贈りもの

格別なもの


 周囲から聞こえてくるのは波の音に砂の上を歩く音だ。

 自然の音は耳に心地よく、いつまでも聞いていられる。


 子どものころは休日によく海へ行っていた。

 シュノーケルを楽しんだり、砂浜で珍しい貝を探したりして一日いても飽きなかった。


 なつかしく思っていたら独り言のような声が聞こえてきた。


「ロウが事故をしたって連絡がきたときは驚いた。

 大きな怪我もなく無事でよかったよ」


 心配をかけてしまったことが気まずくて、何も言わずに姉貴の少し後ろを歩く。


「実はねえ、連絡がくる数日前から胸騒ぎがしていた。

 何度か夢を見ていて、漠然と島が関係するものとわかっていた。

 ずっと落ち着かなくてさ、島の風景が浮かんだり、ロウのことが気になったりしていた。

 事故の日の朝、コーヒーを飲もうとマグカップをテーブルに置いたら割れたんだ。ロウからもらった物だったから嫌な予感がしたよ」


「俺からもらった?」


「誕生日にプレゼントとしてくれたもの」


 はじめは覚えがなかったけど誕生日プレゼントと聞いて思い出した。姉貴の誕生日にマグカップをプレゼントしたことがある。ペアのマグカップだったけど、片方は俺が使うと言って強引に取り、今も使っている。


(そういや家に戻ったとき、姉貴は棚をあさっていた。

 そのときに気づかれたかな?)


 あげたことを思い出したら照れくさくなり、マグカップのことは忘れているフリをして姉貴の話に耳を傾ける。


「ずっと気になっていたし、カップが割れたこともあってものすごく心配で、念のため飛行機のフライト情報を調べていたんだ。そしたら連絡がきて……。

 準備はできていたからすぐに出発できたよ」


「大学はよかったのか? 授業があるんだろ?」


「真面目に講義を受けてるから大丈夫。

 それよりもロウのほうが大事だよ。本当に無事でよかった」


 足が止まって姉貴が俺を向いた。


  心配して不安げで泣きそうな……

   それでいて少し怒ったような……。


 複雑な心境が表情に出ていて、俺の目を真っすぐとらえてじっと見つめてきた。


(いつも明るい姉貴がこんな表情をするなんて――)


 心苦しくなってわずかに視線をそらしたら、姉貴はすぐに表情を変えた。安心させるかのように笑うと、いつもの屈託のない顔に戻って砂浜を歩き出した。


 姉貴の後ろを歩いていると、辺りが白んできていることに気づいた。


 東の空が明るくなっていて太陽が顔を出しそうだ。先を行く姉貴の足取りがだんだん軽やかになっているのは気のせいだろうか。


 何かを見つけたようでかがんで拾い上げた。拾った物を手の中で転がしたら嬉しそうに笑った。下を見ながら歩き始め、辺りを見回す目はきらきらとしていて顔がほころんでいる。


(何かを探すことに熱中しているな。

 感情がおもてに出るからわかりやすい)


 ちょっと歩いてはしゃがみ、落ちている何かを手にしては砂の上に戻す。夢中になっていてとても楽しそうだ。邪魔にならないように少し離れてあとをついていく。


 波打ち際を見ながら歩いていると急にまぶしくなった。反射的に光の方向を向くと朝日が飛び込んできた。


(久しぶりに日の出を見た。こんなにまぶしいんだな)


 手をかざして見ていたら姉貴が戻ってきた。目の前まで来ると、ずいと手を突き出してきた。


「ロウ、これあげるよ」


 ぽかんとしていたら、「早く! 手!!」とせかす。手を出すと姉貴の手からこぼれた物が手のひらに乗った。楕円形でグリーン色をしている。


(シーグラスだ。グリーンの物は珍しい)


 割れて鋭利になったはずのガラスの破片は、波や砂に削られ時間をかけて角が丸くなっていく。ガラスの特長である透明感も表面が削られたせいで曇りガラスのようになる。シーグラスは小さなサイズが多いけど姉貴が渡したのはけっこう大きい。


「おそろいだぞっ」


 にこにこと笑って自慢げに見せてきたのは、俺にあげたものより小さめのグリーンのシーグラスで三角形に近い。嬉しそうにポケットにしまうと歩く方向を変えた。


「徹夜なんて久しぶりだ。

 限界きたから、ちょっと仮眠とってくるー」


 砂浜を駆けるとあっという間に堤防を越えて行き、車のドアが閉まる音がした。


 浜辺に忘れていったからの一升瓶とコンビニ袋を回収して車へ戻ると、窓を全開にしたままシートを倒して寝ている姿がある。近づいてもすーすーと気持ちよさそうに寝ている。上着をかけても気づきやしない。


(不用心すぎる。

 女なんだからもっと用心しろよ)


 きのうからパワースポットへ行って神霊の怒りを解いて回った。最後の御嶽ウタキで姉貴は「大丈夫」と言ったけど、終わりとなった実感がもてずにいた。

 油断してるときに怪異が襲ってくるのではと内心びくびくしていたけど、こんなに無防備に寝ているのを見たら、怯えているのが馬鹿らしく思えてくる。


「嬉しそうに笑いやがって」


 寝ていても楽しそうにしているから頬が緩んだ。自分が笑っていることに気づいて照れくさくなり、車から離れて堤防の上に座った。


 朝日はすでに水平線より上にあり、どんどん明るくなってきている。光はまだやさしくて暖かい。黒かった海にカラーが戻ってきて、波の音が強くなっている気がする。


 島風を感じたら、ばあちゃんが言っていたことをふと思い出した。


『姉妹には兄弟を守護する霊力チカラがあるといわれているんだよ。

 だからお互いを大事にしなさい』


 呼んでいないのに飛んできてくれて、何も聞かずに当然のことのように神霊の怒りを解決してしまった。


(ずっと聞き流していたけど……

 ばあちゃんの言ってたことは本当だ。

 姉貴はどこにいても俺を守ってくれている)


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