見送るのはいつも・・・


 姉貴は目が覚めるとすぐに俺を家へ送った。


 レンタカーを返却するからと言って、親に会わず逃げるように去っていった。レンタカー返却という理由は本当だろうけど、飛行機の時間まで余裕があった。だから車を返す前に何か用を済ませに行ったと思う。


 家に帰ると親に叱られた。

 病院から突然いなくなったせいで周りに迷惑をかけただの、連絡したのにどうして電話に出なかっただの、さんざん叱られ、おまけに姉貴がいないことまで愚痴られた。


 バイクで事故って入院したのは俺で、病院から勝手に姿を消したのも俺だから悪かったとは思う。でも退院は決まっていたんだ。それにメモを残していたからいいじゃねえか。

 とはいえ、心配させて迷惑をかけたことは反省してる。黙って聞いていて、解放されたらすぐに出かけた。




(姉貴が乗る飛行機の出発まで時間がある。

 まだロビーにいるはずだけど)


 空港へ行く前の寄り道が思っていたより時間がかかり、フライトの時間前に到着できたことに、ほっとしている。

 出発ロビーへ行き、フロアを見回していたらショップから姉貴が出てきたのが見えた。距離があって、俺に気づいてないから呼びかける。


「なあ、おい」


 人が多くてフロアはざわついている。何度か呼びかけたけど、姉貴は自分のことだと気づいていない。


(ああ、くそっ、しょうがねえ)


「レイ!」


 反応があって姉貴はきょろきょろと辺りを見回し始めた。俺を見つけると満面の笑みを浮かべて向かってきた。


「ローウ。『姉ちゃん』でもいいんだぞっ」


 はずんだ声で言い、顔はほころんでいる。

 「姉貴」と呼ぶと「『兄貴』に聞こえるからヤダ」と言って返事をしない。だからといって姉貴のことを「姉ちゃん」とは呼びたくない。そこで仕方なく「レイ」と呼ぶけど……。


(姉貴を名前で呼ぶと、いつも嬉しそうに笑うからなんか照れる。

 人前だと呼びにくいんだよ)


「見送りに来てくれなくてもよかったのに~」


 姉貴は嬉しそうにしていて、俺の心境にまったく気づかずにいる。調子にのる前に紙袋を渡すことにした。


「ん……」


「おみやげ? ありがとう」


 受け取って袋の中をのぞくと、ラッピングが変わっていたのが気になったようだ。


「お菓子じゃない。これ、なにー?」


 姉貴の問いかけに答えずにいると、「中身はなにー?」としつこく聞いてきて、中身を知りたいと目で訴えてくる。家に着いてから確認してほしかったけど仕方がない。


「マグカップだよ」


「えっ!」


(なんだ? 驚いた顔をしているな。

 砂浜でマグカップが割れた話をしてたから、そんなに意外なことじゃないはずだけど……。

 もしかして覚えていないのか?

 やっぱりあの妙なテンションは酔っぱらっていたのか?

 ……まあ、いいか)


「それ、ペアもの」


「ペア? 1個しかないように見えるけど」


 渡した袋は小さくて、カップが2個も入るようなサイズではない。


(こんなときだけ気づくんだよな。

 姉貴の前では言いたくなかったんだけど……)


「2つあると荷物が増えるだろ。だから片方は俺が使う」


 ぱあっと明るい表情になって笑顔がこぼれた。嬉しいというオーラが全身からあふれていて、見ているこっちが恥ずかしいくらい感情が読めてしまう。そっぽを向いてから言った。


「大事に使えよ」


「もちろんっ! 大事にするよ!!」


 ちらっと見ると、姉貴は満面の笑みになっていてハミングまでしている。とてもていねいに袋をリュックに入れるから、大切にしようとしてることが伝わって俺も顔が緩む。


 立ち上がった姉貴が「ありがとう」と言ったら、ちょうど飛行機の出発時間を案内するアナウンスが流れてきた。「時間かぁ」と残念そうな顔をして歩きながら話し続ける。


「もうちょっといたかったけど大学の講義が詰まっているから。

 次はもっとゆっくりできるように調整してから帰ってくるよ」


 保安検査場の入り口に着くと、姉貴は恥ずかしげもなく大きく手を振って「ロウ、またね!」と言うとそのまま消えていった。



 姉貴は子どものころから行動的であちこち探検した。

 俺やイトコが行けないような場所へ一人で行くこともあり、そのときの冒険譚を聞かせてくれた。


 いつもは空気が読めないくせに変なところで勘が働く。

 俺がナーバスになっていると、近くにいてくれたり外に連れ出したりしてくれた。なぐさめの言葉をかけるわけでもなく、自分の考えを押し付けてくることもない。ただ近くにいる。


 マイペースな性格で、感情が素直に表れて思い立ったらすぐに行動するところは今でも変わらない。


 姉貴がそばにいると安心感があった。それなのに島を出て行った。海の向こうへ行ってしまい、簡単に会えなくなって取り残されたように感じていた。


(県外へ行ったときは島が嫌いで出て行ったのかと思った。

 でもそうじゃなかった。

 姉貴に距離なんて関係ないんだ)


 病院で久しぶりに会ったというのに、まるでいつも会っていたかのように話してきた。


(奇妙なことが立て続けに起こっていて、もっとひどいことが起こるんじゃないかって怖かった。

 でも姉貴が普通に接してきたから大丈夫なんだと安心した。

 あれから冷静になれたんだ)


 空港のターミナルビルの屋上にある見学者デッキで、滑走路を見ながら本人には言えない言葉を口にする。


「連絡してこないくせに、いつも会ってるように話すなよ。

 もう少し……。寂しがってる俺が子どもみてえじゃねえか」


 姉貴が乗っている飛行機はスムーズに滑走したあと、空へ消えていく。また遠くへ行ってしまったのは寂しいけど、次はもっと長く島にいるようなことを言っていた。


(一緒に行きたいところがあるんだ。

 絶対、付き合ってもらうからな!

 早く…… 早く帰って来いよ)


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