第2話:今明かされる衝撃の真実

「……」


 もう、俺の精神は限界だったのかもしれない。

 毎日毎日、実の姉妹に虐められ続ける日々。

 どれだけ仲良くやろうとしても、受け入れてもらえない環境。

 このまま彼女達と一緒に暮らしていければ、間違いなく俺は壊れてしまうだろう。


「……う、うぅ」


 悔しくて、悲しくて、切なくて。俺はとうとう涙をこぼしてしまう。

 と、ちょうどその時だった。


 ピンポーン。


「インターホン? こんな時間に誰かしら?」


 ガチャッ。


「あら、中に入ってきたみたいねぇ。そうなると……」


「もしかして、お父様?」


「うっそ! 今はアメリカにいる筈じゃないの!?」


 インターホンを鳴らし、家に入ってきた人物の存在にざわめき立つ姉妹達。

 彼女達の予想は当たっていたようで、すぐにリビングに……俺達の良く見知った一人の男性が姿を現した。


「やぁ、俺の可愛い子供達! パパのお帰りだぞー!」


「父さん……」


 両手を広げ、笑顔で帰宅した父さんの姿を見て……俺は泣きそうになる。

 数年前に母さんが他界し、男手一つで俺達を育ててくれた父さん。

 今は海外出張で家を空けてばかりだが、家族の中で俺に唯一優しいのは……この父さんだけだった。


「お父さん、お帰りなさい。帰ってくるなら、先に連絡してくれれば良かったのにぃ」


「ハハハハッ! すまんな、雪菜! 偶然、日本でやらなければならん仕事があってな! そのついでに、一つ大切な話をお前達に伝えに来た!」


「じゃあ、長居はしないわけ?」


「残念ながら、そうなる。雷火、寂しいか?」


「いや、全然」


「ハハハハハッ! 相変わらずのツンデレさんだなぁ!」


 父さんは豪快に笑いながら、雷火姉さんの肩を叩く。

 本当に羨ましいまでのポジティブぶりだ。


「そんな事より、大切な話って?」


「おお、そうだ。それを忘れるところだった。しかし雨瑠、お前はそろそろ前髪を切るべきじゃないか? 折角の可愛い顔が見れなくて、父さんは悲しく……」


「いいから用件を話してよ、クソ親父」


「うぉぉぉぉぉん! 美雲もついに反抗期かぁ! 父さんはお前達の成長が嬉しくて堪らないぞぉぉぉっ!」


 話を何度も脱線させる父さんに、姉妹達が一斉に溜息を漏らす。

 でも俺だけは、父さんのこの明るさに癒やされていた。


「ううぅっ、ぐすっ。だが、泣いてばかりもおれん。父さんはもうすぐ、ここを出なければならん。だから、単刀直入に……言いたい事だけを言うぞ!」


 父さんはゴシゴシとスーツの袖で顔の涙を拭うと、キリッとした顔で俺の方に視線を向けてきた。

 どうやら、話というのは俺に対するものらしい。


「うぉっほん。あー、晴人。お前もついに来年度から高校生。もはや立派な男になったと言っても過言ではないだろう」


「う、うん」


「「「「……」」」


 立派な男、という部分に反応して姉妹達が全員両手で口元を覆い隠す。

 笑いを堪えているのだろう。

 普段の俺の生活を見ていれば、とても立派な男には見えないからな。


「だから、いよいよ。お前に隠していた真実を告げようと思う。心して聞け」


「真実……?」


「晴人よ、お前は俺と死んだ母さんの子供ではない。俺の親友夫妻が事故で亡くなった時に引き取った養子でな」


「「「「「…………?」」」」」


 父さんの発言の後、場の空気が凍り付く。

 カチコチカチコチと、ただ時計の針の音だけが冷たい空間に響く。

 そして、数秒の沈黙の後。

 父さんはトドメとばかりに、ハッキリと告げた。


「実はこの中で、晴人だけ血が繋がっていないんだ」


「「「「「え?」」」」」


「そういうわけだ。しかし、血の繋がりはなくとも、俺はお前の事を実の子供達と同じように愛しているぞ! そういうわけで、俺はそろそろ仕事へと向かう!」


 言うだけ言って、父さんは急ぎ足で家を出ていってしまった。

 そしてこの場に残されたのは……俺と、俺と血の繋がりを持たない4人の姉妹達。


「あ、あははは……冗談、よね。晴くんが、私達と血が繋がってない、なんて」


「晴人が、他人……?」


「……理解、不能」


「きゃはははっ、クソ親父の冗談にも困りものだにゃーん」


 唐突に告げられた真実を前に、何を思うのか。

 姉妹達は妙に青ざめた顔で、動揺した様子を見せている。


「あの、さ。晴人……あんなの、真に受けちゃ駄目……だからね。アンタは……」


「ぷ、くくくっ……」


「晴人兄……?」


「あはははははははっ! あーっはっはっはっはっ!」


「「「「!?」」」


 俺は笑った。いや、笑うしかなかった。

 どれだけ蔑まれようと、虐められようとも。

