隣り合わせ(四)


 パワースポットで何をしていたのか話すのを渋っていた姉貴だけど、珍しい体験だったようで夢中になって話し続けている。


(自然が多い場所へ行って写真を撮っているのは知っていた。

 でも史跡をめぐる趣味があったのは知らなかった)


 姉貴はどんなものを見ているのか、何を感じているのかを知りたくて、話を広げるために質問した。


「そういや獅子ではいきなり大雨になった。

 戻ってきたとき、あんまりぬれてなかったけど降ってなかったのか?」


「あのどしゃ降りか~」


 石彫りの獅子のパワースポットを訪れたとき、数メートル先が見えないほどの雨に見舞われた。俺は車の中にいてぬれなかったけど、姉貴は傘を持たずに外にいた。ずぶぬれになっていると思っていたのに、少し雨に打たれた程度で帰ってきたことが不思議だった。


「すぐに塀から出ている木の下へ避難したよ。

 島だとスコールみたいな雨はよくあるからすぐやむと思ってた。でもやむ気配がなくて焦ったよ。

 神霊に捕まっちゃったのかなと思って、『まだ行くところがあるから困る』と言ったんだ。するとねえ、だんだん雨足が弱まってきて上がったから助かったよ」


「『神霊に捕まる』ってなんだ?」


「神霊はお気に入りを見つけると帰したくなくて、雨を降らせて足どめするから気をつけろって言われたことがあるんだ」


らずの雨――だっけ?

 人が帰ろうとしたのを引きとめる雨のことを話しているのか?

 もしそうなら、さらりと流すなよ。

 神霊が姉貴のことを気に入って、わざわざ雨を降らせたというなら違った意味で怖くないか?)


 姉貴は子どものころから不思議な部分があった。予知していたようなことを言ったり、魂が抜けたような状態の友人を現実に引き戻すなど、奇妙な現象をあげるといくらでも出てくる。


(小さいころから姉貴の周りで起きる不思議な出来事を間近で見てきた。だからほかの人よりは慣れているほうだ。

 でもなぁ、日常会話のように話すなよ。

 パワスポめぐりで怪異に遭い、焦ったり怖がったりしていた俺がビビりみたいじゃねえか)


 ぶっ飛んだ状況にいても楽しそうにしてる姉貴を見ていると怯えがなくなる。本当に神霊の怒りを受けていたのかと記憶を疑いたくなってきた。


(ん? 待てよ? いつもとちょっと違うな。

 さっきからテンションが高い。

 話すことに夢中になっているせいと思っていたけど、もしかして姉貴は飲んだ酒で酔ってるのか?)


 姉貴は手を握ったり開いたりして、行進するかのように腕を振りながら歩いている。興奮気味に話を続けていく。


「さっきのほこらはすごかったね。

 あんなにたくさんの光が視えるなんて初めてだったよ。

 いい神霊が集まっていたのかな? それともお酒がよかったのかな?

 巨人さんもご機嫌だったし、おいしい酒を飲むと機嫌がよくなるのかなあ?」


(姉貴もご機嫌じゃねえか!

 超常現象的なことが次々と起こっている異常事態というのに、珍しいものを見た程度で話されると緊迫感がなくなるぜ)


「そうだ! ロウ、今回のことは誰にも言っちゃダメだぞ!

 ロウはまだお酒が飲める年齢じゃないんだ。お酒を飲ませたなんて知られたら怒られちゃう」


(気にするのはそこなのか!?

 酒をすすめたのは清めが必要だったからだろう!?)


 どこかずれている思考回路は、長年付き合っていても読めないときがある。あきれることもあるけど、姉貴はいつも真剣だ。


生命いのちの危機にあるときに飲酒なんて気にするところじゃないだろ。

 それに姉貴がしてくれたことは、体験した俺でもまだ現実とは思えないくらいぶっ飛んでいるんだ。

 ほかの人に話しても信じてくれるかどうか……。

 そんな出来事コ トをわざわざ話題にするわけないだろ)


 じっと俺を見て不安げに返事を待っている。


「誰にも言わねえよ」


 姉貴は安心した表情になって笑うと砂浜を歩き始めた。油断した隙に気になっていたことを質問してみた。


「香炉に人の形をした紙があったけど、あれはなんなの?」


「あれは人形ひとがたで、厄を代わりに受けてくれるんだ」


「ひとがた? 厄を受ける?

 どういうことだ?」


「有名なのは神社かな。

 例えば六月末に『夏越大祓』があってね、人形ひとがたを体につけて息を吹きかけることで病気とか厄災を人形ひとがたに移すことができるといわれているんだ。

 今回は異例の仕様になっているけど、やったことは同じで代わりをお願いした」


(あの和紙にはそんな意味があったのか。

 姉貴はいろんなことを知っている。まさか……)


「アンタがつくったのか?」


「そんなわけないよ~。

 ちゃんと神社の人にお願いしてつくってもらった――」


 ここで急に話すのをやめた。何か思い出したようで目を大きく開いている。

 慌てて自分のポケットに手を突っ込んであさり始めた。目的の物はあったようで、ぱっと明るい表情に変わって中にあった物を取り出した。


「危ない、危ない。忘れてた~。

 ロウ、これあげる」


 姉貴がポケットから出してきたのは御守りだ。朱色の袋に金の文字で「交通安全御守」と書かれている。


「前に渡した御守りがこれまで護ってくれてたけど、バイクの事故で効力がなくなっちゃった。だから今度はこれを持ってて」


 バイクに乗り始めてすぐに姉貴が御守りをくれた。絶対持っててと言われていたから隠していつも持っていた。ところが御守りはバイクで事故ったあと、いつの間にか消えていた。


 その御守りが関係しているのかはわからないが、バイクで事故ったときに不思議なことがあった。


 アヤカシがバイクに乗っていた俺を襲ってきたとき、アヤカシと俺の間に何かがあって、ぶつかってきた衝撃を受け止めた。だから直撃を受けずに済んだ気がした。


 結局、アヤカシの力が強くてはじき飛ばされてしまったけど、宙を舞って地面にたたきつけられる寸前で弾力のある物の上に落ちた感触がした。その物のおかげで落下の衝撃が緩和された気がする。


(あの事故で俺が軽症だったのは、ただの偶然かもしれない。

 でもあの御守りが……姉貴が御守りを渡したからという気がしてならない)


 黙ったまま御守りを見ていたら「姉ちゃんが選んだ特別な御守りだぞ」と威張って言ってきた。

 得意げな様子に、霊力チカラがあるのは御守りなんじゃないのかと言いたくなった。気持ちを抑えて何も言わずに受け取ると、姉貴は嬉しそうに笑った。


 手にある御守りを見ていたらハミングが聞こえてきた。


 機嫌がいいと無意識にでる姉貴の癖だ。曲はテンポのいいビールのCMソングのはずだけど、音程が微妙にずれてて気になる。でも……ほっとする。


 思えばここ数日、奇妙な出来事に振り回されていた。


 変なことが起きているのに原因も対処方法もわからず、恐怖と不安を感じていた。手詰まりになっていたところに姉貴が来て、あれよあれよという間に問題を解決してくれた。


 あんなに怖かったのに恐怖心はとっくになくなっていて、いつの間にか砂浜の散歩を楽しんでいる。


(不思議だ。姉貴がいると和む)


 ビーチに到着したときは怪異に怯えて楽しむ余裕なんてなかった。でも今は心穏やかで、なつかしい思い出がよみがえってきている。記憶とともに、わくわくしていた気持ちも戻ってきて自然と笑っていた。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る