第101話 オオクワガタ

昔大阪にいた頃の、先輩の話


歳は俺の2つ上なんだが童顔で、たまに思考回路も "こども" になる


「儲けたるねん」と言っては、先物取引で大損こいて泣きをみたりする人


ある秋口の話


飲んでいる席で先輩が「オオクワガタ知ってるやろ」と、唐突に聞いてきた


「あの、1匹1万とかで売れるクワガタですよね」


先輩はキラキラと瞳を輝かせながら


「そうそう。そのオオクワガタやねんけどな、知り合いにタマゴ譲ってもろてん」と言う


「ほう、どれくらい?」


「いやそれがもう、大量やねん」


「え、それどうするんです?」


「そこやねん聞いてほしいのは。あのな、ウチで飼育しようか思って」


「全部を、ですか?」


「そや。でな、孵化して育てて、上手くいったら丸儲けやろ?」


「そんな・・・簡単に飼育できるものなんですか?結構難しいのとちゃいますの?」


「いや、そうでもないみたいや。せやから次の土曜に、虫カゴとか腐葉土とか、買いに行くねん」


本人はいたって真剣に構想を練っている


「そうですか~上手くいったら、また教えて下さいね」


「デッカイの育ったらTちゃんにも分けたるわ~」


7ヶ月後の、6月


梅雨の真っ只中、たまたま太陽の覗いた金曜日に


急遽、百貨店の屋上ビアガーデンに行こうという話になり


総勢20名ほど、午後7時現地集合で、大阪の梅田に繰り出した


先輩も来ており、お互いなかなか会う機会もなく久し振りだったので、隣同士でワイワイ飲んでいたのだが


ふと、オオクワガタの話を思い出した俺は


「ところで例のオオクワガタの飼育、あれってどうなりましたん?」と訊いてみた


「あ、あれね・・・」苦笑しつつ、残念そうに先輩は語りはじめた



飼育カゴや土など、教えられたものを揃えてきた先輩


2階立ての一軒家で奥さん息子さんと3人で暮らしているのだが


気持ち悪がる奥さんを尻目に、2階へと上がる階段・全14段の両脇・・・つまり28箇所に


タマゴを埋めた飼育カゴを設置したそうだ


11月の終わり頃、何カゴか土を掘り返してみると、小さな幼虫が孵っていたそうだ


意外と簡単に育つもんやな・・・小躍りする先輩


2月の初めに確認すると、幼虫は数倍の大きさに成長していた


あと少しかな・・・期待に胸膨らむ先輩


そして4月になったある夜


夜中にトイレに起きた先輩は


階段の方から「ぶうぉ~ん・・・」という、少なくとも複数の重たい羽音を聞いた


これはっ?!

もしや・・・遂に羽化した?!!


はやる気持ちを抑えながら


いや真夜中やし、電気つけてゴソゴソしてたら家族にも迷惑や・・・


あした朝の楽しみに置いとこう


興奮しつつも寝室に戻り、再度、眠りにつく



翌朝。


「ぎゃぁぁぁぁぁぁぁ~っっっっ!!!!」

「いやぁぁぁぁぁぁぁ~っっっっ!!!!」


奥さんの叫び声で目の覚めた先輩は、状況ををすぐに把握した


「おはよ~どないしたん、そんな叫んでびっくりするやん」


笑いながら、階段前でガタガタ震えている奥さんに声をかける


「これ、これ、これ~っっっっ!!!!!」言葉にならない奥さん


「そんなに怖がらんでも~」


笑いながら奥さんの前を横切り、左手の階段を覗きこんだ先輩の目に映ったものは


所狭しと、それぞれの飼育カゴで


ぶおんぶおん飛び回る、数十匹もの巨大な蛾(ガ)だった

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