第63話 ごはん

やよい軒、ありますでしょ?


うちのオフィスの入るビルの前の通り沿いにもあるのだが、俺自身はあまり利用しない


が、定食をオーダーすると御飯おかわり自由のあのシステムは


がっつり食べる派の方々には根強い人気がある


うちのオフィスの入るビルには、メンテナンス対応の作業員がお一人、常駐しており


排水処理から立駐チェックまで、幅広く対応されている


年の頃は俺と同じか、少し上


坊主頭に、いつも水色の上下作業服・黒の安全靴


なかなかガタイも良く、イメージ的にはクールポコのハチマキのほう


いや、そっくりと言った方が良いかもしれない


その方、とにかく物腰が柔らかく礼儀正しい


会えばとても丁寧な挨拶をしてくださるので、こちらも立ち止まり、深々と挨拶を返す


未だにお名前も存じ上げないのだが、どうやらやよい軒が相当お気に入りのようで


遠目から入る姿・出てくる姿を幾度となくお見かけしていた


ある日、昼の13時過ぎに通りを歩いていると


まさにやよい軒から出てきた作業員さんと鉢合わせた


「あっ、どうも~」


満腹感を満たされて緩んだ顔を見られて恥ずかしかったのか


作業員さんは照れ臭そうに、それでも満面の笑顔で挨拶してこられる


丁度やよい軒から出てこられて、閉まった扉を背にしたあたりの位置


「こんにちはー」


こちらも挨拶を返したのだが、すぐに作業員さんの足元に、ん?と目がいく


距離は2メートルほどの位置での対峙だったが


作業員さんの、向かって右足の裾に大量のごはんが付いている


おそらくお代わりしようと炊飯器の前に立ち


しゃもじですくった時に、ひと塊りボテッと落ちた・・・そんな量


それが、裾から安全靴にかけてドンと乗っかっている


思わず吹き出してしまい「あの、足!足!」と指差す


目線を下げた作業員さん


あっ!と慌ててしゃがみ込み、ごはんを掴みだす


では、と笑いながら立ち去るが


作業員さんも顔を上げ、苦笑いを浮かべながら会釈された


あんな量落とすかー?ごはん笑


ましてやそれに気付かないって・・・


オフィスに戻ってからも脳内に、しゃがんだ姿と塊のごはんがリフレインし、その度に笑いを堪える


数日後


今度はAM11時半頃だったか


やよい軒の前を通り過ぎようとして、また作業員さんがそのタイミングで出てきた


「あっ!また、どうも!」


瞬時にお互い挨拶を交わしたが、目が無意識に足元に行ってしまった


俺の目線に釣られ、作業員さんも自分の足元を見る


「あーっ!」2人の声が揃う


まさかの、同じ場所に同じ量のごはん


挨拶程度の顔見知りではあったが、思わず「どんだけコメ付けるんすか!」と突っ込んでしまった


「あいやー、また?!」


作業員さんはしゃがみ込み、ごはんを掴みながら・・・


おそらくおかわりした時の再現なんだろう


すくって→よそって→おちる→首を傾げる、を繰り返している


笑っては失礼と思いながらも店先で爆笑してしまった



※今じゃ自動おかわり機になりましたね

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