隣り合わせ(三)


 姉貴は夢中になってパワースポットで体験したことを話し続ける。


「湧水が御嶽ウタキと同じような存在になっているのを不思議に思ったことはない?」


「今日行ってきた泉のことか?」


「あそこだけじゃないよ。

 湧水もあちこちにあるんだ」


「そうなのか……」


「水道やダムなどの技術がなかった時代は自然に頼っていた。

 当時は井戸がある家は少なく、湧水から水をくんできて家にある大きなかめに水をためて使うのが普通だったんだ。

 生きるために必要な水はとても貴重で、湧水をめぐって集落同士の争いが起きたといわれている」


「個人じゃなくて、集落レベルの争いなのか?」


「もちろん人同士の争いもあったはずだよ。でも湧水は個人のものではなく、共同で使われていたんだ。

 みんなで活用できるように石造りの水路を通して水をためられるようにし、飲料水の確保だけでなく、体を洗ったり洗濯もできる施設をつくった。

 共同の施設は集落の財産だ。湧水はきれいにして大切に守り続け、水を与えてくれる精霊に感謝した。だから湧水があるところには小さなほこらのようなものがあって、拝めるようになっていることが多い」


「俺は泉しか見ていない。

 一緒に行った女子が林の中に入って行ったけど……。

 もしかしてそこに祠があったのか?」


「林の中にちゃんと祠はあったよ。

 湧水のパワースポットはロウの様子から攻撃的なアヤカシが居るとわかって用心したよ。

 駐車場から細い道に入って湧水へ向かっているときから、ぴりぴりとした空気があった。何か現れるかもしれないとかなり警戒したけど何も起こらなかった。

 泉がある場所に着いてもアヤカシの気配はなくて、ちょっと意外だった」


 湧水のパワースポットでは駐車場で木の葉をまとったアヤカシに襲われた。アヤカシは俺に向かって飛びかかってきたのでターゲットは決まっているようだった。俺にははっきり姿が見えて奇妙な音まで聞こえていたのに、姉貴には全然見えていなかった。


(俺が何かに襲われていると気づいて、姉貴は怒った顔をして走っていった。

 後先考えず感情のまま行動しているように思えるけど、意外なところで冷静なんだよな)


 一緒に行動すると振り回されているように思えてムカつくこともある。でも不思議と姉貴のことは嫌いにならない。

 姉貴が「大丈夫」というなら絶対に大丈夫という妙な確信があって、むしろ何か起きるんじゃないかと期待している部分があるからだ。


 それでもアヤカシに襲われたときは生命いのちの危機を感じたので、一人で御嶽ウタキへ行ったときは心配だった。無事に帰ってきたので安心したが、湧水で何をしていたのか気になってて……。


 奇妙な体験をしたはずなのに姉貴はいつもと変わらない口調で語っていく。


御嶽ウタキみたいなところはないか探した。だいたい水場のそばに祠があるからすぐに見つけられると思っていたのに何もなくて少し焦った。

 それで周辺を探し始めたんだけど、雑木林の中がぼんやり光っているように見えたんだ。

 中に入っていくと祠があってね、祠の前に着いた途端に『何しに来た!』と怒鳴られた気がして驚いたよ。

 でもね、祠や泉の周辺に落ちているゴミを拾い終えたら、森林浴をしているときみたいに気持ちのいい空間に変わっていた。

 満足したことがわかってさ、もう一回謝って来た道を戻った」


 姉貴の話はまるで小説や映画のようだが島では現実リアルだ。ここでは今でも御嶽ウタキには神霊がいると信じられていて、穢してはならない聖域とされている。


 御嶽ウタキで禁忌を破るとばちがあたるといわれてて、怒りにふれて精神がおかしくなったとか、事故に遭ったという話は聞いたことがあった。それでも俺の周りでそんな事件はなく、大げさに言ってるだけだと思っていた。ところが俺自身が体験した。


 不思議な現象が存在するとわかっても、自分の身に起きなければ怖くない。しかし実際に体験したらパニックになるはずだ。


(なんで姉貴は冷静でいられるんだ!?)


 疑問はたくさんあるけど、話の腰を折ると話さなくなる可能性がある。ここは我慢して聞き役に徹する。

 姉貴は頬がうっすらとピンクになっていて目がきらきらしている。興奮気味で、俺が促さなくても話し続ける。


「獅子がパワースポットに選ばれてたのは、ちょっと意外だった」


「香炉が置いてあったから獅子も御嶽ウタキだろう?

 別に不思議では――」


 姉貴は「チッ、チッ、チッ」と言いながら人差し指を立てて左右に振った。得意げな顔をして話していく。


「あの石獅子は境界に置かれる邪気返しの一種なんだ。

 現在は薄れているけど、むかしは集落単位で生活していて結束が強かった。境界を設けることはとても重要で、自分たちの集落を守る大事な場所となる。

 当時は医学や科学技術が未熟で、病が広がったり天災が続くと、魔物マジムンのしわざではないのかと恐れていた。

 よくない物事は外部からやってくると考えてて、集落を守るために境界で食い止めようとした。そこで石獅子につながる。

 石獅子は邪気をはね返す霊力があると信じられている。集落の入り口に設置することで外から侵入するよくないもの――魔物マジムンを返すというを担っているんだよ。

 パワースポットめぐりをする人の中には、獅子が守っている集落に住んでいない人もいるだろう?」


「俺がそうだ」


「そこが気になるんだ。

 集落を守っている獅子とまったく関連性がない人が来ても、御利益はあるのかな?

 獅子の役目は集落を守ることだよ?」


「なんで獅子が邪気返しって知っている?

 そんなに詳しいのはなぜだ?」


「古くて歴史のある場所が好きだから史跡をあちこちめぐっているんだ。

 調べて訪れているうちに自然と情報が集まって、いつの間にか知識がついていた」


(そういえば姉貴は探検と称して犬を連れて散歩していた。

 変な物を見つけるのがうまくて、〇〇家の庭には戦争時に実際に使われていたと思われる大きな薬きょうがあるとか、△△家の牛舎には闘牛がいるなど、いろいろな物を見つけては冒険譚として話してくれてた。

 好奇心が旺盛なのは今でも変わらないのか)


 社会に出るといろんな物を見て、さまざまな人と出会って、経験することで変わっていく。

 姉貴も島から出て一人暮らしを始め、大学やバイト先でたくさんの人たちと会ってきたはずだ。


(刺激を受けて人は変わるというけど、姉貴は姉貴のままで安心する。

 でも……気になる。

 姉貴はどんな生活をしているんだ?

 何を感じているんだ?)


 島から出て行ってしまって姉貴のことが見えない。姉貴がいなくなって家が少し嫌いになった。


 日常風景に姉貴がいるのが当たり前だったのに、いつもの場所に姿がない。いないことに慣れなくて、家にいると気になってしまう。それで家にいる時間を減らした。


(大学なら島にもある。

 それなのに……なんで島を出て行ったんだ?)


 前から聞きたかったことだけど、答えが怖くて聞けずにいる。今も聞くことができなくて、話し続けている姉貴を横目で見ていた。


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