第321話 身代わり

ウチの船にもたまに、プロの釣り師が撮影で乗船する事がある


あまり詳しく書くと何処の誰だかバレてしまうので、大まかな話をすると


だいたい1日の釣行は、5〜6時間


その間に10Kgクラスのカンパチを数本、あるいは20KgクラスのGTなどとバトルすると


慣れていても結構、腕がダルくなってくる


折角の撮影で、腕がダルくてグダグダなところを見せる訳にもいかない


その釣り師は、魚は自分でヒットさせるのだが、そこからの魚とのやり取りは若手に交代する


魚体の大きさにもよるが、魚1本とのやり取りに、5分〜15分


長丁場になると30分掛かることもある


で、あともう十数メートルまで上がってきた、というところで、また自分に代わるのだ


まあ本人が最初から終わりまで釣り上げても良いのだが・・・長い撮影だ、体力温存も重要


ギリ、ヤラセとまでは、俺も思っていない


ヤラセなのは、自分と同じ竿・同じリールで数人に釣らせ


掛かった奴の竿を途中から受け取り、さも自分が掛けたかのように撮影する方法だ


さて。


ウチの釣り客に、Y社長という63歳の東京の男性がおられる


この社長、3月にマグロ&カジキ、10月にカンパチを釣りに来られるのだが


数年前から、お連れの方を連れて来られるようになった


Jさんという、30代の女性。社長の彼女さんである。


勿論、社長には御家庭があり、Jさんの存在は秘密だ


社長はいつも、自分の大物とのファイトシーンをJさんに撮影してもらう


仕事やプライベートの仲間に自慢して見せるためだ(Jさんの事も)


このJさんという女性は、夜の銀座の方だ。


性格の良い可愛らしい方で、乗船すればいきなりビキニ姿になり、スタイルも良い。


Y社長が惚れ込むのもわかる。


一昨年2月の土曜日。


沖縄に移住して間もない下の娘が、操舵中の俺に電話を掛けてきた


「あ、父さん?今、事務所にね、Yさんと仰る方から電話があったよ」


「Yさん?あれ、何だろ?何か言ってた?」


「うん。3月の釣行、◯日から◯日で合ってたかしらって。」


「合ってた"かしら"?・・・ん?Yさんだよな?」


「うん、御年配の」


「あ、じゃあYさんか。そんな女言葉つかうから誰かと思った」


「あ、そうだよ。いつも主人がお世話になってますって」


えっ?!


「・・・日程、教えたの?」


「Mさん(ウチの事務員)に聞いたら知ってたから、教えてもらって伝えたよ」


マズい・・・

なんかマズいぞ・・・


娘との電話を切ったあと、すぐにY社長の携帯に電話を掛ける


呼び出しは鳴るが、なかなか出ない


土曜だし、ゴルフでも回ってるのかなと切ろうとすると


「はいもしもし?」出たのは女性だ


あっ、慌てて間違えた??


「あっ間違え」まで言った時


「Tさん?Tさんって・・・あの、もしかして沖縄の方でいらっしゃいます?」


俺の名が着信名に出ているのだろう


「あ、はい、沖縄のTで御座いますが、あの、Y社長の携帯では・・・」


「すみません御免なさい、私、Yの家内で御座います」


「あー!これは、いつもお世話になっておりまして、あの、社長は・・・」


「すみませんちょっと主人がね、電話に出れませんものでね、私かわりに出させて戴きましたの。何か御用でしたかしら?」


「いえ、あの、いや、そんな急用でもござんせんので」


ござんせん、なんて言ってしまった(-_-;)


「もしかして私がさっき、会社のほうにお電話掛けさせて頂いたから、かしら?」


「あっ、そ・・・うなんですか?ちょっと分かりませんが、社長にお伝えしたい儀がございまして」


儀って( ´д`ll)