 実の姉妹だからと、血の繋がりを信じて努力してきた。

しかしそれらは幻想だった。俺はこの女達と一切、血の繋がりが存在しない。

俺がしてきた努力は、忍耐は――全て無駄だったんだ。


「ああ、そうかよ。そういう感じかよ。どうりで、なんかしっくりこねぇわけだ」


 姉も妹も全員美少女なのに、俺だけが普通すぎる容姿。

 特に秀でた才能も無く、姉妹はおろか周囲の連中からも馬鹿にされてきたわけだが、それも納得だ。

 俺にはこの姉妹達のような優秀な血は流れていない。

 ただ、それだけの話だったんだ。


「あー、スッキリした。父さん、これは最高の進学祝いだよ」


「あのね。晴くん、何を今更って思うかもしれないけど……」


「あ?」


「ひっ!?」


 こっちに駆け寄ろうとしてきた雪菜を睨む。

 たったそれだけ。

 今まで、俺がどれだけ虐めるのをやめてと言っても聞いてくれなかった女が、怯えたようにその動きを止めた。


「な、何よ! 晴人の分際で生意気ね! 血の繋がりがあろうとなかろうと、アンタがアタシの――きゃあっ!」


「馬鹿だな。当たるわけないだろ、そんな大振りで」


 俺に平手打ちを食らわせようと手を振り上げた雷火を、俺はドンッと押してやる。

 それだけで雷火はバランスを崩し、後ろにあったソファの上に倒れこんでしまった。


「今までは受けてやってたんだよ。避けたら、何をされるか分かんねぇからな」


「な、なななっ……!」


 顔を真っ赤にして、瞳を潤ませた雷火が俯く。

 ああ、いいね。今まで散々俺に偉そうにしていた姉が、こんな情けない姿を見せるなんて。

 ほんの少しだけど、コイツらが俺を虐めていた理由が分かった気がするよ。


「ちょーっと、調子に乗りすぎじゃないかにゃーん? クソ兄貴、みぃ達に……」


「そういや、お前はさっき俺の脛を一発殴ってきたよな」


「……へ?」


「お返しだ」


 俺はパチンッと、美雲の頬に平手打ちをする。

 とは言っても全力じゃなく、ほんの少しだけ力を込めた程度だ。

 しかしそれでも、今まで親にもぶたれた事の無い美雲には……衝撃だったのだろう。


「ふぐっ、うぇぁ……お兄ちゃんがぶったぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ! うぇええええええええええええんっ!」


 ボロボロと大粒の涙を零しながら、とんでもない声量で大絶叫する美雲。


「み、美雲ちゃん!? 大丈夫!?」


「びぇぁぁぁぁぁぁぁぁっ!」


 そんな美雲をすかさず雪菜が優しく抱きしめ、その大きすぎる胸の間にぎゅっと包み込む。おーおー、血の繋がった姉妹にはお優しいことで。


「晴人兄……どうして?」


「はぁ? どうして? 雨瑠、お前マジで言ってるのかよ」


「ひぅっ!?」


 あまりにもふざけた質問に、俺は怒りに任せてテーブルの上をバンッと叩く。

 するとその音にびっくりしたのか、雨瑠がその体を縮こませる。


「俺はさ、今までずっと我慢してきたんだよ。お前達が俺にどれだけ理不尽な真似をしようと、意地悪をしてこようと。血を分けた姉や妹なら、いつかきっと俺に優しくしてくれるようになるって……信じてきたんだ」


「「「「……っ!!」」」」


「でも、もういい。お前達が他人だっていうのなら、無理をする必要なんか無いよな。俺はもう二度と、お前達の言いなりになんかならねぇ」


 俺はそう告げると、目を見開いて固まる姉妹達を置き去りにして……二階の自室へと向かった。

 とりあえず、財布とケータイ。それと数日分の着替えさえあればいいだろう。

 必要なものは、また後で取りに来よう。


「よし、これでいい」


 俺は荷物を大きなバッグにまとめ終えると、そのまま階段を降りる。

 するとそこには、涙目の雪菜と雷火が立ちふさがっていた。


「晴くん、どこへ行くつもりなの? ちょっと待って!」


「話くらい聞きなさいよ! アタシ達はね……!」


「どけよ」


「「っ!」」


「どけって言ってんだろうがっ!」


 俺の一喝に怯んだのか、2人はビクッと体を大きく震わせて廊下の脇へと逸れる。

 俺はその間を通って、玄関のドアを開いた。


「じゃあな。俺、もうこの家に戻るつもりはねぇから」


 そう一言だけ言い残し、俺は家を飛び出した。

 何か考えがあったわけじゃない。

 でも、もうこれ以上、あの家に……あの姉妹達と一緒にはいたくなかった。


「……とりあえず、親友を頼るとするか」


 もうすっかり暗くなってしまった夜道を俺は歩き出す。

 激情に身を任せ、家出をしたばかりだというのに、俺の心はすっかり晴れやかだった。

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