生活して貰いたかったんだけどねぇ。ククッ、この甘美な生活に身を置いておくと、ボクまで狂ってしまいそうだ」


「?」


「ちょっとずつ慣れていかないとねぇ。何事も準備が必要というわけさ」


「何を言っているのかよく分からんが、とりあえず朝飯を作るから。それが出来るまでには起きてこいよ」


 俺はそう告げて、台所へと向かう。

 冷蔵庫の中身は好きに使っていいと事前に言われているので、お言葉に甘えるとしよう。


「……ふぅ、やれやれ。彼の姉妹達が狂うのも頷けるよ」


 俺が料理に夢中になっている間。

 俺の見えないところで、来夢が布団の中から出てくる。


「たった一言で……ボクの顔を、こんなにもだらしなくしてしまうなんてねぇ」


 卓上のスタンドミラーを一瞥し、そこに映る自分の顔を見て苦笑する来夢。

 普段のクールな態度からは想像も付かない程に、浮かれきった笑み。

 誰もが見惚れるであろう、可愛らしい笑顔の映る鏡を倒して……来夢は呟く。


「こういうのは、ボクのキャラじゃないのさ」


 ペチペチと頬を叩き、来夢は自分の顔を元の表情へと戻す。

 そして、いつもと同じニヤリという不敵な笑みを口元に浮かべると。


「そうそう、晴人。納豆にはネギを入れてくれたまえよー?」


 とても楽しそうな声色で、俺の背中にしがみついてくるのだった。


【一時間後 晴波家前】


 来夢の家で朝食を済ませた後、俺は忌まわしい元我が家へと帰ってきていた。


「……はぁ」


 一晩経っても、あの姉妹達への怒りは消えていない。

 あいつらの顔を見たら、俺はあの時のように怒りに任せた言動を取ってしまうに違いなかった。

 いくら憎らしい奴が相手とはいえ、あんまりああいう態度は取りたくないんだよな。


「ええい! なるようになれ、だ!」


 俺は意を決し、玄関の扉を開く。

 さっさと荷物を取って、こんな場所とはおさらば――


「あっ」


「あっ」

 

 玄関の扉を開いて、中へ入った瞬間。

 ちょうど階段から降りてきた雷火と目が合った。


「は、晴人……?」


 雷火は信じられないものを見たと言った様子で、俺を見ている。

 しかし逆に俺の視線は雷火ではなく……雷火が手に持っている物体へと注がれていた。

 アレは……俺のパンツ、だよな?


「あー……また幻覚ね。昨日からもうこれで何度目って話よ」


 雷火はそう呟くと、階段を降りてきて……その手に持っていた俺のパンツを自分の頭へと運ぶ。

 そして、俺が声を発するよりも先に――そのパンツをズボッと頭に被った。


「は?」


「すぅ……はぁ……! あぁ~生き返るわぁ」


 目の前で義理の姉が、俺のパンツを被って深呼吸を始めている。

 その異常事態に脳内はパニック寸前であったが……グッと堪えて、俺は訊ねる。


「おい、何をしているんだ?」


「……ふぇ?」


 パンツ覆面がぐるりとこちらへ振り向く。

 顔はパンツで隠れているが、そのスタイルはグラビアアイドル顔負けである為に……なんともいえないエロさを振り撒いている。

 いや、別にコイツに対して欲情なんてしねぇんだけどさ。


「……この声、晴人?」


「ああ」


「晴人? 本物の……晴人? 幻覚じゃない晴人? 昨日アタシが何度も抱き着いた柱じゃなくて? 冷蔵庫じゃなくて? 洗濯機じゃなくて?」


「お前は何を言っているんだ?」


 理解に苦しむ戯言を呟く雷火。

 その異様な雰囲気に俺が面食らっていると、雷火はスルスルと頭のパンツを脱ぐ。


「晴人……晴人だぁ……!」


 パンツの覆面を脱いだその下には、涙に濡れた雷火の顔があった。

 そして彼女はそのまま両手を広げ、俺に向かって駆け寄ってくる。


「晴人ぉーっ! だぁいす……」


「こわっ!?」


「ぎぃっ!?」


 俺はそんな彼女の突進を紙一重で回避する。

 そして雷火はそのまま、玄関の扉に顔面をぶつけてしまった。


「ふぎゅ……!」


 ズルズルと、その場で崩れ落ちていく雷火。

 今はうつ伏せの体勢で、ケツだけを突き上げるような格好になっているので……その、スカートからパンツが丸見えになっている。


「……なんなんだよ、いきなり」


 何が起きているのか理解不能だが、とりあえず雷火はこれでノックダウン。

 家の中だから心配は無いと思うが、一応の気遣いとして俺は上着を雷火のケツに被らせてやると、そのまま自室のある二階へと向かった。

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