第50話 毛

ある夏の日


連日の接待釣行でくたびれていた俺は、朝からグロッキー状態


それでも朝イチから、福岡経由で大阪入りしなければならなかった


7:05に那覇空港を出て、新大阪駅に着いたのが11:38


早朝から猛暑の中、スーツ姿だ


博多~新大阪の新幹線ではぐったり寝ていた


新大阪に着き、駅の外に出ると、沖縄以上かこの暑さ!


疲れに拍車のかかった体を引きずり、タクシー待合へ向かう


午後の客先訪問までに体調は戻るのだろうか・・・?


5人ほど並んでいたが、列はすぐに掃けて俺の番が来たので、乗り込む


乗り込んだタクシーの後部座席は、黒い革張りのシート


見た目は一瞬、夏場には不似合いで暑苦しい感じがしたが


車内は野菜室並みにクーラーが効いており、静かにクラシックも流れている


おおお~癒しの空間・・・

ナイスな一台に乗り込めたわ


「温度は大丈夫ですか?」


運転手に訊かれたので「丁度です」と返答する


それでも運転手は気を利かせたのか、風量が少し強まる


そこで気付いたのだが

いや風量が強まったから目に留まったのだが


運転手の左肩に"そよぐもの"を確認


目を凝らすと


おお・・・相当長いシモの毛じゃ・・・


目に留まったものは仕方ない


ずっとそよいでいるので、いつ飛ぶか・飛ばないかと気になって仕方がない


そして突然、それは飛んだ


うおっ?!身が引ける


後部座席左手に座る俺めがけて飛んできた毛の軌道を、途中までは目で追ったのだが・・・


あっ、見失った!

どこ?どこ行った?


クソ暑いなか着込んできた青いスーツを素早く確認


いや、無い。右手か?


左後ろに身を引きながら体をねじり、自分の右手シートを確認するが、そこは一面


黒いレザーじゃ・・・

"木を隠すには森へ" じゃ・・・


毛が飛んでからシート右手を確認するまでの俺の動きは恐らく、とても機敏でカクカクしていたに違いない


「どうかされましたか?」


「あっ、いや・・・」


快適な空間は一瞬にしてかきケされた

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