海辺の神霊
光の乱舞(一)
車は最後のパワースポットとなるビーチへ向かっている。
姉貴にいろいろ聞きたいことがあるけど、さっきの光景が面白くて気が抜けた。
3つ目のパワースポットの獅子は住宅地の中にあった。一緒に行くつもりだったのに
車で待つことしかできなくて、姉貴が
ドラマや漫画とかで酔った人が瓶ビールを大げさに振り回すシーンがある。これはないだろうと思っていたのに、姉貴は酒の一升瓶を高らかに上げ、コンビニ袋を引っ
「ロウ、姉ちゃんがいない間になんかイイコトあった?」
思い出していると、運転している姉貴が聞いてきたので窓を向いた。
(ふだんは鈍いくせに、こんなときは気づくんだよな)
窓ガラスに映っている姉貴の顔は、面白いことがあったのなら教えてよと訴えている。帰ってきた姿がおかしくて恐怖が消えたとは言いたくなく、窓を見たまま「別に」とかわした。隣でふてくされている気配がするけど気づいていないフリを続けた。
4つ目のパワースポットは観光客にも知られている人気のビーチで、俺も家族で来たことがある。姉貴が気に入っていて、子どものころは夏季に何度も訪れた。
姉貴は道を覚えているようで、ビーチの名称を伝えるとカーナビを設定する必要もなく運転を始め、地元の人しか知らない抜け道を使って突き進んでいく。海沿いまで来ると駐車場所を探し始めたので、前に訪れたときに止めた場所へ案内した。
ビーチを目前にして足がすくんでいる。
これまで行ってきたパワースポットではすべて怪異が起きた。ビーチに着いたのはいいけど外へ出るのが怖い。
(
それとも別の怪異が起きるのか……?)
窓から外を見ると木々の向こうに堤防が見えている。堤防の先には夜の海があり、見回しても得体のしれないモノは見えない。背後からドアが開く音がした。
「ほ―――ん。海はやっぱいいなあ!」
身構えていたところ、はしゃぐ姉貴の声が聞こえて一気に緊張感がなくなった。びくびくしているのが馬鹿らしくなってきて、ドアを開けて外に足を出して座った。
堤防越しでも波音が聞こえてて、遠くにある水平線と空の境目の色が近い。
日中だとグリーンとブルーのグラデーションがきれいなビーチなのに、夜になると群青色がさらに濃くなって底が抜けたような海が広がっている。
(昼だと透き通った海中には赤・オレンジ・黄・青と、色とりどりの魚が気持ちよさそうに泳いでる。
竜宮城をイメージできるほどにぎやかなのに、夜の海は生き物がいるようには見えない)
海は変わらないはずなのに昼と夜ではまったく違って見えて、
「ちょっと待っててね」
そう言うと、姉貴は一升瓶とコンビニ袋を持って海へ降りて行った。
一人で夜の海へ行かせるのは心配だが、また足手まといになりたくない。今度は帰ってくるのを車で待つと決めた。
姉貴の足音が聞こえなくなってから鼓動が速くなっている。
手のひらに汗がにじみ指先が冷えていて、音がするたびに辺りを確認している。
暗がりが気になり、ナニカがひそんでいるんじゃないのかと想像してしまう。高いところにある枝が風で揺れて騒ぐたびに反応して呼吸が速くなる。
また頭痛や耳鳴りで苦しむのか、それとも
ドアを開けっぱなしにしているので潮のにおいがしている。さざ波が聞こえて耳に心地よく、音に集中すると気持ちが穏やかになっていく。
かすかな花の香りがして、風が吹いてきた方角を向いた。
「ホタル?」
黄色の小さな光がふわふわと浮いている。子どものころに見たホタルに似ていて、タンポポが風に乗って流されるときと同じようにゆっくりと飛んでいく。
光を眺めていたら目の端に別の黄色の光が映った。向くと黄色の光がたくさん舞っていて同じ方向から飛んできている。光が前を通ると、ほのかに花の香りがしていることに気づいた。
(光が流れてくる方角から花の香りもしているみたいだ。
甘ったるいにおいじゃなくて、どこか凛とした香り……。
気持ちがすっきりとして落ち着く)
花の香りとともに流れてくる光を見ていたら、なぜか
車から離れ、堤防を越えて浜辺へ降りた。光が流れてくる場所を目指して歩いていく。砂を踏んだときの感触で記憶が呼び起こされる。
(姉貴とこのビーチでよく遊んだ。
砂浜の端が見たくて延々と歩いたこともあったな)
さっきまで黒々とした海は無機質で底のない闇に思えて不気味だった。でもよく見れば月華が海面できらめいて宝石のように美しい。砂浜では満月に近い月の光が白砂を反射して、薄く光を放っているように見える。
(月の光はこんなにも明るいものなんだな。
海や浜辺に光をつくってくれてる)
雲一つない空で月は輝き、月明かりだけでも十分に明るい。ライトもないまま砂浜を歩き、
常緑の広葉樹や雑草が繁茂している林に、草木が茂っていない不自然な空間ができている。奥へ目をやると大岩の下にコンクリート製の
小さな光は祠から現れているようだ。祠の中から光が出てくるのが見えて、辺りをふわりふわりとただよっている。それから祠の上へ行ってしばらく舞うと、風に流されるように飛んで通り道にいる俺の横を抜けていく。
光は現れ続けていて、うっそうとして不気味なはずの空間を明るくしている。幻想的な光景にしばし見とれていたが、林の中へ足を踏み入れて姉貴の隣に立った。
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