集落の神霊

息を感じる距離(一)


 3つ目のパワースポットとなる獅子へ行く途中でコンビニに寄った。

 とくに欲しい物がなかったから車のそばで待っていると、姉貴がコンビニから出てきた。


 にこにこと笑っていて軽い足取りで俺のところへ来ると、「好きなの食べていいよ」とご機嫌な口調で袋を差し出してきた。中をのぞいて思わずため息がでた。


(自分の好きな物か新商品しか買ってこねえよな)


 姉貴に買い物を任せるとだいたいこうなる。見たことがないパッケージは新商品で、どうせ好奇心から買ったに違いない。食べてみてまずかったら俺にくれるつもりだろう。


 妙な商品名のおにぎりを手にすると姉貴はすぐに食べ始めた。

 目を輝かせてむぎゅむぎゅとうまそうに食べていたが、笑顔が曇って眉間にしわが寄っていく。気難しい顔で口を動かし続け、ごくんと無理やり飲み込むとしょぼんとなった。


 しばらくおにぎりを残念そうに見つめていたけど、今度はちらちらと俺に視線を向けてきた。それから愛想笑いをすると、おずおずとおにぎりを差し出してきた。


「ロウ……。食べてくれるかな……?」


 じとっと見てると「お願い~!」と懇願してくる。新商品にチャレンジするのはいいけど、俺が嫌いな物だったらどうするんだと毎回思ってしまう。幸いなことに食べれない物はないので受け取って残りを食べた。




 腹ごしらえが終わってパワースポットめぐりを再開した。


 1つ目の城跡と2つ目の湧水は住宅地から離れたところにあり、車の往来が少ない道路を走ってきた。パワースポットに到着すると、両方とも駐車できる場所があったので利便性がよかった。ところが向かっている3つ目の獅子は住宅地の中にあって、これまでとは状況が異なる。


 住宅地の場合、国道や県道など広い道路と違って、道幅が狭かったり入り組んでいたりする。見通しがいいとはいえず、車がわりと走っていて人の往来もある。乗り慣れていないレンタカーを使って、初めて訪れる場所の運転は難しいはずなのにスムーズだ。


 島では移動手段として車を使う。免許が取れる年齢になると自動車教習所に通って免許を取得し、早ければ高校3年から車に乗り始めるため、運転に慣れている者は多い。でも「慣れている」と「うまい」は別だ。


(運転うまいよな)


 ふだんの姉貴は好奇心が旺盛で落ち着きがないから、運転がうまいというイメージはない。ところがアクセルやブレーキ、ハンドル操作にそつがなく、乗り心地がよくて安心して乗っていられる。


(姉貴が運転する車に乗ると、なんか負けた気になる。

 俺も早く教習所に通って車を乗り回せるようになりたいぜ)


 変な対抗意識を感じていたら問題なく獅子の近くまできた。

 獅子は民家と民家の間に設置されているので近くに駐車できるスペースはない。前に来たときと同じように川沿いに車を止めて歩いていくことにした。


 川沿いまで案内して車を停車させたら、姉貴はきょろきょろと辺りを見て不思議そうに質問してきた。


「どこに獅子がいるんだ?」


「場所はここじゃない」


「え~? けっこう歩くの?」


「いや――」


 カーナビを操作して辺りの詳細地図を表示していき、現在地から獅子がいる場所を説明していく。姉貴は方向音痴だが地図は読めるので「ほう、ほう」と言いながら道順を確認していた。


「近くてよかった」


「行くぞ」


 車から降りて一歩進むと急に体が重くなった。膝から崩れるように体が沈み、とっさに片膝をついて踏ん張った。


(なんだ!? 動けねえ!)


 背中にナニカがおぶさってきた感覚を受けて、重さから立つことができない。背にいるナニカを確認しようと見てみたけど、背には何も見えない。


(えっ? なんだっ!? どうなっている!?)


 踏ん張って立ち上がろうとするけど、重たい荷物を背負っているかのように動けない。背中に腕を回して確認するけど手には何も触れない。


「ロウ?」


 姉貴が運転席側から俺のところへやって来た。

 心配かけたくないから立ち上がろうとするけど、背に乗ってるモノが重くて動けない。手をついて耐えていると、ずしりと重さが増した。


「どうしたんだ?」


 姉貴は動けずにいる俺の横に来て、しゃがみこんでのぞいてきた。「なんでもない」とかわして立とうとするけどやっぱり無理だ。さらに重みが増して、支えている腕がぶるぶると震えてきた。


(くそっ、だんだん重くなってる!

 このままだと押しつぶされるかもしれねえ!)


 踏ん張っていると、姉貴が「ロウ? どうした?」と言い、ぽんぽんと背中をたたいてきた。急に体が軽くなり、すかさず立ち上がろうとしたがすぐに背中に重みを感じて膝をついた。


(ナニカ、いる!)


 姿は見えないが質量のあるモノが確実にいる。

 背中にいるモノは水より硬さがあり、タコなどの軟体動物みたいにぐにゃぐにゃとした感触があって不安定だ。上から落ちてきたかのように背に覆いかぶさっているのがわかるのに体温は感じられない。


(またアヤカシか!?)


 アヤカシに押しつぶされないように耐えていると、背中で何かが動いている感触がする。ペンキを塗るときに使う刷毛はけの毛先に似ているが、もっと短くて硬い。


(硬い毛のようなモノが背中で動いている!

 もぞもぞと動いてて気持ちが悪い!

 アヤカシは複数いるのか!?)


 背にいるアヤカシを今すぐどかしたいが、姿は見えないし触れることもできない。

 どうすることもできず重みに耐えていると、空気の流れを感じた。


(なんだ!? 顔の横で空気の流れを感じる!)


 温かい空気が短い間隔で定期的に吹いてくる。ここは川沿いの路肩で自分たちの車しかなく、ひらけているから局所的な風が吹くような要素はないはずだ。

 温かい空気の流れは続いており、ふいに生臭さが加わった。


(風じゃねえ、これは息だっ!)


 気づいた瞬間に全身から汗がふき出した。


 すぐ近くで「フゥーッ、フゥーッ」と動物の息づかいのような音が聞こえ、生臭さが鼻をつく。顔は動かさず、呼吸音がした方向に目を向けてみた。

 くさいニオイに息がもれる音がし、顔に生温かい空気の流れを感じているのに何も見えない。


 ふと事故ったときのことを思い出した。

 バイクでカーブを曲がったとき、見えないナニカがぶつかってきて飛ばされた。あのときと状況が似ている。


(同じヤツか!?)


 ふいに恐怖がよみがえった。

 バイクから突き飛ばされて宙を舞ったとき、落下して地面が近づいてくるのをただ見ていた。地面にたたきつけられることがわかっているのに何もできない――。


 死を感じた瞬間がフラッシュバックして、鼓動が速くなり汗が止まらない。呼吸がうまくできなくなって息が苦しい。


(怖い――!)



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