第435話 見た目の印象

とある10月の話。


朝7時の、横浜から東京に向かう通勤電車に乗り合わせた


後ろから押されるように車内に入り、なんとか車両連結側に避けることができたが、それでも体勢は不安定


俺の前には若いサラリーマンが立っていて、体を縮めながらハードカバーの本を読んでいる


「怒りを収める方法」とページの端に書いてある

もう最終章のようだ、あと数ページもない


時折、ペンで線を引きながら熱心に読み耽っている


電車が発車した


グラッときたので、とっさに前方にある吊革を掴む

結構腕を伸ばして斜めになった状態だ


俺の腕が、読書中の前のサラリーマンの頭髪にササッと触れる


そんな状態で20分ほど乗っていたのだが、そのうちサラリーマンは本を読み終える


次はメモ帳を出し、上を見上げては記入、上を見上げては記入を繰り返す


何かを思い出しながら書いているのだろうか


そんな動作だから、相変わらず彼の髪がササッと、俺の伸ばした腕に触れる


が、本人は別段、気にしている様子もない


・・・乗車してから30分後、電車は東京駅に着いた


乗客が一斉に吐き出される


俺の前のサラリーマンが、車外に出るなりキッ!と後ろを振り向き、俺をにらんできた


が、俺の顔をみて "あっヤバイ人!"とでも思ったのだろうか


慌てて人を押しのけ、逃げるように去っていった


結局 "ササッ" が嫌だったのか?

けど通勤ラッシュなんだから仕方ないだろうさ。


てかお前、「怒りを収める方法」を学んだのではないのか。


そのJR在来線を降りたあと


東京駅構内の東海道新幹線の乗り換え改札の手前で、スマホから(新幹線の)時間変更をかけていると


目の端に、左手から小さなお婆さんが俺に近づいてくるのが見えた


「あの、社長さん?」お婆さんは俺に声を掛けてくる


はい?と振り向くとお婆さんは話しだした


「あの、私ね、東京に1週間いたんですけどね、帰りそびれて、駅の外で3日野宿したんですけどね、何も食べてないんです。もし、社長さん、幾らでも良いので、お金を貸して頂けたら大変助かります。わたし今、残高50円しかなくて。お弁当か何か、買って頂くわけにはいかないでしょうか?」


いきなり何?

新手の詐欺?

はたまた新興宗教?


色々瞬時に考えたのだが、そういった方にも見えなかったので、財布から1,000円を出して渡す


「まあ、社長さん、ありがとう!本当に助かります。あの、御礼に野菜いりませんか?住所書いていただいたら送らせてもらいますから」


そう言って、ペンと今しがた俺が渡した1,000円札を差し出してきた


1,000円札に書けってことですか?笑


「いえいえ結構です」そう言って断ると


「お野菜嫌いですか?」と仰るので、野菜など頂かなくても結構ですよ、と立ち去る


「社長さん、ありがとうございます、ほんとにお野菜いらないですか?」


まだ背後から聞こえている


何というのか


若者にはキレられ、お年寄りには声を掛けられ


俺の見た目は一体どう映っているのだろうか

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