第228話 自意識過剰な14歳

家庭科の授業ってものを、今はどうか分からないが、男子も何時間かは受けなきゃならなかった時代


男子は「技術」・女子は「家庭科」だったが、週1ペースで合同授業があったような。


裁縫だとか、子どものあやし方だとか、14歳の男子中学生には全く興味が無かった


そこにきて担任が、4月から赴任してきた新卒の女性教師


その女先生はどのクラスにおいても舐められ、女子が注意しても男子は聞く耳持たず


休み時間の延長状態のような授業になった


ワイワイガヤガヤ、後ろ向くわ立ち上がって教室出て行くわ


その女先生も、慣れない男言葉で「お前ら静かにしろや!」などと強く言ってみるのだが


騒ぎは収まるどころか更に激しくなり、毎度毎度、隣のクラスで授業をしている他の男性教師が怒鳴りに来る始末


その一瞬は静まるのだが、その教師が出て行くと、また元の騒ぎに戻ってしまう


特に我がクラスが1番、手が付けられなかったようだ


その女先生は何度か、泣きながら職員室に戻っては、数分後、教頭に付き添われて戻ってきた


そんな状態が1ヶ月ほど続いたある日


女先生が教室にやってきたが、いつもの様に休み時間の延長で、全く騒ぎの鎮まる気配がない


女先生はもう「静かにしろ」とも言わない



・・・ちなみに俺はそのころ、クラスの男子から浮いていた


1年から連(つる)んでいた数人はクラス替えで離れてしまい


シャッフルされた新しい2年のクラスは、正直ザコばっかりやなと舐めていた


だから他の男子も俺には近づいてこなかった・・・というか


父親が地元の警察署で日本拳法を教えていた関係で、勝手に俺のイメージが作りあげられていたのだ


クラス中が騒いでも、俺の近くにだけは寄らぬよう、気遣われていたようだ


それを女子は見ているから、家庭科の授業が崩壊する度に


1年から知っている数人が俺の机に来て「Tくん、あの男子達どうにかしてよ」と言ってくる


しかし俺はそういう優等生みたいな立ち位置とは真逆のポジションに居たから


「なんで俺に言うねん」と面倒なことから"逃げて"いた



ところがこの日は


いつものように授業崩壊する中、女先生は前の黒板に向き、ただひたすら無言のまま、チョークで要点を書いている


そのうち数人の女子が立ち上がり、また俺の所に来るのかと思いきや


クラスで1番真面目で寡黙な男子の机に行き、何か言っている


その男子は躊躇することなく、騒ぎの中心である数人の男子の輪に近づくと


俺の机からは聞こえないが、何やら注意している


すると言われた内の1人が突然「何じゃお前は!」と、その男子の胸ぐらを掴み、床に倒し馬乗りになった


「やめて!」

「離したげて!」

「授業中よ!」


そんな女子達の金切り声があがる


"これはアカン・・・"

俺もそう思ったが


男気出してソイツを助けに行くのは、逆に目立って格好悪いという意識が働き、動けずにいた


ところが。


ふと気が付くと、俺の目の前に女先生が立っている


うわっ!と一瞬驚いた俺に顔を近づけ「Tくん!助けてあげて!」と言う



この先生、舐められないようにと意識しすぎたのか


初めての授業でいきなり男子を数人、呼び捨てにしたのだが


その言い方が、いま思えば拙(まず)かったのかも知れない


若い新人教師がいきなり上から目線か!みたいな男子の反抗心を、煽ってしまった気がする



そんな、普段は呼び捨てにしてくる先生から「Tくん!」と助けを求められたわけだ


とびきり美人というわけではないが、22の女性に顔を近付けられて、ドキッとしてしまったのもある


俺は即座に立ち上がる


机を押し除けて一直線に、馬乗りになっている男子の所に行き


ソイツを引き剥がし、左耳の上に頭突きを喰らわす


「痛ぁぁぁ〜!!」


一瞬でソイツは戦意喪失、真面目男子は解放された



・・・とまあ


そんなことがあってから、授業は打って変わって全く静かになり


何故か他のクラスの授業も静かになり


クラスの男子からは更に一目置かれ


女子からは讃えられ(!)


その女先生からは、もう良いですって!と恐縮するくらい、感謝された


これを機に女先生は、クラスの皆に対し


「私の授業の進め方とか、私自身の態度も悪かったと思うので、改めてイチから頑張りますから、楽しい授業にしていきましょうね」


そんな語りかけもあり、男子とのわだかまりも徐々に無くなっていった


そして女先生は、事あるごとに俺に声を掛けてくるようになった


教室では「T」だったが、他の場所では「Tくん」と呼ばれた


"この先生・・・もしかして俺のことが好きなんじゃないのか?"


そのうち、そんな気がしてきた


さぁ、ここからの14歳男子の思考は、恐ろしく短絡的だ


"そのうち先生、大事な話があるとか言って、俺を家に呼んだりせんやろか?"


"そしたら俺、先生とヤるのとちゃうやろか?!"


"え〜っ!そしたら俺、あの人と結婚するのやろか?!"


"まだ14やねんけどなぁ!俺が卒業するの待ってくれるのやろか?!"



もう、アホ。


"先生はいつ、俺に告白してくるのやろか・・・?"


妄想の膨らんだ俺は、毎朝登校するのが楽しみで楽しみで仕方なかった



そんなある日。


「Tくん、ちょっと」


廊下で擦れ違った女先生から声を掛けられた


えっ?・・・きた?!


「はい」


「お昼休み、時間ある?」


「はい大丈夫です」


「そうしたら、お昼食べたら職員室来て欲しいの。ちょっと大事な話がしたくて」


き、きたぁー?!


「わかりました!」


「待ってるね〜」

そう言って、もうめちゃくちゃ可愛い笑顔を見せながら先生は去っていった


俺はすっかり彼氏気分

舞い上がり、そこからは授業も何も手に付かない


う〜ん・・・

家帰ったらオカンに何て説明しよう?


そして12時20分。

心臓をバクバクさせながら職員室に向かう


ガラガラと扉を開け、中を覗くと手前奥の2年担任のシマに、先生は居た


「失礼します」

職員室に入ると、他の学年の先生方から「おっ、Tやないか」と声を掛けられる


例の授業崩壊を(図らずしも)止めてから、ちょっとした有名人になってしまった


恥ずかしいやら何やら。


女先生も大事な話があるなら別の場所もあったろうに・・・体育館の裏とか・・・むふふ


こちらに顔を向けた女先生が俺に手招きする


その隣に座っている、英語の若い男性教師もニコニコ俺を見ている


なんやお前、お前には関係無いやろ?


少々ムッとしながら、女先生の前まで来る


「ここ座って」

促された丸椅子に座る


「あのね、私、大学卒業して最初にこの中学校に配属になって本当に良かった。Tくんに助けて貰わなかったら辞めてたかも知れない。今の私がいるのは

Tくんのおかげなの。」


いやもう良いですって〜(*/∀\*)


「だからTくんには最初に聞いて欲しかったの、あのね」


そう言って女先生は自分の隣の英語教師に振り向き


「私、こちらの◯◯先生と結婚することになったの」



・・・それ以降の話は全く、上の空だった

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る