毎日俺を虐めていた姉と妹が、俺と血が繋がっていないと知った途端に死ぬほどヤンデレてきたんですが

愛坂タカト

第1話:4人の美少女姉妹に囲まれて

 長かった三年間の中学生活が終わり、迎えた春休み。

 本来なら、進路が別々となった友人達と最後の思い出づくりをしたり、新しい学校への夢や希望をふくらませたりする大切な期間。

 しかし、この俺……晴波晴人(はれなみはると)にとっては、そうじゃない。

 物心が付いた頃から今まで、ずっと変わらず。

 俺は――姉や妹達の奴隷であった。


「……ただいま」


 日が沈みかける夕方。俺は重たい買い物袋を手に持ちながら、玄関を開く。

 俺の憂鬱な気分とは裏腹に、リビングからは楽しげな声が聞こえてくる。

 しかし誰も、俺に「お帰り」などという言葉を口にする者はいない。


「でさぁ、その後にアタシ……って、あれ?」


 俺はみんなの邪魔をしないよう、忍び足で台所へと買ってきた食材を運ぼうとしたのだが、偶然こちらを見た一人と目が合ってしまった。


「晴人、アンタどこへ行っていたのよ?」


 ニヤりと嫌な笑みを浮かべて、俺の姿を見つけた二番目の姉――雷火(らいか)姉さんが俺に声を掛けてくる。


「どこって、夕飯の買い物だけど」


「ふーん? それにしては、随分と長かったじゃない。アンタが家を出てから、どれだけ時間が経ったのかしらね?」


 そう言って、その髪と同じ紅い瞳で俺をまっすぐに射抜いてくる。

 来年から高校二年生。すでに学校ではアイドルのようにチヤホヤされているという雷火姉さんだが、俺に向けるその表情は悪魔のように恐ろしい。


「……分からないよ」


 これは嘘だ。なるべく家にいたくないので、俺はいつも買い物で時間を潰す。

 スーパーに行く前に公園でボーッとしたり、あえて遠くのスーパーに向かったりして、少しでも時間が掛かるようにしているのだ。


「へぇ? はぐらかすんだ? アンタ、アタシ達を馬鹿にしてんの?」


「……そ、そんな事は!」


「3時間25分16秒」


「う、雨瑠(うる)!?」


「晴人兄が買い物と称して、私達から逃げていた時間」


 慌てて誤魔化そうとする俺の言葉を遮って、俺の二つ下の妹である雨瑠ボソボソとした声で呟く。

 長く垂れた漆黒の前髪で表情はあまり見えないが、声の感じからして不機嫌なのは間違いなさそうだ。


「3時間ねぇ。晴人、そのレジ袋……隣町にあるスーパーのだよね?」


「はい……」


「隣町に行くだけで3時間も掛かるわけ? いくら愚図でノロマのアンタでも、そうはならないでしょ?」


 俺は何も言い返せず、視線を逸らす。

 早く、雷火姉さんの機嫌が治ってくれと願いながら……このネチネチとした口撃に耐えるしか無かった。


「チッ、だんまりしてんじゃないわよ。そんなにアタシ達が嫌いなわけ?」


「まぁまぁ、雷火ちゃん。落ち着いて」


 今にも俺を殴りそうな雷火姉さんを、その背後から宥める人物が一人。

 俺達5人姉弟の一番歳上である、雪菜(ゆきな)姉さんだ。

 その名前に違わぬ、透き通るような綺麗な白銀の髪を持ち、基本的には誰にでもニコニコと優しく……包容力のある優しさを見せる大人の女性である。

 ちなみに、あえて補足する必要も無いかもしれないが。

 その基本に当てはまらない例外というのは――


「まずは夕食を作って貰わないと。晴くんをお説教するのは、それからにしましょ?」


 当然、俺の事である。

 周囲からはその美貌と性格から女神だと呼ばれる雪菜姉さんも、俺に対してだけは残酷な悪魔と化してしまう。


「それもそうね。晴人、後で覚悟してなさいよ」


「…………」


 目尻に涙が浮かびそうになるのを堪え、俺は黙って頷く。

 ここで文句の一つでも言おうものなら、何をされるか分かったものじゃない。


「……ふぅ」


 だけどこれで、ひとまず嵐は去った。

 後は美味しい料理でも作れば、姉さん達の機嫌も良くなる筈だ。

 そう思って、気を緩めた瞬間だった。


「おやぁ? クソ兄貴は、にゃぁーにを安心しているのかにゃぁ?」


「っ!? 美雲(みくも)!?」


 買い物袋から食材を取り出そうとしていたら、いつの間にか俺の足元にしゃがみこんでいる末の妹の姿があった。


「家を空けるのはいいけどぉ、みぃは前に言わにゃかったかにゃぁ? クソ兄貴の服は、勝手に洗濯するにゃって」


「洗濯? いや、ちゃんと俺の分はみんなとは別で洗濯し……ってぇっ!?」


 ガツンっと、美雲が俺の右足の脛に拳を叩きつけてくる。

 いくら小学生の力でも、いきなり弁慶の泣き所を叩かれては……ひとたまりも無い。


「は? そういう話じゃないでしょ」


 ガラリと美雲の口調が変わる。

 気まぐれやで、ドラマや演劇が大好きな美雲は……いつもこうして、気分や機嫌によってコロコロと口調を変えるんだ。


「クソ兄貴の分際で、服を洗濯するなんて生意気だって言ってんの」


「いや、でも、服を洗濯しないと……臭くなっちゃうから」


「それでいいでしょ? どうせクソ兄貴なんて、いつもくっさいくっさい匂いを振り撒いているんだから。もっと臭くなっちゃえばいいじゃん」


「そんな……」


「それとも何? クソ兄貴はモテたいわけ? どうせ誰にも相手にされないんだから、臭くたって問題ないでしょ?」


「……」


「だからこれからは服を洗濯しないで。つーか、みぃ達と同じ洗濯機をクソ兄貴が使うなんて絶対に許さないし」


 なんて無茶苦茶な理論だ。

 そんな横暴、到底受け入れられるわけがない。

 だけど、この家に住む誰も……俺を庇ってなんかくれないんだ。


「同感。晴人、アンタはこれから洗濯無しね」


「匂いが気になるならぁ、そうねぇ。毎回新しい服を買ってくればいいんじゃない? 古い服は捨てちゃえばいいのよぉ」


「晴人兄の匂いは危険。その匂いが移った服も危険物」


 散々好き勝手言われても、俺は何も言い返せない。

 だって、俺は男の子だから。

 力ずくで彼女達に言う事を聞かせるなんて許されないし、それに……どれだけ酷い事をされようと、虐められようとも。

 彼女達は俺と血を分けた姉妹なんだ。

 いつかきっと彼女達は俺にも優しくなってくれる。

 そんな根拠のない夢を抱いて――もう、どれだけの時間が経ったのだろうか。 

 もはや俺の夢も心も、すっかり擦り切れようとしていた。

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