「あら、お急ぎではないと、先ほど」


「あ、いや、全くお急ぎでは御座いませんでして」


あかん動揺しまくり・・・


「あらそうですか。あの、今お時間宜しいTさん?」


「あっ、はい・・・」


やばいやばい・・・

本能が、一旦電話を切れと告げているが、それはワザと過ぎて、出来ない


「あのね、いつも主人、2人でお世話になってますよね?」


「えっ、あっ、はあ・・・」


「ちょっと今度の、3月の沖縄のことで、主人の代わりにお伝えすることがあるのですけどね、あの方・・・え〜っとほら、お連れの、何て仰いましたかしら?」


「えっ、あの〜、お連れ・・・の方は、ふだん、私が〜、あの、社長とだけやりとりしてますもので、はっきりとしたお名前は、ちょっと・・・」


「えっ、御存知ないのですか?あの方・・・あの子、かな」


落ち着け・・・

何故かわからんがバレたんやな奥さんに。

で、相手を特定しようとしてはるのや。

けど多分、カマかけてはるよな奥さん・・・


「あの子?とは・・・」


「あの子じゃないですか、ほら、ウチの主人を『あきちゃん』って呼んでる・・・」


「あきちゃん」は社長の名だ


そこまでバレとるのか・・・

って、わかったぞ!奥さん、動画を見たのか?!


何やってんの社長・・・

ワキが甘いよ・・・

よし。ここは1発、大博打だ!


「あの、すみません奥様、いつも御一緒されているお連れの釣り仲間の方は、そのような呼び方はされてなかったと思いますが」


「えっそんな訳ないでしょ、ビデオ回してる女性ですよ。30代の、水着の。」


やっぱりビデオ見たのか。


「あの、申し訳ございません、それ、スタッフとして同行しておりますウチの娘でして」


「は?娘さん?」


「すみません、社長がいつも可愛がって下さって、ウチの娘も調子に乗って、あきちゃん!なんて馴れ馴れしくお呼びしちゃって」


「えっ?娘さん・・・本当に?じゃあ御一緒の釣り仲間の方って・・・誰・・・」


「あ、私も詳しくは存じ上げませんが、社長と同い年くらいの、勿論、男性の方ですが?」


「え・・・」


おしっ!形勢逆転か?!


「あの、社長・・・どうかされたのですか?3月は御都合が付かないとか?」

 

少々残念そうに言ってみる


「・・・あ、いえ、そういう訳では御座いませんの。そうですか。わかりました。お仕事中、長々と御免なさいね」


そう言って電話は切れた


あっぶな・・・

ヤバかった・・・


旦那様の不貞行為に加担するような結果となってしまい、奥様には大変、申し訳なかったが・・・


しかし、何があったのかわからないが、携帯を奥様が持っている状況って厄介だな・・・


そしてその夜、22時頃。


知らない番号からスマホに着信。

何故か直感で、これY社長じゃないのか?と電話に出る


「Tくん!すまん!何か大変だったろ?!」


やはりY社長であった

俺は午後の、奥様との一連のやりとりの詳細を伝える


「ああ・・・本当に申し訳なかった!というかよくそこまで、機転利かせてくれたね!助かった〜」


「何があったのですか?」


「いや、単純。ビデオと携帯を家のリビングに置き忘れたんだよ。ビデオに去年の10月の釣りのデータが、丸々残ってた。で、見られちゃった」


「でもどうします?架空の釣り仲間と、Jさんのことは。」


「いや、Tくんの芝居が効いて、家内も『なんか御免なさい』ってさ〜」


いやはや・・・

一時はどうなることかと焦った・・・


ちなみに、動画の中に船名が映っていたため、そこから奥様はネットで調べ、ウチを割り出したようだった


このプチ騒動は誰にも黙っておこう・・・特にウチの姉妹には。


奥様に加担することは目に見えているからな・・・


さて、その3日後。


イシくんと客先を廻り、事務所に戻ってくると午後4時になっていた


「あ、さっきまでお客様が来られてて、Lちゃん(長女)とAちゃん(次女)がホテルまで送りに出たところですよ」とM嬢


「ん?誰?」


「Y社長の奥様です。いつも主人がお嬢様にお世話になっちゃって〜って。雛祭りのケーキまで戴いちゃいました♡」

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