第528話 それじゃない

実はスィーツに目がない

和も洋も、とにかく全般だ


巷の噂を聞いて、取り寄せ出来ればそうするし、無理なら直接出向くこともしばしばだ


なので何処へ行くにも必ず手土産はスィーツだ


訪問先にほとんど野郎しかいない、と分かっていても持っていく


20人の男より1人の女性の評価が大事( ̄+ー ̄)


行列のできる○○、といった類の飲食店には絶対並ばない主義だが、スィーツのためなら並べる


・・・これはまだ、下の娘が神戸にいた頃の話。


噂を聞き、初めて並んだ老舗の水羊羹の店前で、開店を待っていた


並び始めてからすでに1時間ほど経っていたのかな、俺の前のおばちゃんが(俺で15番目くらい)


少し前からソワソワしていたのだが、後ろの俺を振り返り


「すみません、あの、ちょっとおトイレに行きたいのですが、このカバン、ここに置いておくので、見ていただいても宜しいですか?」


そう話しかけられたので「どうぞ、早く行ってきてください」とは言ったものの


ここらにトイレなんてないよな・・・


キョロキョロしながら列を離れていく、おばちゃんを見ていた


普通の住宅街の中にある店だ、近くに商店街もなさそうだし、時間はまだ朝8時半。


おばちゃんは相変わらずキョロキョロしながら、当てもなく列から遠ざかっていく


恐らく俺以外の並びニスト達(懐かしい・・・)も、"あのおばちゃんどうするんだろう?"と思っていることだろう


というか、普段この店のオープンを待っている方々は、トイレどうしてるのだろう?開店はAM9時だ。


おばちゃんは脇道に逸れたのか、見えなくなってしまった


おばちゃんとはいっても、まだお歳も60前後というところ、そこら辺の空き地で・・・なんてことはちょっと無理だ


時間は無情に過ぎる


8時55分、店員が開店準備を始めたが、おばちゃんは戻ってこない


先頭から順に、店員が、並んでいる人数の確認だろう、いち、にー、さん、し、といった感じで指差ししている


「あの、ここに1人いてらっしゃるんだけど、トイレから戻ってこられてないのですよ」


置かれた鞄を指差しながら、店員に伝える


「あ・・・はい」


理解したのかしていないのか、女性店員はそのまま後ろの人数をカウントしに行く


8時57分。一体おばちゃんは何処まで行ったのだ? 


普段はどうか知らないが、今朝はすでに4〜50人ほどの列になっている


そのうち別の店員が出てきて「間もなく開店しま〜す」とアナウンス


えーどうすんの俺。


道に置かれた女物の鞄を拾い、持って待つことにする


おばちゃんが間に合わなかったら、適当に買ってあげた方が良いのかな・・・


いや商品も色々あるから、必ず1番人気のものを買いに来られたとは限らないし。


・・・ん?


あっ!列が動きだしてもうた。


1度に3人ずつ、店内に吸い込まれていく


これはもう仕方ない


俺はもともと、定番人気商品の水羊羹を5本(1人5本までの数制限)買う予定であったが


もしおばちゃんが間に合わず・・・まあ間に合いそうにないが


戻ってきたとしたら、3本と2本で分けよう、と決めた


・・・あれ?


いま微かに「優しい〜」「格好良い〜」って聞こえた気がする・・・気のせいですか?


皆様、勘違いなさらないように。


こういうシチュエーションに出くわすと、"これってモニタリングちゃうん・・・"


そう身構えてしまうのだ


もし自分の行動を、何処からかカメラで撮られていたとしたら・・・


だったら格好良いところ見せておかねば、と


あるはずもないテレビ映りを計算しているのだ


そうこうしてるうちに俺の番が来た


店内に入り、商品を選ぶ前に、俺の前にいたはずのおばちゃんと鞄の説明を、簡潔に店員に伝える


あら〜そうでしたか、と年配の女性店員が鞄を引き取ってくれた


目的の水羊羹を5本購入し、一応、3本と2本に包装を分けてもらう


会計を済ませて店を出たが、おばちゃんの姿はない


残念だけど俺は帰りますね・・・


おばちゃんが消えた方角には電車の駅がある


歩くと15分くらい掛かる


俺はその、駅方向にあるタイムズ(駐車場)に、娘から借りた車を停めていたので、その方向に歩きだす


数分歩いて駐車場が見えてきた時、なんと駅側から、くたびれはてたおばちゃんがとぼとぼ歩いてきた


あっ!

思わず手を振る


おばちゃんも、初めは気づかなかったが、すぐに後列にいた男性だと判ったようだ


「ごめんなさ〜いホントに・・・トイレ、駅にしかなくて・・・」


「いやそれよりお鞄、お店の方に預けてきましたが・・・」


「本当にごめんなさ〜い、もう、長く並ぶの判ってるのに、ちゃんとトイレに行かない私が悪いのよ・・・」


「ちなみにあの、1番人気の水羊羹を買われるご予定でした?」


「もうねぇ、主人がどうしても食べたいっていうからねぇ、一本でも買えたらって思ってたんだけど」


「うわ〜良かった!!私、多めに買ったんです、もしやと思って!」


「えっ?」


そんなわけでおばちゃんに、とりあえず車に乗って戴き、店まで戻る


鞄を受け取り車に戻ってきたおばちゃんに2本、水羊羹を渡す


「わ!一本で充分なのに本当に有難う!!もう、こんな嬉しいことない!!」


恥ずかしいほど御礼を言われ、感謝されまくったおばちゃんをそのまま駅までお送りした


俺って、なんてナイスガイなんだろう・・・


1時間半後、神戸に戻ってきた


娘の部屋に寄り、車のキーを返し、こんな事があったんやで〜と話しながら一本、水羊羹を娘に渡す


「・・・父さん、これじゃない」


「え?」


「これ、こしあん。定番で人気だけど、いま皆がわざわざ並んで買ってるのは、粒あん。」


Σ(゜д゜lll)!!!


おばちゃん、ごめ〜ん!!。゚(つД`)゚。

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