息を感じる距離(二)
背にナニカがいる。
だが姿が見えない。それなのに「フゥ、フゥーッ」と息づかいが聞こえ、生臭いニオイがしてくる。背中に手を回しても何も触れなかったのに、ナニカが乗っている重さを感じていて押しつぶされそうだ。
今、攻撃されたら――
死ぬかもしれない。
極度の緊張と恐怖から全身に汗をかいていて、顎から
(うまく……息ができない。
怖い。とても怖い――)
体が小刻みに震えていて自分の意思では止められない。
耳だけで気配を探っていると、やさしく肩をたたかれた。すると急に背中が軽くなった。驚いて触れてきた方向を見れば姉貴がそばにいて俺を見ている。
「ロウ、大丈夫だ。ゆっくりと息をして」
目を閉じて言われたとおりに深く息を吸った。続けてゆっくりと息をはいた。
姉貴の手が肩にあるのを感じて恐怖が薄らぐ。そのまま深呼吸を続けて呼吸を整えることに意識を集中させた。
息ができるようになると気持ちも落ち着いてきたので、おそるおそる周りに意識を向けた。
近くで感じていた息づかいが聞こえなくなり、生臭いニオイも消えて背中に乗っていた
(どこかへ……行った……?)
まだ体の震えは止まらなくて呼吸が乱れている。深呼吸をして気持ちを落ち着かせようとするけど、心臓は速く打っていて汗が止まらない。
「ロウ、ちょっと車に戻ってくれる?」
言われるがまま立ち上がって助手席に戻ると腰を下ろした。鼓動は速いままで指先が震えている。本能が怖いと訴えていて
(震えが止まらない……。
ホラーやオカルトの映画を見ても怖いと思わないし、心霊スポットへ行っても怖いと思ったことはなかった。
でも……今は……怖い)
顔を見られると怖がっているのを悟られるかもしれないのでうつむいた。
運転席のドアがなかなか開かない。不思議に思って顔を上げると姉貴は助手席側に立ったままでいる。目が合うと申し訳なさげに言ってきた。
「スマホを車の中に落としたみたいなんだ。
運転席にはなかったから助手席を探してくれるかな?」
足元を見てみるが見当たらない。シート下へ入り込んだのかもとシートを動かして確認し、シートの下に手を入れて探ってみたけど見つからない。助手席側にはないようなので後部席側まで見てみたけど、スマートフォンは見つからない。
「どこにもねえぞ。本当に落としたのか?」
顔を上げると姉貴の姿は消えていた。
やられたと思ったけど、見えない
一緒に行くと豪語したのに頭痛で気を失ったり、
(くそっ、足手まといになっている)
助手席に座り直して車内から獅子がある方向へ目をやるけど、すでに住宅地に入ったようで姉貴の姿はない。
迷わずに獅子までたどりつけるか心配になり、連絡がくるかもしれないと、ポケットからスマートフォンを取り出して備えておいた。
車内で待っていたら、ぽつぽつと小さな音が聞こえてきた。
音は屋根から聞こえていて、次第に回数が増えていく。フロントガラスに小さな玉ができて、ころころと転がった。
「……雨か……」
ガラスに当たって流れ落ちていく雨粒を見ていたら、あっという間にどしゃ降りになった。さっきまで晴れて月が見えていたとは思えないほどの急変だ。
雨は大きな音で屋根をたたき、車内は騒々しい。あまりの激しさに5メートル先が見えなくなっている。
(これじゃあ動けねえ。姉貴は大丈夫か!?)
目を凝らして外を見るけど雨がひどくて様子がわからない。
スコールのような雨は島では珍しくないが、傘を持っていなかったのでぬれていないか気になる。空を仰ぎ、やきもきしながら眺めていた。
どしゃ降りは5分ほど続いて突然やんだ。しばらく様子を見ていると月が見えてきた。
(雨は完全に上がったみたいだな)
道路の向こうには家々が建ち並んでいる。外で動いている物はなく、街灯や民家の明かりが道路に影をつくっている。
(姉貴が獅子を探しに行ってからけっこう時間が経っていないか?)
獅子が設置されている場所は車から近い距離にある。それなのに時間がかかりすぎているような気がして心配で迎えに行きたい。
ゆっくりとドアを開けて辺りを見回すけど何も見えない。ドアを開けたまま様子をみても何も起こらない。
おそるおそる車の外へ出てみた。
外にいても
(
信じられなくて辺りを警戒していると、住宅地に続く道路に人影が見えた。人影はこちらへどんどん近づいてきて、シルエットから姉貴だとわかった。
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