第931話 板さん

赤坂にあるラウンジのママから


「店を引っ越して新装オープンするんだけど、それまで妹の居酒屋手伝ってるから来てね~」と言われていたので、伺った


居酒屋というよりは小料理屋


カウンターに10人も座れば、人の行き来もままならない


とりあえず奥に座る


カウンターの中にはママ・妹さんとあと1人、板前のおじさんだろうか


「何されますか?」


「じゃあ・・・とりあえずお店のオススメで」


「かしこまりました!あっそうそう、ちょうど今日から板さんに入って貰ってるのよ」


あらためてママから、見るからに熟練の60代の男性を紹介された


さっそく板さんは、右手奥の狭い簡易厨房で、何やら腕を振るいはじめる


それはもう何と言うのか、背中が只者ではないオーラを放っている


数分後、汗をかいた板さんから


「はいよ!」何かしらの皿がママに手渡される


「おまたせしました~」


カウンター越しに俺の前に出てきたものは、チャーハン


え?いきなりご飯もの?


見た目はごく普通のチャーハンだ


背後から見ていると、銀座の巨匠みたいな動きしてたけど・・・


ああ、これには何か、見た目では判らない匠の技が施されているに違いない


早速、食す


こ、これは・・・市販の冷凍チャーハンすか??


厨房を見ると、板さんはまだ汗を拭きながら満面の笑みで


"どうです、美味いでしょう?" といった視線を俺に投げかけてくる


と、板さんの横でチーンと何かが出来上がった


板さんからママ、ママから俺に手渡されたそれは


「はいっ、鳥手羽~」


えっ、レンチンなんすか?


とりあえずチャーハンを隅に追いやり、鳥手羽をひとかじりする


う~ん、ごく普通の・・・かじった手羽を見る


げ、まだ赤いやん??


なんかもう腹が立ってきたので、急用ができた体を装い30分ほどで店を出た


それからひと月


新しくオープンしたママのラウンジに、お祝いがてら参上した


テーブルをあちらこちら忙しく挨拶に廻っていたママがやってくる


「先日はゆっくりお構いもできず、ごめんなさいね~」


「いやいやそれより妹さんのお店どう?あの板さん、元気なん?」


「あっそれ!ちょっと聞いてくださる?!あの方ね、辞めていただいたの!お客様が『あんたこんな冷凍チャーハンみたいなのを客に喰わせるのか!!』って怒っちゃって・・・ほんと妹も、何を基準で採用したのかしら?!」


いや待てよ・・・


普通に作って冷凍チャーハンになることのほうが、凄いのだろうか・・・

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