第3話:姉妹達の本音トーク

【Side:晴波シスターズ】


 晴波姉弟の中で唯一の男である晴人が、家を飛び出した直後。

 家の中に残された4人の姉妹達は……テーブルを囲むようにして座っていた。


「「「「……」」」」


 誰も一言も発さずに、どれほどの時間が経っただろうか。

 重苦しい沈黙を破るようにして、最初に口を開いたのは次女の雷火だった、


「ああっ! もう駄目……! 我慢出来ないっ!」


「「「!」」」


「嬉しすぎるのぉぉぉぉぉぉぉぉぉっ! あああああああああああっ!」


 満面の笑みを浮かべ、自分の体を抱きしめるような体勢で大絶叫する雷火。


「晴人と血が繋がっていない! これでアイツと結婚出来るのねっ!」


「は? 雷火ねぇねぇは、なぁにをふざけた事を言ってるかにゃーん?」


 そんな雷火を見て、不愉快そうに眉間を顰めたのは末妹の美雲である。


「にぃにぃはみぃと結婚するに決まってんじゃん! ぶぅわぁぁぁーかぁっ!」


「はぁ? 何を生意気言ってんの? 晴人は常識的に考えて、アタシの旦那様でしょ?」


「歳を取ると、頭がお花畑になるのかにゃー?」


「あ? ブッ殺されたいわけ?」


「ヤれるもんならヤってみろよ、クソババア」


「やめなさい、2人とも」


 バチバチと火花を散らす雷火と美雲。

 そんな2人の間に、長女である雪菜が割って入る。


「晴くんは大の巨乳好きよ。前にベッドの下に隠してあったエロ本は全部、巨乳ものだったでしょう? つまり、姉妹で一番の巨乳の私こそがお嫁さんに相応しいの」


「否定する。アレは全部、雷火姉が晴人兄を誑かす為に隠したモノ」


「そうそう! にぃにぃがそんな趣味の悪いエロ本を買うわけないじゃん!」


「……チッ、バレてたのね。というかアンタ達。それが分かっていたのなら、どうしてあの時、あんなに晴人を虐めたのよ」


「散々変態呼ばわりして、キモい、近付くな、死ねと罵倒していたわよねぇ。しかも目の前で、エロ本をビリビリに引き裂いていたし」


「「うっ……!」」


「あーあー、晴人が家を飛び出したのは、アンタ達のせいかもね」


 雷火が不機嫌そうに、ボソリと呟く。

 すると、それを聞いた下の妹達2人は……みるみるとその顔をぐしゃりと歪ませて。


「「うぇぁぁぁぁぁぁああああああっ! ごべんなざぁいぃぃぃぃぃっ!!」」


 普段は対極的な性格の雨瑠と美雲が、全く同じ表情で大号泣を始める。

 これには流石の雷火も面食らった様子で、気まずそうに額に汗を浮かべていた。


「雷火ちゃん。言い過ぎよ」


「うぐっ……ご、ごめん」


「それに、悪いのは2人だけじゃないわ。私やアナタだって、これまで散々……晴くんに酷い事をしてきたんだもの」


「……そう、よね。むしろ、晴人を守らなくちゃいけない筈のアタシ達が、アイツをあんなにも苦しめて……」


 ジワリと、雷火の瞳にも涙が滲み始める。

 それを零さずに堪えたのは、妹達に対する姉としての意地なのかもしれない。


「やっぱり、失敗だったのよ。私達が本当は……晴くんの事が大好きで大好きで大好き大好き大好き大好き大好き大好き大好き大好き大好き大好き大好き大好き大好きで堪らないって事を隠して、冷たく接するなんて」


「だって、そうでもしなきゃ……! アタシ達は自分達を抑えられない! 今までだって、何度アイツを押し倒して、犯そうと思ったか分からないのよ!?」


「私も同じ。晴人兄を冷たく突き放しでもしないと……とても耐えられなかった」


「そうね。実の弟や兄を本気で愛するわけにはいかない。だから、ああして酷い態度を取って……距離を置こうとしたけど」


「結局、今まではにぃにぃの優しさに甘えていたんだよね。アタシ達もすっかりそれに慣れて、いっぱいいっぱい……酷い事をしてきちゃったし」


「嫌われるのも……当然、かも。晴人兄、すっごく怒ってた」


 つい十数分前、凄まじい剣幕で家を出ていった晴人の姿を思い出す4人。

 今まで、ろくに口答えもせず、従順に姉妹の言いなりだった晴人が、まるで人が変わったようにブチギレたのだから、流石に彼女達も自分達の過ちに気付く。

 もっとも、今更それに気付いたところで、どうしようも無いのだが。


「みぃは嫌だよぉ……! にぃにぃがいなくなっちゃうなんてぇ……!」


「アンタはやり方が回りくどいのよ。晴人の匂い付きのシャツが欲しいからって、服を洗濯するなとか言い出すし。いやまぁ……私も乗っちゃったんだけど」


「……私も思わずナイスアイデアだと思って、便乗しちゃったわ。晴くんの濃い匂いを堪能出来る上に、晴くんに泥棒猫が近寄らないようになるかなって」


「晴人兄の匂い……大好き。ずっと、包まれていたい」


 4人はそれぞれ、もぞもぞと懐から布のような物を取り出し、それを口に押し当てる。

 タオルやハンカチなどではない。

 晴人が着てから、まだ洗っていないTシャツやパンツである。


「すぅ、はぁ……すぅーっ……はぁぁぁんっ」


「ずずずっ……ねぇ、晴人にちゃんと謝らないと」


「あむあむ……うん。全部、私達が悪い」


「むしゃむしゃむしゃ……にぃにぃに謝って、許してもらって。これからはちゃんと、素直にみぃ達の愛情をぶつけるしかないよね」


 これまでの事を謝罪し、罪を償う。

 そうして晴人から許してさえ貰えれば、もう彼女達を阻むモノは無い。

 血の繋がりが無いと知り、もはや自分達の想いを隠さなくて良くなったのだから。

 しっかりと愛を伝え、彼からも愛して貰う。

 そして自分達の中の誰かが、晴人のお嫁さんとなる。

完璧な作戦だった。


「晴くん……大好きだよ」


「晴人、アンタがいないとアタシ……」


「晴人兄、ずっと一緒にいて」


「にぃにぃ……愛してるにゃー」


 しかし、彼女達はまだ気付いていない。

 自分達の罪の重さ。

 晴人がどれほど心に深い傷を負い、彼女達を憎んでいるのか。

 彼はそう簡単に彼女達を許さないという――残酷な現実に。

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