第229話 よっ、男前!

もう出入りして30年は経つかな・・・


神戸(三ノ宮)で飲む時には必ず、事前に立ち寄る薬局がある


狭く、奥に長い、昔ながらの店構えだ


ある意味チェーン店のドラックストアには醸し出せない、独特の怪しい趣(おもむ)きがある


そこで必ずヘパリーゼの瓶を買う


そんなものの助けは要らないのだが、この店でそれを買うのは、ある意味儀式のようなものだ


三ノ宮の夜はここから始まる、みたいな。


へパリーゼの瓶を通路の冷蔵棚から取り出し、店の奥へと進む


「よっ、男前!」


レジ前に立っている、白衣を着た60代の店主の男性が声を掛けてくる


レジの棚の上には、もう15年は居るだろう、三毛猫が寝そべっている


目を開けたところを見たことがないし、起きて歩くところを見たこともない


俺「いつもの。」


店主「了解〜」


いつもの、とは


へパリーゼ自体は500円くらいなのだが、料金を追加すれば、錠剤や顆粒スティックなどが足されるのだ


1,000円、1,500円、2,000円のセットがあって、俺はいつも1,000円セットだ


1,500円になると3種足されるのだが、そこまでは必要ない


ちなみに2,000円になると、店の奥の、棚の最上部に置かれたプラスチック容器から


ハブ酒のような濁った液体をひと掬(すく)い、飲まされるらしい


おれは試した事がない

なぜなら30年来、置かれたままという噂だからだ


酒を呑む前に死ぬ気がする。


ヘパの蓋を開け、貰った錠剤を口に入れていると


レジ横の、座布団を敷いた丸椅子に座っている80代のお婆ちゃん・・・多分店主のお母さんと思われるが、


「今日も服、可愛いわぁー」と言ってくれる


あざっす、という感じで俺は頭を下げる


ちなみに何故かスーツ姿でも可愛いと言われる


最後は奥から、おそらく店主の奥さんだろう、60代の女性がスーッと現れて


「ホンマに、いつも良え声〜」と言ってくれる


俺はまた、頭を下げる


そして先日、俺は、遂に気が付いた


出入りして30年も経つというのに、今更な話だ


店主  「よっ男前!」

婆ちゃん「服、可愛いわぁー」

奥さん 「いつも良え声〜」

猫   「・・・」


それしか言われてないことに。

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