第594話 機転

とある日曜。


うるま市は伊計島にある伊計ビーチで、仲間とその家族20人でBBQをしていた


俺は1人で参加していたから、焼き場を引き受け、ひたすら海の家のおっちゃんに徹していた


俺が肉を焼いている周りで、25歳の父親と5歳の息子が、キャッキャキャッキャ追いかけっこをしている


「おーい2人とも、もっとあっちの砂浜で遊んどいで!」


俺が焼いている網のそばではしゃぐものだから、怪我されても堪らんので追い払う


と、息子が父親の足にしがみついた拍子に父親がバランスを崩し、倒れこむ


ほれ言わんこっちゃない


その反動で、父親の握っていたスマホが手から離れ、俺の足元に飛んできた


開いたスマホカバーから、名刺サイズの紙がはらりと飛び出る


俺は目の隅にその紙を見た瞬間「あっ」と 危険を感じたのだが


息子くんも、目ざとくその紙を拾おうと走ってきたので、慌てて左足のビーチサンダルで踏みつける


「おじちゃん足のけて!」


息子くんは俺に訴えてきた


いやこれは、訳あって足を退けることはできない・・・


「足のけてよ!」


「これはダメ。おじちゃんがお父さんに返そう。」


「ボクがかえす!」


「だめだめ」


右手にトング、左手に新しい肉の入ったトレーを持っている俺は、踏んだ紙を拾えない


「パパの紙!返して!」


俺は首を横に振る


「返してよ!」


頑として首を横に振る


そのうち息子くんは泣き顔になり、きびすを返して、立ち上がり砂を払っている父親に向かい


「おじちゃんがいじわるする〜」と泣き出した


「どうしたどうした?」父親が近づいてくる


「おじちゃんが足、のけてくれない〜」そう言って息子くんは泣く


「えっ?なんすか?何かあるんすか?」脇に落ちたスマホを拾い上げながら、父親は俺に聞いてくる


「あとで。あとで渡す。」


「えっ?何をっすか?」


「あとで渡す言うとるやろ、チビちゃん連れて向こう行け!」


俺の口調がキツくなったのを察した父親は


「ともき、おじちゃん後で返してくれるから、向こうで遊ぼう!」


そう言って泣く息子を抱え上げ、波打ち際に走っていった


やれやれ・・・


トングとトレーをテーブルに置き、ようやく左足で踏んだ紙を拾う


やはりな・・・


紙が飛んできた時、一瞬、目の隅に入った手書きのハート文字


俺は、何処だかの店のオネーチャンの名刺だろうと推察し


それを子供が拾って「なにこれ?なにこれ?」となるのもなぁーと思ったから、踏んだのだ


たかが店の名刺、そこまで気にせんでも良かったかもしれんが。


しかし、だ

拾い上げてよく読んでみて・・・


改めて俺は、自分の機転を褒めた


今日は奥さんも参加しており、さっきの一部始終も遠目から見ている


なお一層、こんなもの見せられん・・・


紙にはこう書かれていた


今日は指名してくれてアリガト♡

また来てね♡

わたしもアソコも待ってるよぉ♡

           りりあ


すぐ捨てぃ!こんなもん!

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